⼩説家の松澤くれはは、(ファッションデザイナーが主人公の小説「明日のフリル」(光文社)を刊行した)。上野の森に佇む、夜だけオープンする謎めいた洋品店で販売する一点モノの洋服を作るのは、主人公のデザイナー、梓振流(あずさ・ふりる)。振流は、仕事に追われるアパレル販売員、五福あやめをはじめとする店を訪れた人に、作った洋服を通じて「洋服を選ぶ楽しさ」「洋服を選ぶことで広がるかもしれない世界の存在」などを伝える。
小説は、あやめの暮らしぶりを通してアパレル業界の問題にも踏み込むドキュメンタリータッチでありながら、振流の隠された過去についてはミステリアス。でありながら作品全体は、洋服が「新しい自分」に近づけてくれるかもしれない可能性を秘めた存在として描かれ、きっと業界人は勇気をもらえるだろう。自身も「洋服を選ぶ楽しさ」を体現している松澤に話を聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):もともと、ファッションは好きだった?
松澤くれは(以下、松澤):昔から興味があり、大学時代は丸井で“シュッ”とした洋服を買っていた。転機は、雑誌の「チューン(TUNE)」を読んでいたとき。「これ、いいな」や「こっちもカッコいいな」と思った洋服が大体「ノゾミ イシグロ(NOZOMI ISHIGURO)」で、どうやらラフォーレ原宿で買えるらしいことを知り、セールの時に買い始めて、世界が広がっていった。そんな中、「アールビーティ(RBTXCO)」の東哲平デザイナーに出会い、ますますのめり込んだ。東さんから洋服の背後にはデザイナーを筆頭にいろんな人、いろんな想いがあることを学んだ。「オシャレ」や「カッコいい」「カワイイ」の裏側には、意図があることを知った。
WWD:それを伝えたいと思った?
松澤:僕が総柄の洋服を着ていると、みんな「すごいね」「オシャレだね」と言ってくれる。嬉しいけれど、距離を感じる。「すごいね」「オシャレだね」とコミュニケーションしてくれるのに、一方で「自分には関係のないもの」と距離があるものと思われていることの違和感をどうにか解説できないか?と考えた。「その服、スゴいね」を突破できる小説が作りたかった。「オシャレがわからない」や、僕を見て「あなたは個性的な洋服が着られていいね」と思っている人たちに、“ファッションのおおらかさ”や“受け皿の広さ”を知ってほしい。だから小説の帯では「おしゃれって、しんどい?」と問いかけた。ファッションの世界の“選民的なところ”を取っ払い、「面白いんだよ」と伝え、この世界には無限に近い洋服があって、出会いきれないほどの人がいて、そんな中から選べることを伝えたい。洋服は、毎日着るもの。それを、もっと気軽に選ぶ後押しができたらと思う。
WWD:ちょうどファッションやビューティ業界でも、一方的に押し付けるのではなく、選択肢を提示する接客やMD、空間づくりの模索が始まっている。
松澤:鷲田清一さんは、「服は、第二の皮膚」と述べている。皮膚が選べるって、考えてみるとスゴいこと。人間は、毎日絶対服を着る。毎日着る服をないがしろにするのは、その日一日をないがしろにする危険性を孕んでいる。朝、その洋服を選んだから現れる選択肢もある。白い服を選んだ日は「パスタを食べない」と決めるかもしれないし、「ラーメンを食べたいから」黒いシャツを選ぶときもあるだろう。僕も真面目な打ち合わせには襟付きのシャツを選び、雑談の日にはニットを着るかもしれない。相手を考えて、洋服を選ぶときもある。毎日の洋服を選ぶことは、日々の生活の解像度をあげること。僕は、そう思っている。「『ユニクロ(UNIQLO)』を着たい」を否定するつもりはない。でも、本当は挑戦したい洋服があるのに「『ユニクロ』でいいや」は、ちょっと違う。「選ぶ」の本質を描きたかった。
WWD:アパレル販売員の五福あやめが働くプチプラブランドには、「制服」としてのファッションや、そこで働く人の葛藤などのリアリティがあった。
松澤:プチプラブランドのスタッフなどに話を聞き、想像を膨らませた。インタビューした人から、「うちらのプチプラにも、存在意義がある」と教えてもらった。子育てが終わって、新しい洋服が欲しい。でも、浪費はできない。そんな人に「4000円のワンピースには、存在意義がある」という。洋服が好きなアパレル販売員が、プチプラでも、洋服がぞんざいに扱われたらどんな風に思うのか?など想像を膨らませた。
WWD:4⽇から20⽇まではラフォーレ原宿内のセレクトショップ、チェルシーにオープンするポップアップストアで、「アールビーティ」による文中の服を販売する。
松澤:服を見て「すごい。デザイナーの考えを含め、伝えたい」と心動かされて完成した小説が、服を作った本人の心を動かして「洋服を作りましょう」となった。こんな状況じゃなかったら、ファッションショーをやりたかった。舞台の劇作や演出から創作活動を始めたせいか、舞台という現実の空間でフィクションを描くように、現実とフィクションが曖昧になって、交錯する世界が好き。ファッションショー自体が「現実なの?フィクションなの?」という空間だと思うし、そこに現れる洋服が小説から生まれたものならなおさら「この世界は現実?小説の中?今は日常?非日常?目の前で見ている洋服は?」と現実とフィクションが交錯するだろう。小説の世界の洋服を実際に売ることで、小説を読んだ人が買ったり、読んでいない人も買ったり、2つの世界を行き来したり、2つの世界が逆転したりしたら面白い。
WWD:今、好きなブランドは?
松澤:「え、何?」っていう、単純に面白いブランドが好き。「ダブレット(DOUBLET)」や「リック オウエンス(RICK OWENS)」「コム デ ギャルソン・オム プリュス(COMME DES GARCONS HOMME PLUS)」とか。「どうした?」って気軽に問いかけられるブランドが好き(笑)。