ケリング(KERING)は1月24日、傘下の時計ブランド「ユリス・ナルダン(ULYSSE NARDIN)」と「ジラール・ペルゴ(GIRARD-PERREGAUX)」という2つの時計ブランドを傘下に持つソーウインドグループ(SOWINDOW GROUP)の全株式を、現在同社の最高経営責任者(CEO)を務めるパトリック・プルニエ(Patrick Pruniaux)ら現経営陣に売却すると発表した。このマネジメント・バイ・アウト(MBO=現経営陣に会社を譲渡すること)で、「ユリス・ナルダン」と「ジラール・ペルゴ」は、ケリングのグループ戦略から離れて独自の道を歩むことになる。
一部の海外メディアは「ケリングが時計事業から撤退」という見出しを付けて報じたが、これはいささか早計だろう。なぜなら「グッチ(GUCCI)」は2021年、クリエイティブ・ディレクターのアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)のデザインで、これまでより格段に技術レベルが高い初の自社開発機械式ムーブメントを搭載した、複雑時計のトゥールビヨン機構モデルもあるウルトラスリムウォッチ「GUCCI 25H」を発表・発売しているからだ。ミケーレのラッキナンバーである「25」を冠したコレクションは、コロナ禍のせいか今ひとつ注目されていないが、もっと高く評価されるべき本格時計だ。「グッチ」の時計事業は、これまでにない成長が見込めるだろう。だからこそ2つの時計ブランドのMBOをもって、ケリングが時計事業から全面撤退という報道は誤報なのだ。
老舗過ぎる!? 2つの時計ブランド
ではなぜケリングは「ユリス・ナルダン」と「ジラール・ペルゴ」という、時計業界では誰もが知っている名門ブランドを手放すのだろうか?
それは、コンテンポラリーなブランドで構成されるケリングにとって、この2つは老舗で重厚すぎるゆえ、「持て余した」というのが正直なところだろう。この2つは、それほどまでに老舗すぎる歴史を持っている。
ジラール・ペルゴの創業は1791年。つまり200年を超える歴史を持つ。そしてユリス・ナルダンの創業は1846年で、昨年には創業175周年を迎えた。どちらも時計史上に残る偉大な発明を重ね、2度の世界大戦を乗り越え、時計コレクターを魅了する複雑時計を開発&製造してきた敬愛される存在だ。
だが、それだけにグループにとっては扱いにくい存在だったのかもしれない。この2つを中核にした時計事業は、いくらコンテンポラリーなコレクションを作らせても、主軸は複雑時計などコレクター向け。コアな時計愛好家に対する戦略を取らざるをを得ない。
顧客層も「グッチ」を筆頭にグループの他のブランドや、その顧客層と重なる部分が少ないから、シナジー効果もさほど期待できない。これがMBOでグループの戦略から外した最大の理由だろう。その判断は、筆者も適切と考える。
ケリング傘下になってからこの3年あまり、 「ジラール・ペルゴ」は複雑時計も含まれてはいたが、新作コレクションをファッションのように1つのテーマのもとで発表してきた。だが、このやり方が成功したとは残念ながら言い難い。今から考えれば、ケリングの中での可能性を探っていたように思える。
2つのブランドは時計のプロの手に
今後、ケリングから離れたソーウインドグループのトップとして2つの名門時計ブランドを率いるのは、CEOのプルニエだ。プルニエCEOは、タグ・ホイヤー(TAG HEUER)でグローバルセールス&リテール事業のヴァイス・プレジデントを務め、2014年夏に「アップル ウォッチ(APPLE WATCH)」スタートアップ・プロジェクトのためにアップルに引き抜かれた人物。プロジェクトを成功させた後、まずは「ユリス・ナルダン」のCEOとなり、時計業界に復帰したプロフェッショナルだ。今回のMBOが、どのようなグループの出資で実現したのか、現時点では発表されていない。だがこの2つの時計ブランドのコアバリューが「歴史と伝統」であることは、最低限理解しているに違いない。
だとすれば、2つの時計ブランドは今後、現経営陣の手で、このコアバリューに沿った時計事業を展開するだろう。それは「歴史と伝統」の価値がさらに高まっている時計業界の現状を考えれば、本領を発揮する機会が整うわけで、両ブランドにとっても幸福なことと考えられる。ここ数年のコレクションを見る限り、残念ながら停滞気味という印象だった2つのブランドが、本来の顧客である時計愛好家に向けた事業を展開することを期待したい。