ファッション

「キディル」3度目のパリコレも“挑戦者” 孤高の芸術家とリンクする物作りの真髄

 「キディル(KIDILL)」が、2022-23年秋冬コレクションのリアルショーを開催した。会場は、東京・江戸川橋の鳩山会館。パリ・メンズ・ファッション・ウイークに参加する同ブランドは、1カ月前まで現地でショーを行う予定だったが、オミクロン株の流行で国内開催へと変更した。ショー本番前には「直前までパリに行く気だったから、一回テンションは下がりました。でも、日本の場所をゼロから探して、ここまでこぎつけた。あとはやるだけ」と末安弘明デザイナーは語った。

“作ること”に喜びを見出した芸術家
ヘンリー・ダーガーとコラボ

 今シーズンは“THE OUTSIDER“をテーマに、アウトサイダーアートの巨匠として知られるヘンリー・ダーガー(Henry Darger)とコラボした。ダーガーは、病院の清掃員として働くかたわら、小説や絵画を作り続けた人物。売ることは考えず、作ること自体に喜びを見出す彼の姿勢に、独学で服作りを始めた末安デザイナーは共感する。「僕も服を始めたころ、売り先がないのに毎日何かを作っていた。作り続けることで精神を保っていたから、なんとなく理解できるんです」。物作りの姿勢だけでなく、アウトサイダーという立ち位置もリンクする。ダーガーの作品は今でこそ名だたる美術館に収蔵されているが、当初は芸術界の本流とは距離があった。「僕も王道のパリコレに参加してるけど、『キディル』はラグジュアリーじゃないし、ファッションの中心にはいない。常に挑戦者です」。

強烈なモチーフと強烈なウエア

 コレクションのメインモチーフは、ダーガーの小説「非現実の王国で」に登場する挿絵と、物語の鍵となる少女“ヴィヴィアンガールズ”だ。くすんだイエローやパープル、水色などをベースに、花や自然を多く描いた水彩の挿絵は、一見するとハッピーな雰囲気。しかし子ども一人一人の表情や服、植物などを異様なほど詳細に描いたり、変わった造形の生き物を登場させたりと、不気味さも際立つ。“ヴィヴィアンガールズ”は、女性の裸体を見たことがないと言われるダーガーが想像で描いたキャラクターのため、男性器が付いている。そんな強烈なモチーフを、プリントや総柄、ジャカードで表現し、パンクがベースの「キディル」のスタイルに組み込んだ。

 「最近、トレンドを追わなくなった」と語る末安デザイナーは、“売れる”よりも“やりたい”を追求した。挿絵の総柄を使ったオーバーサイズのドレスシャツは、レースやリボンを複数縫い付けてジェンダーレスなムードを強調した。セットアップは、ディテールを削いで柄を際立たせたかと思えば、チャイナシャツ風の前立てとインサウドアウトのデザインも披露。一見シンプルなパーカーは、サイドと袖にワンピースを、裾にプリーツスカートをつけたフェイクレイヤーで、腕のジップを開閉して内側のワンピースを見せることができる。ほかにも、たっぷりした生地をステッチで折り畳んだ超オーバーシルエットのシャツ、ボディを複数枚重ねて泥やエイジング加工を施したスエットなどが登場。極め付けは、“ヴィヴィアンガールズ”をイメージした着ぐるみ。つなぎをベースに、目や口、髪を施し、男性器までをつけた着ぐるみが現れると、「ここまでやるか!」とのけぞった。

 「キディル」の服はトレンドに迎合しないからこそ、「着たい」「着こなしたい」と思わせる力がある。会場には同ブランドを着こなそうと、これまでのコレクションピースを身に付けた来場者が多かった。現在のアカウントは国内20、海外15で、パリやニューヨークといった主要エリアのほか、北欧などでも新規の卸先を増やしている。トレンドを追わない覚悟を決めた「キディル」が、ファッションの勢力図を塗り替える日が来るかもしれない。評価を気にせず、欲求のままに作った作品が、長い年月を経て陽の目を浴びたダーガーのように。

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