伏見京子は、1988年に「anan」(マガジンハウス)でスタイリストとしてデビューして以来、広告や雑誌、アーティストなどのスタイリングを担当し、キャリアを積んできた。2014年には、ファッションパフォーマンス集団“ハプニング(The HAPPENING)”を結成し、原宿や銀座駅でのゲリラファッションショーなど、既存のシステムに捉われない活動を行い、ファッション以外のシーンからも注目を浴びた。
そんな彼女が昨年、古着を使ったアップサイクルブランド「サイクリング(CYCLEING)」を立ち上げた。自ら問屋に向かい古着を買い付け、独自のセンスで新たな命を吹き込んでいる。代々木上原のセレクトショップ、ブレスバイデルタ(breath by delta)でポップアップを開催するなど、活動の幅を着実に広げている。そんな彼女に、ブランド立ち上げの経緯や、サステナビリティに関するこれまでの活動などを聞いた。
「循環可能性に『心地よさ』は必要不可欠」
20年前と変わらない姿勢
徳永啓太(以下、徳永):「サイクリング」を始めたきっかけは?
伏見京子(以下、伏見):とある仕事で古着を使ったスタイリングをイメージし、デザイン画を描き起こしたのですが、結局それが頓挫してしまって。せっかく描いたんだし、形にしたいと思って、知り合いのデザイナーから古着問屋のナカノさんを紹介してもらい、そこで仕入れた古着を使って具現化しました。それを“ハプニング”の展示会で発表したんです。
徳永:それが始まりだったのですね。「サイクリング」というブランド名からも既存のファッションサイクルや環境への問題提起をしているように感じますが、ずっと関心はあったのでしょうか?
伏見:はい。私は過去にエコとファッションを軸にした「エルピーマガジン(ELPEE magazine)」という本を1999年と2000年に出版しています。当時は、化学繊維を使って大量生産した服が世間に浸透し始めると同時に、膨大な服が消費され、環境にも負荷がかかることが問題視され始めたタイミングでした。“エコロジー”や“リサイクル”という考えがはやり始めたのも同じ頃だと思います。現代の“SDGs”や“サステナビリティ”のうたわれ方とも通じるところがありますよね。20年前から環境問題への問題提起はあって、今に始まったことではないんです。
徳永:「エルピーマガジン」ではどのようなメッセージを掲げていたのでしょうか?
伏見:一つは、エネルギーは石油由来だけじゃなく代替え可能ということ。環境に負荷をかけない素材を開発すれば、新しい産業や雇用が生まれ、世界が良い方向に進むんじゃないかという考えです。当時は「水素自動車は不可能だ」って言われていたけど、今はたくさん走っていますし、これは実現されつつありますね。もう一つは、“ユニバーサルデザイン”。障がいのある方にとっても、私たちにとっても、良いデザインとは何かを考えるもので、かつては建築や食器などのプロダクトにしか反映されておらず、ファッションには浸透していなかったから、服にも大事だよと伝えたかったんです。
徳永:たしかに2000年代は、障がいのある人が利用しやすい“バリアフリーデザイン”から、年齢や性別などを超えて、誰でも使いやすい“ユニバーサルデザイン”へと考えがシフトした時代でした。ファッションスタイリストである伏見さんが、このような福祉の分野にも興味を持ったのはなぜですか?
伏見:スタイリストはものを選んで届けることが仕事。私は、衣服に限らず、空間や生活においても“心地いいもの”を届けたいんです。ユニバーサルデザインに興味を持ったのもそれがきっかけです。
徳永:「エルピーマガジン」から年月を経て、「サイクリング」というブランドとして改めてエコに向き合ったわけですが、考え方に変化はありましたか?
伏見:「エルピーマガジン」では、環境に負荷をかけるシステム自体に警鐘を鳴らしたけど、結局、大きな企業が動かないと個人では何も変えられないと痛感しました。「サイクリング」でサステナビリティに改めて向き合うと、「当時と何も変わってないなぁ」という印象を持ちました。大量の服が捨てられていますし。でも、2000年代当時は、エコに積極的なヒッピーでさえ麻以外を着なかったり、農業から始めないと本物じゃないと言われたりと、視野が狭く、サステナビリティにアプローチする選択肢も少なかった。でも今は、リサイクルや再生繊維、オーガニック素材など、取り入れる手法が多様化している。その結果、サステナブルでありながら美しく、モダンなアウトプットが増えていると思います。それがいい変化ですね。
サステナビリティと服飾芸術
徳永:”サステナビリティをモダンに”というのは、最近の特徴かもしれませんね。古着をデザインの強い服に昇華する「サイクリング」にも通ずるものがあります。
伏見:私が独立した頃は、”服飾芸術”という言葉があって、「服が芸術性を帯びたアート作品である」という考えがありました。ジョン・ガリアーノ(John Galliano)の「ディオール(DIOR)」、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)の「ジバンシィ(GIVENCHY)」、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)、フセイン・チャラヤン(Hussein Chalayan)ら、彼らが活躍していた時代はとてもきらびやかで、今よりも服が重視されていました。そんな時代を作った数々のデザイナーとブランドから影響を受けた私も、作品を美しくすることはクリエイターの責任だと思っています。だから「サイクリング」でも、きれいな仕立てのテーラードスタイルとスポーティーなアイテムをドッキングさせているんです。
徳永:ポップアップでは持参アイテムをベースにした、カスタムオーダーにも対応していましたね。
伏見:祖父からもらった捨てられない服や、最近着ていないけど愛着のある服など、いろいろな背景のあるアイテムを組み合わせて特別な一着にする瞬間は、とても幸せでした。お客さまの服への愛も実感できたし、作っている私も心地がよかったです。私は、ファッションで一番重要なのは“心地よさ”だと思っています。環境に負荷をかけないサイクルや、障がいの有無に限らず使いやすいユニバーサルデザイン、服を大事にするお客さまと対話して特別な一着を作る時間、そして美しくモダンな服を着る高揚感。どの要素も心地よく、関わる全ての人が幸せになるーーそれがサステナビリティの理想ですね。
取材では、ナカノの秦野工場のご厚意により仕事場を見学。神奈川県の家庭から手放された衣類を市役所が回収し、ナカノが資源有価物として買い取り、「国内販売できる古着」「再生繊維できるもの」「中古衣料として輸出できるもの」の大きく3つに仕分けしていた。取材日にはトラック1台分の服が運ばれ、倉庫には約100kgの服を圧縮してビニール袋に梱包したものが天井まで敷き詰められていた。
ポップアップにはファッション感度の高い若者や服飾学生が来場し、それぞれが大量に服が捨てられている現状と向き合っていた。この時間を創出できることこそ、このポップアップ最大の価値ではないだろうか。2週間の期間でほとんどのアイテムが売り切れており、ビジネスとして成立させている点も「サイクリング」のすごさだ。古着を美しく、モダンに提案する伏見さんの姿勢がなければこうはならないだろう。
日本国内で年間約130万トンの衣類が家庭から手放され、国内で循環される古着はたった4%だという。それでも、現状を変えようと、本気で取り組む人と企業がいる。再利用できるように仕分けする古着問屋ナカノ、少しでも解決するために挑戦する伏見氏のクリエイション、この挑戦を一般の方に伝えるスペース「ブリース バイ デルタ」。それぞれの思いを肌で感じ、ファッションの側面からサステナブルな社会を実現できるのでは?と思わされた。