ファッション

もう「ダブレット」では簡単に驚かないと思っていたのに 22-23年秋冬は“最驚”の手作りメタバース

 「『ダブレット(DOUBLET)』がパリ・メンズ・ファッション・ウイーク参加にともない、1月21日にフィジカルショーを行います。今回は会場までのバス移動があるため“拘束時間が大変長くなってしまいます”」――1月11日に届いたメールには、こう綴られていました。丁寧に、拘束時間の箇所は文字の色が変わっています。詳細を見ると、13時45分に代々木公園集合、16時30分に会場到着、20時代々木公園到着後解散だそうです。さらに、ブランドの意向で行き先は教えられないと。

 でも、もう驚きません。だって、「ダブレット」には今までさんざん驚かされてきましたから。パリメンズに初参加しファミレス風演出のショー、東京・南青山ではゾンビのお化け屋敷ショー、横浜では逆再生ショー、三鷹の農園では爆音パンクのショーと、シーズンごとにサプライズと笑いを届けてくれました。だから、拘束時間ぐらいでは「はい、きたきた」と感じたぐらいでしたし、並大抵のことでは驚かない自信があります。

13:45 代々木公園に集合

 ショー当日、集合時間ぴったりに代々木公園に到着しました。PRから前日に「まあ、バスの中でテレワークもできる時代になりましたしね」とさらっと言われたのでその気になり、酔い止め薬を購入してバスに乗り込みます。果たしてこの半日コースには、どんな人が来ているだろうとバス内を見渡すと、まあまあ忙しいであろう業界人が30人以上乗り込んでいます。みなさま、お仕事は大丈夫なのでしょうか。心の中でふとPRの「まあ、バスの中でテレワークもできる時代になりましたしね」が響きます。観光バスで仕事はできるのか。

15:30 パサール羽生で休憩

 しばらくすると、バスが事故渋滞に巻き込まれました。ゆっくりゆっくり進み、ようやく休憩スポットのパサール 羽生に到着です。きっと予定より遅れているのでしょうが、タイムスケジュールも知らされていないので、とりあえずどら焼きを購入してホッとひと息。あれ?自分は今何をしているんだっけ?と目的を一瞬見失いそうになりましたが、仕事です。コレクション取材です。iPhoneをチェックすると、メールが30通ほどたまっています。危うく遠足気分になりかけました。

16:15 渡良瀬川を渡る

 再び渋滞を抜けたあたりで地図アプリを見ると、どうやら群馬か栃木に向かっているのだと予想できました。群馬は「ダブレット」の井野将之デザイナーの地元です。まさかこのタイミングで凱旋ショーなんて企画しているのかと胸が躍ります。いや、ちょっと待て。バスは栃木の方に向かっているようです。どこに連れていかれるのだろう。

17:00 ショー会場到着

 高速道路を出て街中をしばらく走ると、目的地が見えました。3時間の移動の末にたどり着いたのは、足利スクランブルシティスタジオです。ここは渋谷スクランブル交差点を再現した撮影スタジオで、さまざまな映画やドラマの撮影に使われています。バスの中からは「ここ私が毎日通ってるとこなんだけど」「改札までちゃんとあるじゃん」と驚きの声。そして、渋谷っぽいファッションの人たちがすでに外にたくさんいます。見た目は渋谷、でも気温は栃木。めちゃくちゃ寒いです。バスを降りると、すぐにショーがスタートしました。渋滞での到着遅れで、日没は間近。きっと裏ではヒヤヒヤだったのかもしれません。

異様な光景に困惑

 爆音BGMが鳴り響くと、渋谷っぽい人たちはすぐにエキストラだと分かりました。交差点の信号が青になった瞬間、約70人の若者たちが入り乱れます。そして“ハチ公口改札”から、ピンクヘアのモデルが登場しました。遠くからこちらに徐々に近寄ってくると、どこかで見覚えのある顔です。誰かが言いました。「あれ、immaちゃんだよね?」――そう、バーチャルモデルのimmaが渋谷スクランブル交差点のセットを歩いているんです。immaって実在する設定だっけ?これが中の人?どういうこと?と頭が混乱します。そして次のモデルが歩いてくると、これもまたimma、次もimma、最後までずーっとimmaなんです。さらに体格のいいimma、車椅子のimma、義足のimmaなど、さまざまな個性のimmaが登場します。すみません、コレクション取材を約5年続けていますが、こんな状況では服どころではありません。こういうときはただ見届けるのみ。

 コレクションはショッキングピンクをキーカラーに、渋谷を意識した“コギャル”風のスクールガールからストリート仕様のダボダボスーツまで、多彩なスタイルが交差します。環境に配慮した素材使いは、独自の視点で継続。毛皮工場に眠っていた何十ものファーをつなぎ合わせた巨大なジャケット、リアルファーとリサイクルウール、リサイクルナイロンを混ぜたフェイクファーや縮絨メルトンのコート、キノコレザーとリサイクルカシミアのボアで作ったボンバージャケットが登場しました。さらにダウンの代わりにフェイクファーを入れてオーガンジーで包んだジャケットや、生分解性が高いサトウキビ由来のポリ乳酸100%で作ったアンダーウエアには、“Made for Disposal(捨てるために作った)”というメッセージをあしらいます。

 スタイルはまるで本当の渋谷のようにバラバラですが、一つだけ共通していることがありました。それは、サイズ感がアンバランスなこと。例えば肩が大きく張り出したテーラードジャケットは丈が極端に短かかったり、逆にチェスターコートは過剰なほど巨大だったり。“アイ ラブ ストレッチ”と描かれたTシャツは縦にビローンと伸び、“アイ ラブ シュリンク”と描かれたTシャツは腹出しするほど縮んだようなサイズ感です。ほかにも、300cmもあるルーズソックス風のタイツや、火山岩から作った糸で織る生地を用いたMA-1は、キッズサイズのようにコンパクト。有松絞りの応用で作ったという伸縮性のあるポップコーンニットのウエアは、デニムや迷彩柄が登場するなど、サイズ感に何かしらのメッセージを込めているのが分かりました。

 25人のimmaが交差点を横断し終えると、フィナーレには全員集合。次の瞬間、全員がいっせいにマスクを脱いで素顔があらわになりました。そこにはメイクアップアーティストで僧侶の西村宏堂さんや、車椅子に乗るファッションジャーナリストの徳永啓太さんの姿も見えます。素顔の25人がハッピーな雰囲気で通り過ぎていくと、immaのマスクを被った井野デザイナーが登場し、ショーは幕を閉じました。その規模に圧倒されっぱなしで、コレクションについてメモする余裕がゼロ。浅草のすしや通りをジャックした「メゾン ミハラヤスヒロ(MAISON MIHARA YASUHIRO)」のショーに続き、今シーズン2回目の取材用ノート真っ白です。

手作りメタバースで多様性を表現

 ショー終了後に“ハチ公口改札前”で井野デザイナーが取材に応じました。「昨年の東京2020パラリンピック競技大会に感動して、自分なりに多様性について考えたんです。それで、多種多様なアバターがいるメタバースの世界こそ、多様性を体現しているんじゃないかという考えにたどり着きました。だから今回のショーでは、アナログなメタバースを作りたかったんです」。なるほど、それでアウ(Aww)と協業しバーチャルヒューマンのimmaをリアルに歩かせる演出だったのか。

 12月上旬まではパリでのショーを予定したものの、パンデミックにより渡航を諦め、このスタジオを使うアイデアに切り替えたそうです。そして、サイズ感についてはこう説明します。「例えば、ファッション業界で“Mサイズ”と当たり前のように使っていますよね。でも、そもそもMの基準って何なのだろう、人によってMの基準は違うんじゃないのか。そういうひねくれた考えをもとに、服を再構築しました。伸縮性のあるデニムやフーディーは、同じサイズで誰でも着られるようにしています」。そうか、ショーを見てサイズがアンバランスだと感じた視点も、固定観念なのかもしれません。そしてサイズ感だけではなく、車椅子の徳永さんが肩にかけていたピンクのライダースジャケットは、肩がけしても落ちづらい仕様になっているのだとか。

 先ほどまでのお祭り騒ぎは何だったのでしょう。井野デザイナーのめちゃくちゃ真面目でまっすぐなメッセージに感動してしまいました。この日出演したエキストラ約70人は、東京モード学園やバンタンの専門学生だそうです。さらに、井野デザイナーが愛する奥さまもパンダ風のダウンジャケットでこっそり登場しており、奇抜な演出の裏側には「ダブレット」チームの優しさがさまざまな角度からにじみます。行きのバスでは遠足ムードで賑やかだった車内が、帰りはみなさんぐっすりでした。それだけ笑って、感動して、驚いて、感情が縦横無尽に揺さぶられた、あっという間の6時間。今回も予想のはるか斜め上をいく「ダブレット」劇場に、過去最高に驚かされてしまいました。

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