アプリをダウンロードし、画面を開くと、ARで噺家が登場し、新作落語「メタ講釈」を披露。その口上に合わせて、次々にパフォーマーが現れる。太鼓がリズムを刻み、ワラのミノを被った八百万の神「加勢鳥」が出現。ダンサーのアオイヤマダが舞い踊り、パラアスリートの前川楓の跳躍、舞踏集団「大駱駝艦」の村松卓矢の怪奇なパフォーマンスの間をプロスケートボーダーの西矢椛が滑り抜けていく。笛の音も加わり、最高潮へ。さまざまな身体の動きを“祭り”として組み立てた。スマホをいろいろな方向に向けるだけで、まるでその祭りの輪の中にいるかのような体験ができる。
配信当日の公開記念リレー式カンファレンスでは、川田を司会にプロジェクト参加者らが制作過程や感想を語った。最終セッションには世界最大級のバーチャルイベント「バーチャルマーケット」を主催するHIKKYの舟越靖CEOが登場。「メタバースと現実の交差点としてのVR/AR」について、熱い議論を交わした。これをきっかけに新たなARとVRの融合プロジェクトが始動しそうだ。トークセッションのハイライトを紹介する。
川田十夢 (以下、川田):ARやVRを長くやっている人の中で、舟越さんの活動は、次の一手を実例をもって積み上げていて、芯を突いていると見ています。注目だけでなく、資金も集めていて素晴らしいです。
舟越靖HIKKY CEO(以下、舟越):ありがとうございます。僕はクリエイターの活動の価値を上げるということがライフワークで、目下はVR空間内のクリエイターの力を社会に認めてもらえるように活動しています。彼らのクリエイティビティーを生かしながら、ビジネスと組み合わせて、その価値を高めたいです。
川田:今日は2つ聞きたいことがあるのですが、今回、いろんなフォルムを、動きも含めてデータ化しました。このデータに対する需要はあるのでしょうか?
舟越:今後メタバース企業がどんどん出てくる中で、プラットフォームも乱立します。そうすると今度はコンテンツが必要になります。例えば有名キャラクターのアバターがあるとしても、そこにいろんなモーション(データ)が必要になってきます。モーション自体を買う文化はすでにゲームにはありますが、VRのSNSでは今のところその文化があまりないですね。プラットフォームベースで売れられたり、買わないと面白く遊べないようなムーブが起これば、ゲーム業界以外でも需要が出てくるんじゃないかと思います。
川田:そのムーブを仕掛けるのが大事なんですかね?
舟越:こちら側で仕掛けるというよりは、海外だったらインフルエンサーが広めることがよくありますね。日本はどちらかというと皆がじりじり使って広まっていく感じで、一気に広がることははなかなかないです。海外でいきなり売れるようになることはあるかもしれないです。
川田:今回、われわれは加勢鳥という山形県上山市の民俗行事に登場する八百万の神のデータを取ったんです。データをよく見ると、ワラのミノの三角の穴から中にいる人の目まで見えるというレアなものなのですが、このデータ、1000万円くらいで売れないですかね?
舟越:1000万円(笑)は分からないですけれど、小売りができたらいいですよね。いろんなプラットフォームが買い付けに来るかもしれないし、売り上げに応じた課金方式というのもありですし、そういう動きは出てくると思います。
川田:こういう民族的なものってまだそんなにデジタルデータになっていないと思っていて、シリーズ化を考えています。皆がミノを被って、VR上で「カッカッカー」と練り歩いたら面白いと思うんです。
舟越:何がウケるかは、ジャンルにもよると思いますが、自分ではやらないような動きをモーションとして販売していたら買うと思います。無料配布もあるでしょうし。流行ってくれば、LINEのスタンプみたいに、「とりあえず買う」という流れにはなりそうです。
虚と実をつなぐ接点としてのAR
川田:そういうのが企画的に必要ですね。もう1つお話ししたいのが、虚と実の間にある、例えば渋谷の街がバーチャルになったりしていますが、現実との接点が欲しいですよね。その時にARを媒介にして虚と実の交差点みたいなものを街々で作っていけば、新しいコミュニケーションが生まれるんじゃないかと思うんですけれど、どうですか?
舟越:それはめちゃめちゃ生まれます!以前十夢さんがツイッターに上げているのを見たのですが、公衆電話に置いてある箱にスマホをかざすとブロックみたいなものがARで現れて、そこにコインが隠されている、というものでした。普通に街を歩いて、その場所が価値化することはあまりないですが、何かを起点にARを使って、何かを呼び出す。呼び出すんですけれど、十夢さんがやっているのは、ただ呼び出すというよりは、そこに価値を作っているんですよね。隠しブロックを見つけたらポイントがもらえるということになったら、何もない道が宝物が潜む場所になるじゃないですか。僕に売らせてもらったら、すぐに大きな売り上げを作れる自信があります(笑)。
僕らバーチャル側から見ていると、ARって、VRで無限に広がる世界を現実側から覗き見る装置として捉えています。そして、リアルにいながらスマホでバーチャルにアクセスできるものをやると、そこにコミュニケーションが生まれます。まさに僕らはそういうことをやろうとしているのですが、イケてる演出や発想は十夢さんのようなクリエイターしかできないし、そういうアイデアや発想がないとすごくダサい感じになっちゃうんですよね。
川田:そうなんですよね。本当に虚と実ののぞき穴なのかもしれないし、1カ所でもつながっているところがあるだけで変わってきますよね。
舟越:本当にそうです。あと、交差点という意味だと、僕らはJR東日本と業務提携していて、鉄道をVR化しています。VR上の移動に駅も電車もいらないと考えるかもしれませんが、VR化することで、いっぱい発見があるんです。例えば、階段の段差の隙間を広告にして、下から見るとカッコいいみたいなアイデアをVRで実現したら、「これ、スゴイ!やろうよ」とリアルでも実施する動きになったりしています。面白い発想を、VR上ならやってみることができますよね。
川田:まさに「VRから出たまこと」ですね。
舟越:うまいですね!それで、リアルな秋葉原に行って、何かを体験すると、バーチャル空間の普段行っていないところが開いたり、バーチャル空間での行動によってクーポンがもらえて、秋葉原のカレー屋で値引してもらえたりとか。ゲームの要素と近いかもしれないですが、そういう行動が価値化する感じを作り出したいです。その接点をつけるのはARで、例えばバーチャルの街で地蔵があった場所と同じリアルな場所で「そういえばここに地蔵があった」と思って、スマホをかざすとARの地蔵があって、現実にはそこに何もないのに観光スポットになるみたいなことが起こせるんですよね。
川田:いいですね。そういうことが実際に巻き起こっているんですね。
舟越:僕らはやり始めています。ARの開発は専門ではないですが、今、作れる環境は整ってきています。でも、大事なのが企画性なんです。今回の十夢さんの作品とか、やっぱり普通じゃできないんです。これまで培ってきた経験もあると思いますが、センスなんですよ。そういう企画性がないと面白くなくて、「(ARもVRも)2度とやらない」になってしまう。この面白さや企画性が一般的な大企業がやると抜けてしまいがちなので、僕らが発想のイケている人たちと一緒にやりたいんです。
川田:そういう虚と実の行き来の時にARをやればいいのですが、VRとARって同じRなのにあまり界隈が会話してないんですよね。
舟越:そう。僕はそれをゆゆしき事態だと思っていて。どっちもCG使うし、ある意味同じような物じゃないですか。それを全くの別物として考えて、「ARはやるけれどVRはやらない」みたいなことっておかしいですよ。そこを市場として分けようとする感じが腹が立って仕方ないです。
川田:周りが無理に比べようとして僕たちの仲を引き裂こうとしていますよね。
舟越:そうそう。むしろ接点しかないくらいですよ。
川田:会話をしていきましょう。テクノロジーは近しいところがありますし、一緒にやることでしか開かない扉がありますね。
舟越:そう、それがさっき言ったようにARを使ってどう体験させていくかというところで、「これ、面白い!」ということをどう実現するか。それが腕の見せ所です。まずはメチャクチャ面白いことをARとVRでやりましょう!
川田:やりましょう!