米「WWD」は2月21日、ロンドンの名門セント・マーチン美術大学における2年ぶりの修士号(Central Saint Martins MA)の卒業制作コレクションを題材に、メンズにおける体の多様性や、ジェンダー・アイデンティティー、サステナビリティなどを追求する姿勢を報じた。中でも注目は、ファッション&ビューティ業界における“美の基準”を見直すきっかけとなったボディー・ポジティビティーの動きが、メンズコレクションでも見られたことだ。自分のありのままの状態を受け入れる、あるいは愛するといった意味などを包括する同ムーブメントは、「痩せていなければ美しくない」という圧力を多く受ける女性を中心に盛り上がってきた。これが、メンズでも広がっている。多様性を打ち出そうとしているのにリアルサイズの女性モデルの隣には筋肉が程よくあって高身長の、いわゆる男性の理想とされているボディーイメージを持ったモデルが並んでしまう現状に対する内省が始まろうとしている。そこで、セント・マーチン美術大学の卒業コレクションを起点に、ライターでフェミニズムや、美容と自尊心といったトピックスに精通する長田杏奈に次世代のボディー・ポジティビティーの動きについて聞いた。
男性はボディー・ポジティビティーから排除されている?
ボディー・ポジティビティーが広がった背景には、1960年代にアメリカで始まった「ファット・アクセプタンス(Fat Acceptance)」運動が関連していると思います。フィットネスがブームだった当時は運動がステータス化して、太っていると「自己管理ができていない」「怠け者」と判断され、実際就職活動の場でも体型での差別が「自己管理能力の欠落」という名目で正当化されることさえありました。ビジネスの場での影響が大きかったことから男性の社会活動を左右しましたが、運動に参加した当事者には女性が多かったといわれています。ボディー・ポジティビティの対話に男性が含まれていないように見えたとしても、それは主に女性に焦点が当たっていたのではなく、これまで女性に容姿差別や厳しい社会のまなざし、痩せていることを美徳とする考えがより重くのしかかっていたからでしょう。
ジェンダーや社会的立ち位置によって理想とされるボディーイメージは異なりますが、男性は「筋肉があること」「高身長であること」が求められがちな印象です。これらは体を大きく、強く見せる「男らしさ」と深く結びつくものですよね。「男性は強くあるべき」という伝統的な価値観が体型・見た目の形成にも大きな影響を持っていると感じます。男性用下着の広告は一番分かりやすい。シックスパックの腹筋が並び、理想とされる振る舞いやボディーイメージを顕著に表現していますよね。「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」などはリアルな生活者に近い体型モデルを起用していますが、まだまだ多様な表現は少ない気がします。
こういった個人を抑圧する「男性らしさ」は、「自身をケアすることなんて男らしくない」「体型や自分のことに無関心でいる方が男らしい」という価値観につながり、ボディー・ポジティビティーといった、セルフケアの一環から男性を締め出してしまう傾向があります。今の若い世代にはあまり感じませんが、上の世代はより顕著。自分が快適であるかどうかなどという“細かいこと”は気にしない方がカッコ良い、無関心で豪快な方が「男らしくて良い」とされていることの影響です。例えばふくよかな男性は「貫禄がある」とポジティブに捉えられることもあり、女性に比べて寛容な社会のまなざしを受けています。一方で、男性の多くが自身の体と向き合って対話しているか、ボディー・ポジティブなのかといったらまだまだな印象があります。日本の美容の分野では特に、男性のセルフケアはすごく商業的に絡め取られてしまっている印象です。メンズビューティやメイクは「社会のためにすること」としてプロモートされ、「デキる男」の新しい生活習慣として紹介されることが多い印象です。
定期購読についてはこちらからご確認ください。
購⼊済みの⽅、有料会員(定期購読者)の⽅は、ログインしてください。