1月14日に公開を控えている映画「ハウス・オブ・グッチ」は、実話を基に創業者のマウリツィオ・グッチ(Maurizio Gucci)殺害事件や華麗なるグッチ(GUCCI)一族の崩壊を描くラグジュアリー・サスペンスとしてファッション業界でも注目を集める。アメリカでは21年12月19日に一足先に公開され、映画のファッションや演出に関心が寄せられている。リドリー・スコット(Ridley Scott)監督による同作品の衣装を担当したのは、ジェンティ・イエーツ(Janty Yates)。グッチ一族に波乱をもたらす存在としてパトリツィア・レッジアーニ(Patrizia Reggiani)を演じたレディー・ガガ(LADY GAGA)の54着のルックや、パトリツィアの夫、マウリツィオを演じるアダム・ドライバーに(Adam Driver)が着用した「エルメネジルド ゼニア(ERMENEGILDO ZEGNA)」のスーツ、フリマサイト「イーベイ(EBAY)」で集めたビンテージの「グッチ」アクセサリーなど、衣装の裏話を語る。
WWD:映画の魅力はなんだと思う?
イエーツ:3つある。1つは、名声・歴史ともに大きな影響力を持つブランド「グッチ」に関する物語であること。2つ目は、アメリカだけでなく、世界的“秘密”に包まれたサスペンスの要素を含んでいること。「グッチ」一族に関する話はブランドが生まれた土地、イタリアでは皆一度は耳にしたものかもしれないが、世界ではあまり知られていない。「ヴェルサーチェ(VERSACE)」創業者の故ジャンニ・ヴェルサーチェ(Gianni Versace)氏はマイマミで撃たれ、世界的にニュースになった。アダム・ドライバー演じるマウリツィオの死について大きく話題になることはなかった。3つ目はレディー・ガガ。私の出身地であるイギリスのエリザベス女王に次ぐ、世界で最も有名な人物と言っても過言ではない。
WWD:映画に関わることについて、制作前から知っていた?
イエーツ:リドリーの妻、ジャンニーナ(Giannina)は20年にわたって制作について構想があったと話していた。そんなに前から私は知らなかったが、7年くらい前から話は聞いていた。話が進んだり戻ったりして、ようやく1年前、俳優兼脚本家のマッド・デイモン(Matt Damon)がリドリーに電話で、「ベン・アフレック(Ben Affleck)と脚本を仕上げたけど、監督をやる?」と声掛けがあって制作に乗り出したという。
WWD:衣装担当として、「グッチ」のような大手ブランドにまつわるプロジェクトを進める上で気にかけたことは?
イエーツ:「グッチ」の70年代のデザインは、ざっくりいうと茶色で柔らかいシルエットが中心。衣装で「グッチ」らしさを表現することより、グッチ家の家族構成の面白さを引き立てることに注力した。例えばガガ演じるパトリツィアは、当時「グッチ」をほとんど着ていなかったという。「イヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT)」や「ディオール(DIOR)」ばかりを着ていたようだけど、アクセサリーは「グッチ」のものだった。ベルトやバッグは40年代以降、人気を獲得していたんじゃないかと思う。しかし、この時代の茶色やバーガンディ中心だったカラーに新しい革命をもたらしたのは、トム・フォード(Tom Ford)だけだった。本当に衝撃的だった。
WWD:トム・フォードが映画内に登場してわれわれも驚きだった。
イエーツ:トム・フォードが1995年に発表したショーは本当に画期的だった。作中では「ヴェルサーチェ」の1982年のコレクションや「トム フォード」のシーンを再現するべく、アソシエイトデザイナーのステファノ・デナルディス(Stefano De Nardis)が衣装を一から製作して再現した。そして伝説的なモデル兼女優のアンバー・ヴァレッタ(Amber Valletta)のように見えるモデルを探し、素晴らしいシーンを作り上げた。グッチ一族の“異端のデザイナー”と呼ばれるパオロ・グッチ(Paolo Gucci)のコレクションは作中では、彼自身が「パステルとブラウン」と呼んでいることから無味に仕上げた。しかしそれでもゴージャスに見えたと思う。ステファノのデザインもあって、美しい仕上がりになった。
WWD:ビンテージアイテムや製作チームが仕上げたアイテムは、それぞれ作中ではどれくらい使用した?
イエーツ:意識せずに製作していたが、製作陣を率いるドミニク・ヤング(Dominic Young)と彼のチームでおそらく60〜65%の衣装は作っていたと思う。そして30%はビンテージものを探して、残りの10%はローマの「ニーマン・マーカス(Neiman Marcus)」から調達した。当時を“リナシャンテ”(再生)させたんだ。ガガは衣装についても非常に協力的だったので、多くの選択肢を用意した。ある日は「今日はそれを着用したくない。衣装としては素敵だけど、今日は違う気がする」など意見を出してくれたので、ものすごい時間をフィッティングに費やしたと思う。ほかにも「今日はもっとリップライナーを濃くするべきじゃないか」という意見を出すなど、作中での見え方に気を配っていた。採用されたルックは数ある中から3〜4着程度だと思うが、ガガは徹底して細部まで考えを張り巡らせていた。撮影の時は靴からベルト、バッグまで手作りしてそろえて準備した。シーンに合わせてガガは、「ビンテージもので見たことがあるので、パオロに会いに行くシーンで着用したい」と言って「イヴ・サンローラン」のドレスを選んだりした。
WWD:ガガのように衣装に関心の高い俳優とともに働いて感じたことは?
イエーツ:リドリー監督をはじめとして、俳優陣らとも一緒に考えていく作業は大好き。リドリーはいつも率直な意見をくれる。私たちの仕事は「これが良いはず」という服やメイクをいわば一方的に提案するものだが、それがハマった時、俳優は一番いい演技をする。毎回4〜5着の候補を持って、「これが私が考えているものだけどどう?」というと、ガガは「じゃあこれとこれならどう?」「このルックは訴えるものがあるね!」と話を重ねる。ガガは全部で54ルックを着たが、その全ルックを「これだ!」と完璧にして仕上げた。意見をたくさんもらえて本当に楽しかった。
WWD:ガガが演じるパトリツィア・レッジアーニは実在する人物ではあるが、衣装を決める際ほかの歴史的人物からインスピレーションを受けることはあった?
イエーツ:もちろんあった!リドリー監督からは、「イタリアの女優兼フォトジャーナリストのジーナ・ロロブリジーダ(Gina Lollobrigida)みたいに見えるようにしたい」と希望があったので、60年代の彼女のファッションをリサーチして話し合った。実際にアルド・グッチ(Aldo Gucci)の誕生日会で彼女が着たドレスやジャケットは取り入れている。映画では、バイヤーが探し出したレースを使って現代的にアレンジした。とても好きなルックだったので、衣装は丸ごと作った。他にも、映画序盤で登場するガガの赤いドレスは、ジーナが着たローカットでセクシーなピンクのドレスをもとにしている。サテンを使って再現し、うまくいったと実感している。
WWD:衣装担当になった時にまずしたことは?フレンツェにあるグッチ ミュージアムには足を運んだ?
イエーツ:台本をもらったとき、ちょうど衣装担当陣の仕事仲間とローマで休暇を取っていたので、そこで彼らにグッチ ミュージアムについて話を聞いたんだ。ランチをしながら台本を読んで、「おやおや!これはイタリアでやらなきゃ!」と意気込んでいたよ。すぐにフィレンツェに移動して、ミュージアムを楽しんだ。本当に素晴らしい空間だった。
WWD:「グッチ」とも協力して衣装製作はした?
イエーツ:最初は連絡を取っていなかったが、アーカイブを見るためにアプローチした。見せてもらうまでに数カ月はかかったが、基本的に協力的だった。アーカイブの責任者に「デザイナーのアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)がパブロ・グッチを演じるジャレッド・レト(Jared Leto)のために衣装を作ってくれる可能性は?彼らは友好関係もあると聞いているが」と尋ねたが、「ないでしょう。いずれにせよ、とても予算に合わないわよ」と返事があった。
WWD:即却下に疑問は抱かなかった?
イエーツ:「グッチ」はミケーレやアーカイブを、ものすごく大切にしている印象だ。でもロバート・トリフス(Robert Triefus)=グッチ エグゼクティブ・バイス・プレジデント兼最高マーケティング責任者とは以前から親交があったので、彼のおかげで「グッチ」のアーカイブをロサンゼルスに持ち出すことができた。ガガに試着させると、本人もすごく気に入っていたし本当によく似合っていた!撮影に合わせてフィレンツェから再度取り寄せて、期間中は厳重に保管していた。
WWD:マウリツィオ・グッチ役のアダム・ドライバーの衣装のこだわりは?
イエーツ:マウリツィオの当時の写真を見てみると、彼のファッションには非の打ち所がない。オーダーメイドの名門高級紳士服店が集中していることで知られるロンドンの通り、サヴィル・ロウ(Savile Row)で仕上げたかのようなルックばかり。コンサバティブに見えながらも、美しいスーツを好んでいたようだ。衣装のためにはニューヨークのテーラー、レオ・ログスデイル(Len Logsdail)を指名し、アダムのために40着のスーツを仕立ててもらった。ネクタイにも彼が持ち寄った「グッチ」のビンテージものに加えて、私のバイヤーたちがリセールサイトから集めた計60本をそろえた。スーツには「エルメネジルド ゼニア」にも協力をしてもらっている。シューズも色から形までを詳細にこだわり、最高のものが出来上がったよ。