ファッション

「みんなのために」じゃないフェミニズム 出版社エトセトラブックス代表が語る日本のフェミニズムとファッション

 2018年12月に設立したエトセトラブックス(etc.books)は、フェミニズム本が専門の出版社だ。これまで聞かれてこなかった“エトセトラ(その他)”の声を発信することを目標に掲げている。同社の松尾亜紀子代表は、同名の店舗を東京・新代田に2021年1月にオープンし、企画や編集、販売、イベントの運営を通してフェミニズムを伝えている。今回、松尾代表にフェミニズム出版社としての想いやファッションとフェミニズムのつながり、自身のファッションについてを聞いた。

WWDJAPAN(以下、WWD):エトセトラブックスを設立しようと思った理由は?

松尾亜紀子エトセトラブックス代表(以下、松尾):15年間編集者をした後、「ジェンダーやフェミニズムの本を出す出版社を作る」いう想いを胸に、18年に独立しました。独立への背中を押してくれたきっかけは二つ。一つは、2010年ごろからSNSを中心に日本の多くの女性たちがフェミニズムについての対話を始めたこと。当時、性暴力や職場での性差別について声を上げる人が増え、ジェンダーやフェミニズムに関連する本の感想がダイレクトに届くようになり、フェミニズムの動向も見えやすくなりました。もう一つは、独立系の出版社がたくさん登場したこと。独立した人たちが流通や経営の仕組みを構築して前例を築いてくれたので、フェミニズムだけの出版社を立ち上げて、より直接的に読者に届けたいという気持ちでスタートしました。

WWD:現在の事業は?

松尾:毎年2回発行するフェミマガジン「エトセトラ」は大体3000部から始めて、毎回増刷を重ねて6000部ほど作っています。毎月のイベントには、約60〜100人が集まります。21年1月に開いた新代田の店舗には、学生から70代のお客さままで、幅広い客層が来店しています。

WWD:仕事のやりがいは?

松尾:原稿を一番早く読める、というのは編集者として何より大きな喜び。フェミニズムを専門にしているので、出版のプロセス自体がフェミニズムの実践になります。こうして話を聞きにきてくれる人が増えていることに対しては、いまだに「私はただの一人の編集者ですが……」という気持ですが。

届けたい人がいるから、「みんなのため」にしない

WWD:エトセトラブックスが担う役割とは?

松尾:誰かのフェミニズムを、また別のフェミニストに伝えるのが使命です。書籍では、これまで聞こえなかった“エトセトラ”の声を届け、イベントではそれを読んだ人たちと一緒に理解を深めて思いを共有する。店頭では、自社の出版物だけでは伝えられないフェミニズムの多様さや葛藤を扱うことが目的です。「ここに来たら居場所がある」って思ってもらえるような場所を作りたいんです。

WWD:実際にはどんな反響が届く?

松尾:「お店で生きているフェミニストに会えてうれしい」と言ってもらえたことがありました。今はSNSでフェミニズムを実践する人が多いけれど、実態が見えづらい。だからスタッフやお客さまが、“生身のフェミニスト”として可視化できているのでしょうね。

WWD:ジェンダーやフェミニズムのトピックスを扱う上で工夫していることは?

松尾:私の話を聞いて、対話しようとしている目の前の人に向けて話すことです。広く漠然と「みんな」に向けてだと、本来届けたい層とは離れてしまう。マジョリティーのための、ジェンダーの話になってしまいます。

ずっと正しいわけではない。許してくれる仲間やシスターフッドがあった

WWD:日本では特にジェンダーやフェミニズムの話は敬遠されがちだ。発信を続けることに葛藤や恐怖はない?

松尾:恐怖はないですね。活動をする上で何をやりたいかも大事ですが、それ以上に「これはやらない」を決めるのがとても大事。やりたくないことを選ぶようになってから、フェミニストとして発信する葛藤はなくなりました。独立してからは、自分の発信したいことについて、誰かの顔色を気にしないようになれました。

WWD:間違えてしまうこともある?

松尾:私は編集者として本を作る過程でフェミニズムを知ってきたので、学問的・専門的には学んでいません。今でも間違えることはあるし、全然完成形じゃない。だからこそ何かを考えて実践する姿を見せていくことにも意味があると思っています。これから失敗するかもしれないし、迷うこともあるかもしれませんが、エトセトラブックスの成長や歩みはオープンにしていきたい。その過程を共有したいんです。

WWD:日本でフェミニズムを語る難しさとは?

松尾:前からのつながりや歴史について“共有する前提”が足りていないと感じます。例えば、ここ数年「フェミニズムの流れが来ている」「盛り上がっている」という風に言われることも多いですが、これまでずっと闘ってきて、社会を少しずつ変えてきた女性やフェミニストたちの存在があまり語られません。そういう人たちも、みんなが正しかった訳ではなく、間違うこともあった。でもそれを許してくれる仲間の存在やシスターフッドがあり、少しずつ積み上げられてきたものが今のフェミニズムを作っている。歴史への理解を深めることで、連帯がさらに生まれてくるはずです。

「洋服くらいは、自分の味方に」

WWD:ファッションとフェミニズムの関連性は?

松尾:1960年代にアメリカから広まったフェミニズム運動で、「個人的なことは政治的なこと」というスローガンがあります。この考えは、ファッションも同じだと思うんです。どんな装いを選ぶかは、それを社会的要因などによって選べない人がいるということも含めて、政治的ですよね。ファッションは自分らしさを表現する時のツールでもあるし、みんなで共有できる楽しさがある。ものを通して、フェミニストたちをつなぐものでもあると思います。

WWD:自身のファッションに対するポリシーは?

松尾:自分の好きなTシャツと、パンツ、黒い上着が基本の装いです。時々変えることがありますが、基本はこのスタイルが落ち着く。「したくないこと」を洋服に置き換えて選べるようになってから、楽しめたり、心地よく感じられるようになってきた気がします。Tシャツは、エトセトラブックスの店内でも売っているようなメッセージTシャツやスローガンTシャツをよく着ています。

WWD:なぜメッセージ性のあるTシャツを選んでいる?

松尾:フェミニズムTシャツが大好きなのは、気分的に勇ましくなれるし、何より自分がアガるから。誰かに見せるとか攻撃するためではなくて、洋服ぐらいは自分の味方で、自分にパワーを与えてくれるものであってほしい。フェミニストだと公表したら、周りに「もっと明るく、攻撃的ではない服を着た方いい」と指摘されることがありました。短い髪に、好きな革ジャンやパンツスタイルをすると、「いかにもフェミニストだね」と言われたこともあります。でもそういう人たちは結局、自分が思うフェニミストの型にはめようとしているだけなんだろうなと感じましたね。自分のプレジャーになるためのファッションが大事なのであって、お互い「こうでなくてはいけない」と主張し合うのは無駄なはず。

WWD:具体的には?

松尾:装いに関するところでは、女性に限った話ではないですが、就職活動のリクルートスーツが自分たちの世代よりもっと画一的になっていて驚きました。しかも衝撃だったのが、基本の装いであるスーツはガチガチにルールに縛られたままなのに、ピアスやヘアースタイルで“おしゃれ・個性をプラス”とうたう記事を見たこと。そのギャップに、鎖に繋がれた中の自由、そして「それで満足せよ」と若者に言っている社会の圧が詰まっている気がします。ファッションで何かを主張したい人はすればいいと思いますが、誰かにさせられているファッションなら早く脱いだ方がいい。“脱げる社会”をつくらないといけないと思いますね。

メッセージには、尊厳とプレジャーの視点が大事

WWD:当事者に寄り添う発信のつもりが、攻撃的なアウトプットになってしまうケースもある。どう気をつけていくべき?

松尾:女性を題材にして炎上するものは、とにかく尊厳がない。マイノリティーの尊厳とプレジャーを本当に大事にしているのか、気にかけなければいけません。キャンペーンや広告、アイテムのきれいな見かけが、メッセージの危うさを隠してしまうことがあります。

WWD:情報を見分けるには。

松尾:商業主義や新自由主義にまみれた“フェミニズムぶったもの”には注意が必要。女性の体を利用したビジネスが多くあります。脱毛や痩身などの広告や情報ばかりが増え、自分の体を守れなくなっていってしまうんですよね。フェムテックも、女性の身体を商業的に利用しているように見える会社もあります。例えば、ホームページにはきれいな言葉が並んでいても、役員は全員男性で、社外顧問というポジションだけに女性を据えるような組織の体制は信用できないですね。

出版のプロセスがフェミニズムであり、社会運動

WWD:エトセトラマガジンのトピックはどのように選んでいる?

松尾:長田杏奈さんが責任編集を務めた「エトセトラVOL.3 私の私による私のための身体」では、美容ライターとして活躍する長田さんの考えにフェミニズムを絡めて制作を依頼しました。「エトセトラVOL.4 韓国ドラマで私たちは強くなれる」は、自分や周囲の女性たちがコロナ禍で韓ドラにはまったことから始まりました。最新号の「エトセトラVOL.6 ジェンダーとスポーツ」は反オリンピックの運動の一環として、時事的なことをきっかけに発行しました。

WWD:マガジンの特徴的な表紙デザインはどういうアイデア?

松尾:この表紙がプラカードになるイメージで制作しています。2017年に参加したウィメンズマーチ(国際女性デーに世界各国で、ジェンダーに基づく暴力・差別に反対の意思を表明するデモ行進)で、現在デザインを手掛ける福岡南央子さんに出会いました。福岡さんが当時持っていた自作のプラカードのデザインに惹かれて、「絶対この人に頼もう」と決めていたんです。書店で表紙が並んだり、誰かが電車で読んだりしているときに、周囲には社会へのステートメントとして映るよう願いを込めています。

WWD:これからの目標は?

松尾:まずは続けることですね。5年、いや10年先も今やっていることを続けていきたい。ハリウッド発信で#MeTooが広がる前に、日本で伊藤詩織さんは声を上げていたし、石川優実さんの#KuTooも独自に広まっていきました。日本は海外ほどフェミニズムが広がらないとか、#MeTooが不完全燃焼とかよく言われますが、私自身も伊藤詩織さんに連帯を表明できなかった、応援しきれなかったという後悔があります。そういった後悔も共有しながら少しずつ進んでいるのが、今の日本のフェミニズムなのかもしれません。私が関わっているフラワーデモ(毎月11日に、性暴力根絶を目指して全国で同時に行われるデモ)は#MeTooの一つですが、まず寄り添うための#Withyouがないと、#Metooは発展しません。今は一緒に声を上げていく土俵として、#WithYouを創っているところなのだと思います。

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