「プラダ(PRADA)」の2021年春夏ウィメンズ・コレクションでデビューしたモデルのTAIRAは、新しい美の表現を導く存在になるだろう。それはTAIRAが、男性とも女性とも自覚しないジェンダー・ノンバイナリーであるだけでなく、“文化の政治学”といわれるカルチュラル・スタディーズを学んだ学生時代に培ったファッションやジェンダー、カルチャーに対する批判的な視点を武器に、社会を変える強い意志があるからだ。TAIRAは、自分が持つ“マイノリティー”な側面に注目が集まることに違和感を覚える一方で、「社会を前進させるために、この対話を続けたい」とリーダーとしての覚悟を語る。
WWD:学生時代はモデルを目指していた?
TAIRA:全然考えていなかった。小さいころはアートや建築への関心が高く、将来はクリエイティブな業界に進みたいと思っていたが、モデルは自分へのキャリアパスだと考えたことがなかった。最初にスカウトを受けたときは驚いた。ライフストーリーとして経験してもよいかもしれないと思い挑戦したが、その後、光栄なことに違うスカウトからのオファーが続いた。面白かったのは、毎回自分が女の子だと思われていたこと。「女の子ではない」と伝えると、むしろますます興味を持ってもらえたし、ファッション業界で働く友人からも「絶対に挑戦すべきだ」と背中を押された。
WWD:モデル業への迷いや恐れはなかった?
TAIRA:あまりなかったかもしれない。むしろ自分の弱みだと思っていたものが強みになるんだと新しい力に気付かせてくれた。面白い出合いにあふれ、たくさんの刺激を受けるこの世界は、仕事としてだけでなく自分を深く知ることにも貢献してくれる。最終的なゴールはまだ見えないが、今はこの与えてもらったプラットフォームを楽しみたい。
WWD:これまでファッションはどんな存在だった?
TAIRA:昔から美しいものを見たり、作ったりすることが好きで、ファッションもその延長で楽しんでいた。特定のブランドや雑誌にハマるというより、自分が美しいと思ったものを自己流に表現していたと思う。学生時代は自分を理解できていない部分が大きかったし、アイデンティティーも確立していなかったから、ファッションは自分にとってよろいのような存在だった。自分を偽るためではなく、おしゃれでいることで周りから認められ、何か付加価値を得るための手段だったように思う。同時に、センシティブでナイーブな性格だったので、周りからどう見られるかをすごく意識していた。ファッションで認めてもらいたい半面、目立ちたくはない。そのバランスをうまく取りながら自分を表現していたと思う。今でこそ撮影でスカートを着る機会があるが、プライべートで自分からはきたいとはあまり思わない。小さいころから自然に選択肢として存在していたら、きっと今ごろ普通に手を伸ばしていたと思うけど。よく“Be yourself”というが、自分らしさは一つではないと思う。もっと流動的に捉えている。最近もし自分がモデルの仕事をしていなかったら、今、どんな装いをして社会に立っているんだろうと考える。今、髪を伸ばしているのもきっとファッションの世界に身を置いているから。例えば建築家になっていたら、また違った自分だったはず。きっとこれからも環境や周りから得る影響とともに、進化し続けるのが自分にとってのファッションだと思う。
WWD:大学時代はカルチュラル・スタディーズや人種、ジェンダーなどのアイデンティティーの分野で学びを深めた。得た知識は、今の仕事にどう生かされている?
TAIRA:人々は日常生活の中で、それぞれのアイデンティティーに沿ってパフォーマンスしているという考えを学んだ。お母さんを演じる、子どもを演じる、アジア人を演じるなど。モデルの仕事にも通じることが多い。特にファッション業界は権力構造など、社会の縮図のようで面白い。男女が二分されているファッションの世界でウィメンズウエアの仕事をするときは、自分も無意識に“女らしさ”を誇張したり、より女性らしく見えるような曲線的なポージングをしたりする。世間が作り上げた“女らしさ”の再生産に加担しているように感じるときもある。必ずしも演じることが悪いわけではないし、ステレオタイプから抜け出す必要があるのかどうかも分からないけど、どうしたらもっと違う可能性を導くことができるかを常に考えている。
対立を生まない形でのアクションを起こし続けたい
WWD:一番印象に残っている仕事は?
TAIRA:たくさんあるが、挙げるとしたら初めてファッション・ウイークに参加した「プラダ」の2021年春夏ウィメンズ・コレクションのショー。きっと自分はすごい経験をしたのだろうけど、どれだけすごいことだったのかは正直、今でも理解できていない。一つのショーが作られるまで、本当にたくさんの人が関わっていることに感銘を受けた。モデルはその場に行ってポーズするだけだと思われているかもしれないが、実際はそれ以上にチームの一員としての意識がある。「プラダ」で、そのプロセスに加わることができて幸せだった。
WWD:さまざまな反響があったと思う。
TAIRA:取材を受ける機会も増え、記事を読んだ全く知らない人から「インスパイアされました」とか、「感銘を受けました」といった連絡をもらった。知らない所で誰かの人生に影響を与えていると考えると、すごく光栄だし、感謝する半面、責任も感じている。
WWD:業界の多様性を推進する動きをどう見ている?
TAIRA:正直「多様性」や「ダイバーシティー」という言葉は苦手。理想は、そういった言葉で語る必要がなくなること。自分もその文脈でキャストいただくことが多いが、クライアントが多様性のメッセージを担保するために起用されたように感じてしまう場面があることも否めない。仮にそうだったとしても、ネガティブに捉えているわけではない。自分の表現がまだ美的価値観を形成途中の世代に与える影響や、新しい対話や気付きにつながる可能性があるから。世界はすでにカラフルな個性であふれているのに、それを押し殺して“ノーマル”と切り離して特別視されるのはおかしい。自分が感じていることは、社会がこれまでのコンフォートゾーンを抜け出し変化するときに生じるわずかな痛み。社会を前進させるためにこの対話を続けたい。
WWD:今後ネクストリーダーとして業界をどうけん引する?
TAIRA:多様性以外にもサステナビリティなどいろんなことに興味があり、対立や争いを生まない形でのアクションを起こし続けたい。いろんな問題があふれる現代社会で生きる個人として、さまざまな問題に対して、政治的でないと生きていけない時代だと思う。究極的には、社会に生きる全員がアクティビストでいるべきだと思うし、自分もこれからさまざまな活動を通して社会貢献していきたいけれど、今自分は自分をアクティビストとは呼びたくない。それは、その言葉が暴力性やネガティブな意味を内包する気がするから。常にオープンマインドでフレキシブルな考えで、謙虚な姿勢と感謝の気持ちを忘れずにいたい。