9月にデビューした「ゼロストックトウキョウ(0 STOCK TOKYO)」は、その名の通り余剰在庫を持たないことをモットーに、生産者に負担をかけず、全ての人が幸せになるモノづくりを目指す完全受注生産のブランドだ。価格帯はコート6万9000円、プルオーバー1万9000〜2万2000円、パンツ1万9000〜2万2000円、ワンピース2万3000円など。創業者の大和聡は、大学時代にビンテージショップにのめり込み、ビンテージ専門のリペアショップで縫製技術を学んだ後、アパレルの企画製造を行うベンチャー企業やOEM会社などでキャリアを積んだ。ファッションへの深い愛情を感じる彼に、ブランドの立ち上げやこだわり、ビジネスプランを聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):「ゼロストックトウキョウ」のコンセプトが生まれたのはいつ頃?
大和聡・代表取締役社長(以下、大和):新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きかった。20年以上アパレル業界に携わってきて、時代が大きく変わる中、個人でも課題解決や社会に貢献したいと考えた。自分が軸となり、胸を張って提案できるモノづくりがしたいと思ったのがきっかけだ。
WWD:リペアショップやOEMの経験がブランドにどう生かされている?
大和:生産工程全体に関わるポジションで活動してきた経験を生かせば、業界が抱える課題や技術の継承など、日本だからこそできる解決策を見出せるはずだ。日本のアパレル産業は、川上・川中・川下がそろう世界でも珍しい国。川上である原料や、川中の職人たちの縫製技術は、世界から称賛されるほどレベルが高い。「ゼロストックトウキョウ」は日本製にこだわり、企画者・生産者・消費者がシームレスなサプライチェーンを作ることをビジネスモデルに掲げている。
WWD:公式サイトに「オーダーをいただいてから半年〜1年近く商品をお待たせしてしまうかもしれません」とある。従来のアパレル業界からするとチャレンジングな試みだが?
大和:すぐ手に入るものは、その価値が失われるのも早いと考えた。メンバーに初めてそのステートメントを見せたときは、「そんなことを言ったら誰も買わないのでは?」という意見もあった。でも私たちは嘘をつかないモノづくりで、消費者だけでなく、ブランドに関わる全ての人々の幸せを紡いでいける未来を目指している。
WWD:その未来を実現させるために、具体的に実践していることは?
大和:主に、三つの柱を軸に取り組んでいる。一つ目は、「産業が抱える環境問題への取り組み」だ。現代のアパレル産業は、“余剰在庫による大量廃棄”と、それに伴う“環境問題”を抱えている。世界中で年間約1000億枚が生産され、日本国内だけでもその1%にあたる10億枚が一度も人の手に触れられることなく廃棄されているといわれている。処分対象の服を焼却することで発生する膨大な温室効果ガスや排水などは、大きな社会問題だ。完全受注生産の「ゼロストックトウキョウ」は、必要としてくれる人へ必要な量、届けられる量だけを製造することで課題解決を目指す。
二つ目は、「クラフトマンシップの永続を目的としたクリエイションモデル」だ。余剰在庫を作らないビジネスモデルは、予約販売などで他ブランドも実践している。しかし私たちは製造により近い立場で、クラフトマンシップや工場の技術がどれほど大切かを感じてきたからこそ、余剰在庫を作らないだけでなく、技術の継承にもこだわりたいと考えた。
WWD:生産地の後継者問題は、深刻な課題だ。
大和:アパレルの国産生産比率は、ここ約30年で1990年の50.1%から2.0%まで減少した。その中には、世界の一流ブランドも発注する、高いクラフトマンシップの工場もある。ブランドにとって、顧客が必要なものを必要なときに必要な量を供給し、在庫を最小化することは重要だ。しかし工場にとって最も大事なのは、生産ラインが常に稼働していること。従来のアパレルの生産では、発注時期が重なる繁忙期がある一方で、生産ラインに空きができて従業員の雇用維持が難しくなる閑散期もあるのが問題だ。そこで「ゼロストックトウキョウ」では、工場が縫いたいときに縫うことを許容し、“生産のタイミングを一任する”ことで生産ラインを平準化し、大切なビジネスパートナーである工場と共に、100年後もクラフトマンシップを継承できるクリエイションモデルを目指したい。
WWD:しかし商品を生産する以上、売ることも大事になる。以前のように服が売れない現状をどう打開する?
大和:中長期的に見て、人々の価値観や志向は大きく変わり、中でもアパレルは1人当たりの衣類にかける消費額(購入型数)は、この先も減少するだろう。だが、服が世の中からなくなることはない。そこで三つ目の柱となる、「スローファッション・スロークリエイションの考え方の提唱」を考えた。「ゼロストックトウキョウ」は“ミニマリストが最後に残す服”として、最高のアイテムを最低限使いたい人、もしくはそんな生活に憧れて究極を求める人に寄り添う服を提供する。
店舗を持たない私たちの強みは、シーズンの型数を極限まで絞り込み、時間と思いを存分に込めた1枚を作れること。そして、納得する商品が完成したタイミングで販売できることだ。これまでのアパレル業界では考えられない仕組みかもしれないが、究極のマフラーが完成すれば真夏でも販売する。本当にいいものであれば必ず多くの人に愛される。最良のものを最小に削ぎ落とし“一番好き”のみに囲まれた生活を実現させるためには、作り手にも時間や心の余裕が重要だ。
WWD:このビジネスモデルで目指す先は?
大和:もし年間1万枚の服を工場が作りたいときに作ることを許容するわれわれのようなブランドが100立ち上がれば、100万枚の服が自由なときに縫製され、工場の平準化につながる。そうなれば、小売業の持続可能性にもつながるはずだ。われわれの事業モデルに共感して、同じ思いでモノづくりをする会社がたくさん出てくることを期待し、まずは先駆者として挑戦していきたい。
WWD:ファーストコレクションのこだわりは?
大和:まず、全17型のファーストコレクションを通して「本当に必要なものか。われわれが作るべきものか」という本質を突き詰めた。自分のクローゼットを断捨離する際に、各カテゴリーで1枚を残すとしたら「ゼロストックトウキョウ」と思ってもらえるようなベーシックなアイテムを、1点ずつ丁寧に作っている。そして、ベーシックな中にも機能的で品格があり、シーズンレスでタイムレスに着られるモノを、ストレスフリーな素材を使ってデザインしている。アパレルのOEMは企画から納品まで長くて4カ月ほどだが、私たちは1年かけて完成させた。
WWD:コレクションの3シリーズ“ラゲージ(LUGGAGE)” “17 アワーズ(17 Hours)” “ゼログラム(0 gram)”について教えてほしい。
大和:“ラゲージ”シリーズのコートは、旅行の際に手ぶらで行動できるというコンセプト。バッグを持たず済むように、iPhoneや財布、週刊誌など、それぞれの用途に適したサイズ違いのポケットを11個作った。1サイズのみだが、150〜185cmの人が同じサイズで着られるシルエットで、100回洗っても落ちない撥水機能付きだ。
“17 アワーズ”は、寝るとき以外の17時間を快適に過ごそうというコンセプト。生地の裏側の細かい凹凸が皮膚にあたる接触を最小限に抑え、常にさらさらの着心地を実現させた。高反発糸を使用したフクレ二重織で、世界に誇る日本の加工技術「SY加工」を施すことで、細かなシワと糸の膨らみを生み出した。また、オールシーズンで長時間着用でき、かつ長く愛用できるよう、洗濯後の劣化が少ない耐久性に優れた素材を使用している。
“ゼログラム”は、見た目のボリュームを裏切る軽さが最大のポイントだ。ウレタンスポンジを2枚のジャージーではさみ、裏毛のような厚みとボリューム感を出すと共に、軽さと保温性も追求した。同じデザインのパーカで、従来の裏毛だと1000〜1200gあるところ、“ゼログラム”シリーズは60〜70%の重みで仕上げている。
WWD:カラーがブラックのみの理由は?
大和:“ミニマリストが最後に残す服”に、カラーものは選ばないのではないかと考えた。お客さまが悩まずに選べる色として、やはり黒や白をベースにしたかった。今後、他社とコラボレーションする機会があれば、他の色も取り入れるかもしれない。
WWD:素材へのサステナブルのこだわりは?
大和:ラゲージコートの撥水剤はPFC(フッ素化合物)フリーで環境に配慮したものを使っていたり、“ゼログラム”シリーズは独自開発した、生分解性のある再生セルロース繊維リヨセルを採用したり、細かく色々と取り入れている。しかし、原料がサステナブルなのは当たり前という感覚なのでそこを大々的には謳うことはせず、あくまで取り組みにこだわっていきたい。
WWD:原価率が55〜60%ということだが。
大和:一般的な原価率が25%くらいなので、2〜3倍くらいの原価率だ。インフルエンサーを使ったプロモーションなどをやらない代わりに、長期的なプランで、一度知ったらずっと愛してもらえるファンを増やすのが私たちの戦い方。前述の通り、余剰在庫を持たないモノづくりを行うために、お客さまには半年から1年待たせてしまうかもしれないと前面に謳っている。もし長く待ってもいいというお客さまには、価格以上の価値を感じてもらえる商品を届けたい。そう考えると、今の原価率がお客さまとの約束で妥当な数値だ。ただ、全ステークスホルダーにとっての現時点でのベストな原価率であって、数字に囚われるのではなく、関わる人たちにとってプラスの挑戦ができるなら、数値は前後してもいいと考えている。
WWD:ブランド立ち上げからファーストコレクション発表までで、一番大変だったことは?
大和:大変なことだらけで、正直何度も壁にぶち当たった(笑)。本当に1年待ってもらえるのか?立ち上げたばかりの小さなブランドに共感してくれる原料・縫製メーカーが見つかるのか?など、たくさんの不安があった。でも9月の展示会ではおかげさまで100組を超える人々が来場してくれて、いいスタートを切ることができた。
WWD:工場はどうやって見つけた?
大和:業界内のつながりから、ファーストコレクションは富山と岐阜の工場に依頼した。「ゼロストックトウキョウ」を陰で支えてくれている工場はみな能動的で、高度な職人技術に加え、将来的に自社でのブランディングも見据えた行動力や高い意識を持っている。社員へ生活に役立つデザインを公募し、選ばれた1人のデザインを自社で特許登録したり、若いメンバーが発言しやすい環境を作ったり、自分たちでほしい商品があればプロジェクト化して会社が応援する活気のあるところだ。
また、私たちはあえて作り手の顔を見せている。オーダーを入れ、生地が製作され、縫製の段階に入ったことが見えると、ワクワク感が生まれる。いつ届くかわからないものをただ待つよりも、オーダーした商品が完成するまでの進捗を伝えながら待ってもらいたかった。
この先、最終的には工場がモノを作る時代がやってくるだろう。究極のサステナビリティ(持続可能)のゴールは、工場がファクトリーブランドを作り、自社で平準化がかなうこと。ただ、情報やトレンドはやはり都心に集まるので、トレンドや情報収集、デジタルマーケティングなどの販売戦略で「ゼロストックトウキョウ」がバックアップしていきたい。そんなシームレスなサプライチェーンの実現に向けて、同じ思いをもった富山と岐阜の工場と一緒に協業できてよかった。
WWD:今後の予定は?
大和:現在、ファーストコレクションを来年の8月には届けられるよう動いている。並行してセカンドコレクションの企画もスタートさせている。自分たちが納得するものが完成したタイミングが基準なのであくまでも予定だが(笑)、3月を目途に新たな発表ができれば。