ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。日本のアパレル市場の前にはコロナばかりでなく、少子高齢化という避けられない現実が立ちはだかる。この中で生き残っていくには何が必要なのか。こんなときこそ原理原則に基づいて考えてみよう。
コロナ禍が長引いて売り上げの回復が遅れるアパレル事業をどうしたら浮上させられるか。テクニカルにはいくつも手があるが、効果と弊害が一長一短でどれも決定打にならないまま、世界から押し寄せるコストインフレに圧されて出口が見えなくなっている事業者が少なくないと思われる。マーチャンダイジングやマーケティングのスキルを駆使しても思うように数字が上がらないときは、顧客との根本的な関係やサプライシステムの根幹から見直す必要があるかもしれない。
売り上げの分母を決めるのは顧客の間口
店舗販売にせよネット販売にせよ、売り上げは客単価×客数、客単価は商品単価×買上点数、客数は顧客の間口×占拠率×購買頻度という図式になるのだろうが、CPO(新規顧客獲得費用)とかLTV(顧客生涯価値)とか煙に巻くようなデジタルマーケティングの論理はさておいて、直感的なアナログマーケティングで考えてみよう。
客数は顧客の間口×占拠率×購買頻度だから、この各々が増えれば客数は増加する。「顧客の間口」とは世代や性別、品揃えと価格帯を基本に感性も加わった顧客のパイ(母数)で、ここから商品のバリューや購入利便、親しみや共感などでブランドが選択され「占拠率」(特定ブランドの取り分)が決まる。
少子高齢化が急進するわが国では50代を除いて現役世代人口の拡大は望めず、とりわけ若年層の人口と消費力の減退は著しいものがあるが、かといって世代や感性の間口を無節操に広げてはコア顧客の離脱を招く恐れがある。顧客のパイ(母数)を不用意に広げればコア顧客層がライバルブランドに流れて占拠率が低下し、流動客が増えてもコア顧客の減少を補えずかえって売り上げが減少することもあるからだ。間口の拡大はコア顧客が流失しない方向と手法で慎重に仕組む必要がある。
「顧客の間口」を広げる確実な方法はデフレ政策かラインロビング(カテゴリーの拡充)だが、世界的なインフレと円の購買力低下が進む現局面ではデフレ政策は普通に考えれば困難だし、ラインロビングには長い時間と投資が必要で即効性は期待できない。
デフレ政策かインフレ政策か
少子高齢化と経済の停滞による貧困化でデフレを脱却できないわが国では、何らかの方法で間口を広げない限り、年々売り上げは減っていく。デフレからインフレに転じても、買えなくなった顧客が離れたり購入頻度が落ちるから売り上げの減少は止まらない。長らく中産階級から脱落する「大衆」を受け止めるポジションにあった「ユニクロ」などは漁夫の利を得てきたが、もはや「大衆」は「ユニクロ(UNIQLO)」を通り過ぎて「ワークマン(WORKMAN)」や「シーイン(SHEIN)」など、その下に雪崩打っている。「大衆」の手が届かなくなった「ユニクロ」が値上げなどすれば客数の激減は避けられないだろう。
世界的なインフレと円の購買力低下が進む現局面ではデフレ政策は不可能に見えるが、遠隔地での見込み生産で積み上げた在庫を売り減らす固定観念を捨て、DX(デジタルトランスフォーメーション)を駆使した多頻度小ロット生産のオンデマンドサプライや生産地からの消費者直送D2Cなど次元を画したビジネスモデルを確立すれば、まだまだ価格は下げられる。「ワークマンプラス」の成功はもちろん、「シーイン」が日本語サイト開設からわずか1年で1000億円以上のマーケットを獲得した事実を見過ごしてはなるまい。
「ユニクロ」以下の「大衆」市場ではデフレ政策の有効性は疑う余地もないが、ベタープライス以上の「富裕層」市場では逆にインフレ政策が効果的だ。ラグジュアリーブランドに見るまでもなく、年々、価格がインフレしていくなら手頃なうちに購入したいという心理が働き、単価と客数が共に伸びるからだ。それには絶え間ざる開発・生産投資による品質の高度化に加え、ブランドワイン・スピリットや高級ブランド時計のように持ち越してより高く売るエイジング商法が不可欠だが、豊富な資金力で異次元のCCC(Cash Conversion Cycle)感覚を備える必要がある。
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