元AKB48の小嶋陽菜がファッションやビューティのブランド「ハーリップトゥ(HER LIP TO)」を手掛けていると聞くと、名前だけで、実質はメーカーにお任せというイメージを抱く人も多いだろう。しかし本人に会って話を聞くと、約40人のチームを導き、“ガチ”で会社にコミットしていることに驚く。アイドル経験者だからこそ描けるブランド運営のビジョンとは。
WWD:所属する芸能事務所でECを主販路とするブランドを開始したのが2018年。20年1月からは、新会社heart relationでブランドを運営している。
小嶋陽菜「ハーリップトゥ」ディレクター(以下、小嶋):最初は芸能事務所の中で3〜4人で運営していたが、徐々にお客さまが増えて発注数が多くなり、組織を作って人を増やす必要が出てきた。アパレルの専門知識が何もないままスタートしたので、事業を進める中で生産管理やMD担当者などの仲間を集めてきた。(自分の名前を他社に貸して、あとはお任せという運営方法もあるだろうが)自分の思いがメンバーに伝わり、それがモノ作りに表れ、お客さまにも伝わっていく。全てはつながっているので、仕事の中のどこかだけを切り離すようなことはできない。自分でしっかり見たいという思いが私は強い。同時に、組織としてさらに多くのことをしていくためには、社内で権限移譲を進めていくことも自分の課題だと思っている。
WWD:今は芸能活動とブランド運営とに、それぞれどれくらい時間を割いているのか。
小嶋:ファッション誌の連載などには引き続き出させていただいているが、今はテレビ番組にはほぼ出ていない。毎日オフィスで会議とモノ作りをしており、芸能関係の仕事が入れられない。会議は組織としての定例会議や、毎週2日間、1時間刻みで行っている取引先メーカーとの商談、経営会議などがぎっしりある。発信する全てのコンテンツのチェックやフィードバックも行っているし、採用面接も最終はもちろん、その前の段階から人事担当者の横で聞いていることがある。
WWD:社員数は20人。業務委託やアルバイトも含むと約40人という小さくはない組織だ。
小嶋:昨年は採用を強化し、いかにいいチームを作るかに注力してきた。人が増えたこともあって、21年の会社としての売上高は前年の2倍になった。IT系スタートアップやアパレル、エンタメなど、さまざまな分野出身の社員が混ざっているが、仕事のやり方や考え方がそれぞれ全く異なるので、社内のコミュニケーションに難しさを感じることもある。それぞれの良さをうまく共存させて、この会社らしい、ほかのアパレル企業にはできないオリジナルな価値を作りたいと思っている。新卒入社の社員も含め、いろんな背景を持つ人がこの会社に集まってきてくれたのはすごいこと。できるだけみんなにいい経験をしてもらいたいし、他の会社にいたらできないような面白い体験をしてもらうために自分は頑張りたい。
自分の役割は「インパクトを作り出すこと」
WWD:チームを引っ張る存在として、大切にしていることは何か。
小嶋:シンプルに、いつも明るくいようと思っている。どんなことも人対人だからこそ、みんなが楽しめる空間を作りたい。実際は仕事の細かい部分にまで関わっているので、現実的になり過ぎて物事を小さく考えてしまうこともあるし、毎日そんなに能天気ではいられない。でも、人にはできないインパクトを作るのが自分の役割であり、そのためにはいつもできるだけビジョナリーで、明るく、かわいい子でいたい。自分は比較的現実的なタイプで、本当はもっと“ぶっ飛んだ人”になりたいと思っている。普通の人が思いつかないことを次々と思い描いたり、出せないカードを出したりできる人が私の思い描くリーダーだ。その理想に少しでも近づきたい。それと同時に感じるのは、すばらしいリーダーになるためには時間がかかるということ。たとえ採用を強化して組織作りを頑張っていようが、今この瞬間にはそれはお客さまには関係ない。それよりも、毎日華やかな姿でユーチューブやSNSで発信することの方が短期的には求められている。そこのバランスをどう取っていくかには葛藤もある。
WWD:経営に携わる上で、参考にしている人や本などはあるか。
小嶋:「これを読んだ方がいいよ」と、いろんな人からビジネス本などのリンクはたくさん届くが、まだ1冊も読んでいない(笑)。ツイッターなどで流れてくる、知り合いではない一般の経営者の方が書いている「note」などはよく読んでいる。会社を運営していく上で人がつまずく壁は恐らく一緒なんだと思う。「組織が何人のときにこんな問題が起きる」といった事例にはすごく共感するし、そこに書いてあることは参考にして実践もしている。今はツイッター上に大体の情報があると思う。
WWD:ブランド立ち上げからの4年間で、一番手応えを感じていることは何か。
小嶋:お客さまが「ハーリップトゥ」の服を着てSNSで発信してくださっている姿や、ポップアップショップなどでお客さま同士が交流しているところを見ると、やってきてよかったなと感じる。SNSの投稿を見ていると、自分のことが分からない、自分に自信がないという子が少なくないように感じる。うちの服を着たことで「彼氏にほめられた」「自分に自信が持てた」といったコメントをいただくケースも多く、単に服を届けているのではなく、その先のストーリーを作れているんだなと実感する。「ハーリップトゥ」が前向きに変わるきっかけとなれていることに、一番やりがいを覚えている。
アイドル出身だからこその視点を共有
WWD:ファッションだけでなく、昨年はビューティ分野にも進出した。
小嶋:ビューティはもともと大好きで、4年前のブランド立ち上げ当初から構想はあった。ファッションについても同様だが、いつまでに何をどれだけ販売し、いくら売り上げるといった事業計画を精緻に決め込んでいる会社ではない。いろんな化粧品を使ってきた私自身が「これはいい」と感じるものが完成して、みんなにシェアできると思うまでは販売しない。最初に発売したビューティ商品はUV美容液だ。年齢を重ねて、スキンケアの中でもUV対策が一番大切だと感じるようになって開発に取り掛かった。ほかのスキンケアアイテムにも着手しているが、こだわるあまり「気づいたら1年がたっていた」ということも多く、発売はまだまだ先になりそうだ。ファッションもビューティも絶対に妥協はしたくない。どちらも本気で取り組んでいるが、最近それが本当に大変なことだとつくづく実感している。だからこそ、もっと会社の規模を大きくし、メンバーを増やしていく必要がある。
WWD:AKB48での経験は、今の仕事にどう生かされているか。
小嶋:AKB時代は何ものにも代えられない、非常に貴重な経験だった。体力もメンタルも鍛えられたし、同世代とは見てきた景色が全く違う。人からかけてもらってきた言葉やその数も違う。自分はすごくラッキーだったと思う。小さい劇場でライブをしていた時代から、ファンの方に向けて、こういうことを発信すればこう返ってくるというのをずっと繰り返してきた。こう思っている人にはこう伝えた方がいい、こういう写真を投稿すればこういう反応がもらえるといったことは、マーケティング的に生かされている。今、少しずつ自分がこれまで見てきたものや仕事の中で感じていることを社内で伝えたり、共有ツールにまとめたりするようにしている。普通のファッションやビューティのブランドとは考え方が違う部分も多いだろうし、アイドル出身だからこその私の視点の中には、理解できないものもあるだろうから。そうやって、少しずつ権限委譲を進めていければと思っている。
WWD:ブランドや会社として、今後どんなあり方を目指すのか。
小嶋:お客さまに楽しんでいただくためのリアルな場所を作りたいと思っている。昨年12月に、2週間の期間限定で代官山にカフェをオープンしたら、平日も含めて予約枠がすぐにいっぱいになった。これまでは「ハーリップトゥ」のワンピースを着て旅行に出掛け、その画像をSNSに投稿してくださるお客さまが多かったが、コロナ禍で今はアフタヌーンティーに行くというお客さまが増えている。そういう場を自分たちで作りたいと思って企画したものだ。カフェ出店をへて、リアルな交流の場を作りたいという思いはより強くなった。他にも、ビューティは納得できるものが開発できたら発売したいし、将来的にはブランドとして海外展開もしたい。この会社の中で、(自身以外が手掛ける)新しいブランドを立ち上げることも思い描いている。ただ、そうなるまでにはまだまだすべきことがあるし、人も足りない。足元のことを少しずつ積み重ねていった先に、未来が開けるかなと思っている。