「カナコ サカイ」は2022年春夏デビューのウィメンズブランドだ。立ち上げから半年でのネクストリーダー選出に関しては「早すぎないか?」と本人が一番驚いている。だが、長年多くのデザイナーと向き合ってきた推薦・審査員たちは直感的に、サカイカナコの中にファッションデザイナーとしての覚悟と独特のセンス、そしてリーダーシップを見出している。引っ越したばかりの小さなアトリエで彼女が描く未来を聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):読者は「カナコ サカイ 」とサカイさんについて知らない人がまだ多いので自己紹介を兼ねて教えて欲しい。多感な10代の頃、あなたはどんなファッションが好きだった?
サカイカナコ(「カナコ サカイ」デザイナー、以下サカイ):海外のストリートスナップに憧れて、ブロガーのルミ・ニーリー(Rumi Neely)が好きで、カルチャーやクリエイティブには憧れているけれど地元にはおしゃれをして出かける場所もなく、お風呂の中に雑誌を10冊くらい持ち込んで読みふけっていた。週末には茨城の実家から代官山のヴィンテージショップの「ヴィニヴィニ(VINIVINI)」に通ったり、「トップショップ(TOP SHOP)」が新宿にオープンしたときは買いに行ったりしていたのを覚えている。
WWD:ファッションデザイナーになろうと決めたのはいつ?
サカイ:東京の大学に進学して1年生のとき「今のままだと何者にもなれない」、と将来を深く考えた。で、出た答えが「ファッションデザイナーになる」だった。服作りの勉強をしたことはない。だけど、「私は何ができて、何が得意で、何をして生きていきたいのだろう」の答えから浮かび上がるのがファッションデザイナーだったから。根拠はないけど“やれる気がする”と思った。
WWD:道が見えてまずしたことは?
サカイ:「ファッションニュース(FASHION NEWS)」や「ギャップ(GAP)」といったコレクションマガジンに載っているデザイナーのプロフィールを熟読してキャリアの積み方を研究した。皆、大体同じで、服飾の学校で学び、デザイナーズブランドでインターンから始めて経験を積み、独立する。その通りに実行して30歳くらいで独立しようと決めた。
WWD:結果的に29歳で「カナコ サカイ(KANAKO SAKAI)」をデビューしたから有言実行だ。それで大学卒業後はニューヨークへ?
サカイ:スタートの遅れを挽回したかったのでまずは東京の服飾学校の夜間へ通い、ダブルスクールで服作りの技術を学んだ。卒業後にNYのパーソンズスクールのファッションデザイナー科へ。ニューヨークへ降り立った瞬間、英語も大してできないのに不思議なことに「ここは自分の場所だ、ここではよそ者じゃない」と直感した。まさに多様性で、いろいろな国からいろいろなバックグラウンドを持つが人が集まって学校も楽しい。美という価値観の多様性に驚いた。そして結果的には自分が日本人であることを強く自覚した。たとえば私が不完全さ、インパーフェクションを美しいと言えば、インド出身の同級生はタージ・マハルのように完璧なまでに左右対称であることが大切だと言う。とてもおもしろいと思う。自分では全く特別に思っていなかった日本人としての美意識やアイデンティティが、異なるバックグラウンドを持つ人たちには魅力的にみえることにも気がついた。
WWD:NYではいくつかのデザイナーズブランドでインターンを経験している。
サカイ:デザインチームでコレクションの組み立て方などを学んだ。印象的だったのが「3.1フィリップ・リム(3.1PHILLIP LIM)」。基本就業時間は9:30~18:00で残業はナシ。コレクション前の忙しいときでも事前に依頼があり、残れば夕方には必ず食事をとる。デザイナーズブランドには「好きだから時間もいとわず、食事もとらず」みたいなイメージがあったので驚き、いいなと思った。デザイナーのフィリップも気さくで、夕飯の和の中に入ってざっくばらんに意見交換をする。こうありたいと思った。帰国後は、デザイナーズブランドで2年間、生産管理に関わるあらゆることを学んだ。
自分の言葉を持ち自分の人生を生きている人に着てほしい
WWD:そして予定通り29歳で独立。「カナコ サカイ」を立ち上げて最初にしたことは?
サカイ:前職を退職した次の日に生地の展示会に行ったと思う。それまでチームで行ってきたことをこれからは全部ひとりで行う。その違いはあるけれどやることは同じ。
WWD:服作りで大切にしていることは?
サカイ:こだわりや理想を諦めない。服作りは本当にたくさんの工程があり、複合的。アイデア、糸の番手、パターン、縫い方、サイズ表示をつける場所、デリバリーなど、着る人に届くまでにもう本当に数え切れない工程がある。生地がよくても縫製がダメならダメだし、そこまでがよくても見せ方がダメならダメ。すべてがつながっている。やることが本当に多く私はそのひとつひとつに魂を込めている。ひとつでも手を抜いたら「カナコ サカイ」でなくなるから。
WWD:誰に着てほしい?
サカイ:それはパティ・スミス(Patti Smith)!アクティビストやフェミニスト、アーティストと言われる人にも惹かれることが多い。自分の声と言葉を持ち、自分の目でジャッジして自分の人生を生きている人たちに着てもらえるブランドになりたい。自分は自分らしくて良いのだという価値観を、ブランドを通して伝えることで、自分の思いや人の思いを尊重していける世の中になるように少しでも貢献したい。
WWD:サステナビリティという言葉をどう解釈している?
サカイ:エコロジーはもちろん大事だけど、今力を入れたいのは「産業の発展と継続、技術の継承」それと「個々人が平等であること」。私は生地にとても関心があり、ファーストコレクションの素材はすべて、日本の産地や職人と取り組んだオリジナル。その一つに浜松の生地メーカー、ナカジマさんがある。浜松産地に伝承されてきた技術を使った麻やコットンが得意で、初めて見たとき「全部好き」と思った。他には存在しないクラフトのような生地だと思う。
WWD:日本の物作りの現場や産地への強い思い入れが感じる。
サカイ:日本でファッションブランドを手がけることは、西洋由来のものを日本で作るということ。ヨーロッパの二番煎じにならないために、日本でつくる意味、日本でだからこそできることに焦点を当てブランドに付加価値をつけていきたい。ローカルでしかできない商品を提供するからこそ、グローバルで希少な価値を持ち、差別化を図ることができると思うから。だけど、いざ日本で服を作ってみると、日本のアパレル産業には様々な問題が山積みであることに気がついた。高齢化や後継者問題、日本の生地を海外でリプロダクションされ売り上げにつながらない、などなど。私が日本で物づくりを始めてから今までの短い間でも、実際様々な工場が廃業し、前まではできたことができない、と言われることが多々ある。せっかく素晴らしいものづくりをしていて、世界に認められた人や技術が沢山あっても、このまま衰退してしまっては、日本で物づくりをする私たちのようなブランドには死活問題となる。そこで、ブランドがきちんとこの課題に向き合い作り手と一緒になり発信していくことで、メード・イン・ジャパンの良さを世界に広め、産業も発展していく循環が起こることを理想とし、ブランドの目標として掲げている。
WWD:デビューコレクションは、グラデーションとタイダイの技術を掛け合わせた手染めの服が印象的だった。
サカイ:自身と同年代のデュオ“タイダイ フリーク(TIEDYE FREAK)”とのタイダイ染めだ。伝統技術だけではなく、若い職人、特に女性の職人にフォーカスしたい思いもある。男女は平等でどちらが大事とかないけど、物作りの世界は圧倒的に男性が中心だから、意識的に女性にフォーカスしたいとは思う。次シーズンも女性アーティスト、シロヤマユリカ(Yurika Shiroyama)さんとコラボレーションをする。
WWD:サステナブルな素材への関心は?
サカイ:もちろんある。今はオリジナルの生地作りに集中しているけれど、次の段階ではサステナブルな生地と組み合わせてコレクションを構成できたらと思う。
WWD:ネクストリーダーと呼ばれてどう?
サカイ:「早くないですか?」が本音だけど、私には勢いがあるかな、と思うのでみんなの道を作れるような人になりたい。
WWD:10年後の「カナコ サカイ」はどうなっている?
サカイ:うまく伝わるか不安もあるが、日本発のグローバルなメゾンブランドを作りたい、と思う。日本を拠点に日本のアイデンティティを大事にしつつ、世界中からいろいろなバックグラウンドと意見と美意識を持つ人が集まりチームとして作り上げるオープンなブランドになりたい。この場に来られなくても今ならオンラインでつながれる。人生を通じて自分が知らないことを知っている面白い人たちと出会って自分の価値観を広げてゆきたいから。