双子の松田崇弥代表と松田文登副代表が率いるヘラルボニーは、知的障がいのあるアーティストの作品をアパレルやインテリアに生かすブランド事業と、アート作品のデータを幅広い用途に転用するライセンス事業を行っている。立ち上げから3年が経ち、売り上げを順調に伸ばす一方で、「障がいを“異彩”と捉える新しい価値観を広げるのが目的だから、まだスタート地点にさえ立てていない」と口をそろえる。強い意志で動く彼らの背景には、自閉症の兄の存在と、兄に向けられる視線に覚える“違和感”があった。
WWD:ヘラルボニーを立ち上げた経緯は?
松田崇弥ヘラルボニー代表(以下、崇弥):僕たちには、重度の知的障がいを伴う自閉症の兄がいる。自分のリズムが乱れるとパニックを起こすこともあるが、それが欠陥とは思わず、一緒に遊び、ときには喧嘩をして、人生を共にしてきた。でも親戚からは、「かわいそうだね」「君らは兄貴の分まで生きろよ」と言われ、冷ややかな視線を向ける人がいた。そういった、障がいを“欠陥”だと捉える反応に直面するたび、いつも気持ち悪さを抱いていた。そんなある日、障がいのある人の作品を展示する岩手の「るんびいに美術館」を訪れた。障がいを持つ人のアート表現に衝撃を受けた僕は、「こういう人と何か一緒にできないか」とすぐさま弟に連絡した。互いに別の仕事をやりながら、副業として小さなブランドを始めた。
松田文登ヘラルボニー副代表(以下、文登):ブランド名は「ムク(MUKU)」。最初は、障がいのある人のアート作品を柄にしたネクタイを作った。そこから、ハンカチや傘などアイテムの幅を広げ、3年前に企業としてヘラルボニーを立ち上げた。
WWD:アート作品の展示ではなく、なぜブランドから始めたのか?
崇弥:作品を展示するだけでは、“アール・ブリュット”(美術の専門教育を受けず、思いのままに創作するアート)に興味がある人にしか届けられない。僕たちは“社会の目をどう変えるか”にチャレンジしている。“障がい”や“福祉”と聞いた瞬間に耳を塞いでしまう人や、自分とは関係ないと思う人にこそ届けたい。ブランドという傘があれば、間口が広がる。
文登:ブランド以外にも、約2000点のアート作品のライセンス事業も行っている。アートデータをアパレルやノベルティに活用してもらったり、建設現場の仮囲いに使われたり。美術館やギャラリーを飛び出して、イベントや街、人々の生活にまで徐々に浸透している。
WWD:作家はどのように見つけている?
崇弥:見つけるというよりも、出会っている感覚だ。福祉施設から紹介されて出会うパターンと、自社サイトの問い合わせページで作品が送られてきて、その中で素敵だと思った人と直接やりとりして契約するパターンがある。僕らは、「障がいのある全員がアーティストだ」と発信したいわけじゃない。個性はさまざまあり、その中にすごく素敵な作品を描く人がいるだけ。その人たちを社会とコネクトさせるのが僕らの役割だ。今は153人と契約している。
文登:作品が面白くても、障がいの重さからビジネスにするのは困難だと思われている人もいる。たしかに半年に一度個展を開き、売買で利益を得るのは難しいが、データとして保管し、それを貸し出してライセンスフィーが入る仕組みなら、社会と無理なくつながることができる。
WWD:ライセンスや建設事業など、ビジネスの目のつけどころが鋭い。
崇弥:僕はかつて、小山薫堂さんの元で働いており、キャラクターライセンスの可能性を感じていた。文登は新卒でゼネコンに入社し、「仮囲いに勝機がある」と常々語っていた。どちらも前職の強みが生きている。
文登:でも、最初から順調だったわけじゃない。toB向け事業としてライセンスの話をしても、「素晴らしいことをされていますね」で終了し、受注はほとんどなかった。それでも諦めず、銀行から融資を受けて地元の百貨店に実店舗を作ったり、商品を拡充したりと、toCに振り切って活動するうちに、露出が増えてライセンスの依頼も届くようになった。
WWD:ビジネス規模が拡大し、メディアで見る機会も増えているが、“異彩を、放て。”という企業ミッションが本当の意味で伝わっている実感はあるか?
崇弥:正直、まだまだだ。今はサステナビリティやダイバーシティー、インクルージョンといった波に乗らせてもらっているだけ。この波がなくなったときに“異彩を、放て。”のメッセージが浸透しているかどうかだ。それでも、今の環境が好機であることは事実。ブームではなく、文化になれるよう、粛々と活動を行う。
WWD:今後の展望は?
崇弥:今はアートを軸にしているが、その外にも飛び出したい。究極は、障がいのある人との出会いを創ること。「ヘラルボニー」のファブリックやインテリアに包まれたカフェで、障がいのある人が働き、そこにお客さんがくる。挨拶はできないかもしれないけど、こだわりがあるからサーブや皿洗いはすごい。それを目の当たりにすれば、障がいへの考えは大きく変わる可能性がある。何かが便利になるわけでも、誰かが楽になるわけでもない。でも、生活者の思考や価値観をアップデートできたら、それこそ本当のイノベーションだ。