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なぜパタゴニアが日本酒を手掛けるのか 日本発「五人娘」誕生秘話

 パタゴニア(PATAGONIA)の食品事業パタゴニア プロビジョンズは2021年12月、日本発の初めての製品として寺田本家が手掛ける「五人娘」を発売した。本国アメリカでは寺田本家オリジナルの「五人娘」を、日本ではパタゴニア日本支社がソーラーシェアリングに投資する「坪口農業未来研究所」のコシヒカリを掛米(もろみ造りに直接使われるお米)に用いた独自配合の「五人娘」を販売し、売れ行きは上々だという。なぜパタゴニアが日本酒を手掛けたのか。近藤勝宏パタゴニア プロビジョンズ ディレクターに聞いた。

WWD:パタゴニアの日本発の初プロダクトが日本酒でした。

近藤勝宏パタゴニア プロビジョンズ ディレクター(以下、近藤):実はお酒に的を絞っていたわけではなく、きっかけは“自然発酵”のコレクションを作り、お客さまに紹介しようとプロジェクトが始まったことでした。プロジェクトが本格化したのは2020年秋。発酵から熟成、そして瓶詰めまで、天然の風味を維持しながら向上させるために人的介入は最小限に抑える技術を持ち、日本酒であれば米、ワインならブドウといった原材料も環境にダメージを与えない方法で作られたモノを提案することが環境や社会問題への解決策の一つになるのではないかと考えました。

WWD:なぜ、自然発酵だったのでしょうか。

近藤:自然派ワインや自然酒はコアなファンがいるけれどなかなか広がらない。多くの方は通常、値段と量、ラベルで選び、モノ作りの背景までは考えることはないでしょう。なぜ自然派ワインや自然酒に価値があるのか、どうやって作られているかを伝えることで、ファンを作るいいきっかけになるのではないかと考えました。

WWD:自然派ワインは、どこでどんな作り手がどんな気象条件や醸造方法で作っているかが語られ、トレーサブルです。自然条件で味が変化することを楽しむ文化が少しずつ広がっているようにも感じます。

近藤:自然派ワインのファンは一定数いて、その年を味わうことを楽しみ、共有する文化ができています。同じように自然酒、寺田本家のお酒も自然の影響を受けている。自然の影響を受けてそれぞれ個性が出てくる。それを楽しむような方が今後増えていけばと思います。

WWD:食品生産における課題解決に向けて、すでにビールや豆のスープ、魚の缶詰などを販売しています。不耕起(耕さない)、無農薬(農薬を使用しない)、無化学肥料(化学肥料を使用しない)などを重視し、土壌を回復しながら生産する食品を販売することは今パタゴニアにとって最重要プロジェクトといっても過言ではありませんね。

近藤:水や空気、土壌を再生しながら、野生動物を回復するような方法で原材料が生産されるだけではなく、クオリティにもこだわりがあります。食品事業は(創業者の)イヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard)やシュイナードファミリーが深く関わっていて、これまで発売したプロダクトは全て彼らの舌を通り製品化されます。

WWD:寺田本家との取り組みはどのように始まりましたか?

近藤:米国チームが自然発酵プログラムに適したものを探していたときに、寺田本家と出合い、彼らのモノ作りに共感してアプローチしました。米国の担当者が直接オンラインで寺田本家に、どのように稲を育てているか、働いている人は幸せか、どういう環境で働いているかなどのインタビューを行いました。

WWD:日本でパタゴニアが販売している「五人娘」は掛米に「坪口農業未来研究所」が生産するコシヒカリを用いています。

近藤:通常の「五人娘」とは味が異なり、フレッシュかつワイルドな味わいになりました。私自身「五人娘」のファンでよく飲んでいますが、今回仕上がった「五人娘」は味にパンチがある。実は、(お酒が出来上がるまで)「正直わからない」と言われました。掛米で使われる米は味に大きな影響を与えないと聞いていましたし、寺田本家はコシヒカリを使って酒を造る経験もあったので当主の優さん(寺田本家の24代目寺田優氏)は自信があったと思います。わからないとは、クオリティが落ちる可能性があるということではなく、自然が決めるという意味です。寺田本家はあるがままの自然の状態に任せて醸造しますし、タイミングでも味が変わります。それが本来の食べ物、つまり食べ物も生き物であるということだと思います。あるがままの自然を受け入れて、生まれるものを発酵の一部として考えるーー蔵に集まったものを受け入れるという思想です。

WWD:どのように協業しているのですか?

近藤:パタゴニアが原材料を提供するのではなく、寺田本家が「坪口農業未来研究所」から買い取る形です。日本では「寺田本家」オリジナルの「五人娘」は飲めるので、パタゴニアが販売するのは、パタゴニアでしか味わえないもの、パタゴニアとのストーリー関係性の深いものを使おうとなりました。ワインもオリジナル企画です。

WWD:食こそが環境危機の唯一の解決策だとイヴォン・シュイナード氏は語っています。

近藤:ジャケットは5~10年に1回買い替えればいいけれど、食は毎日のことです。食品産業はエネルギー産業と並び、気候変動や環境に対するインパクトが大きく、この分野を変えていくことが地球を救うことになります。食のあり方や食の選ばれ方、土壌を豊かにして炭素を固定することーー“解決策としての食”をコンセプトにしていて、そうした食品を今後開発して選択肢を増やしていきたい。

食品の複雑なサプライチェーンを再構築する

WWD:今後、食品事業をどのように拡大していくのでしょう。

近藤:食は土地のものがあり、地域で好みが異なります。主食も違う。アメリカの企画で作られたものを日本に紹介して波及させることで日本の食品業界にインパクトを出すことももちろんですが、直接日本の食卓や農業にインパクトを出せる日本製品の開発に力を入れていきます。

WWD:具体的なアイデアはありますか?

近藤:イヴォン・シュイナードは日本食が好きです。例えば、お米やみそ汁など日本の伝統的な食材と食品加工技術を用いたものを作っていきたいと考えています。

WWD:各地域で独自商品が生まれる、ということでしょうか。

近藤:日本で成功モデルを作り、他のブランチで波及させたいと考えています。私自身、日本の伝統的な食生活が解決策としての可能性があると考えています。主食は雑穀、野菜や海藻が食の中心にあり、肉食中心ではなかった。伝統的な日本食をいい形で世界に提供したい。地球の変化の原因の一つで、環境へのインパクトが大きいのは畜産です。食生活の変化も気候変動の要因の一つで、その解決を目指すためには、伝統的な姿に戻していく必要があるのではないでしょうか。伝統的な日本食をいい形で世界に提供したい。

 また、現在、健全性のある食品がなかなかありません。プロビジョンズのビジネスを通じて、食品産業の複雑に絡み合ったビジネスを変えたい。アパレル産業を40年かけて改革してきました。ウエアビジネスで学んだことを生かし、複雑な食品の世界を再構築したい。

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