映画やドラマなどのエンタメを通して、ファッションやビューティ、社会問題などを読み解く連載企画「エンタメで読み解くトレンドナビ」。LA在住の映画ジャーナリストである猿渡由紀が、話題作にまつわる裏話や作品に込められたメッセージを独自の視点で深掘りしていく。
第2回は、人気ドラマシリーズ「セックス・アンド・ザ・シティ(SEX AND THE CITY以下、SATC)」のリブート版「アンド・ジャスト・ライク・ザット(And Just Like That)」で描かれていた、主人公たちの価値観の“ズレ”について。
アメリカよりやや遅れて開始した「アンド・ジャスト・ライク・ザット」が、日本でも第1シリーズの配信を終えた。今作は動画配信サービス「HBO Max」の浅い歴史の中で、オリジナルシリーズとしては最高のアクセス数をたたき出しており、正式に制作発表した第2シーズンでもアクセス数が伸びるのは間違いない。
ただ、そうなったとしても、キム・キャトラル(Kim Cattrall)演じるサマンサの復帰はないと、クリエーターのマイケル・パトリック・キング(Michael Patrick King)と、主演兼プロデューサーのサラ・ジェシカ・パーカー(Sarah Jessica Parker)は明言している。第1シーズンの最後で、キャリーとサマンサがこじれていた仲を修復したが、リアルライフでこの二人が険悪である事実が世界中に知られてしまった以上、カメラの前で親友のふりをするのはいくらなんでも白々しすぎるだろう。それに、キングとパーカーは、作られるはずだった映画3作目が、キャトラルがゴネたせいで撮影開始直前になって中止になったことへの恨みを忘れられないようだ。
キャストの死と性的暴行疑惑
4人の主要キャラクターの中で一番楽しいキャラクターだったサマンサがいないというハンデを最初から背負っていた同作は、その後にも思いがけないネガティブな出来事に直面することになった。ひとつはスタンフォード役のウィリー・ガーソン(Willie Garson)が撮影中に突然亡くなったこと。製作側は、スタンフォードを急きょ話から外さないといけなくなり、かなりの無理が生じることになってしまった。だがもっと大変だったのは、配信が始まってすぐ、ミスター・ビッグ役のクリス・ノース(Chris Noth)の過去の性暴力が「ハリウッド・リポーター(The Hollywood Reporter)」によって暴露されたことだ。
「ハリウッド・リポーター」は、同作の配信開始のタイミングを待ってこの衝撃のニュースを報道したのだろうが、実際、インパクトは大きかった。この事実は、ファンの気持ちに明らかに影響を与えたのである。第1話の最後でミスター・ビッグが死にかけているのをキャリーがただ見ていたことについて「どうして救急車を呼ばないの」と怒っていたファンも、「今となってはあれでよかった」とビッグへの同情をすっかりなくした。「女性たちを支える」という短い声明を発表したパーカーら主要キャスト3人に対しても、「それでは不十分」「本当に前から知らなかったのか」などといった声が聞かれている。
だが、それらは作品の外で起きたことを抜きにしても、同作にはいろいろ不満な点があった。「正しいこと」をやろうと必死なのが見え見えで、いろいろ不自然になってしまったのだ。
露骨すぎる「多様性」の押し売り
1998年に放映開始したオリジナル版「SATC」は、時代が変わり、映画やテレビにおいても多様化が重視されていく中で、「人種のるつぼのニューヨークなのに出てくるのは白人ばかり」と批判されるようになった。それを知っているだけに、新たに続編を作る上で有色人種の重要なキャラクターを入れることは、製作陣にとって必須事項だった。それで同作は、キャリー、ミランダ、シャーロット全員に、それぞれ有色人種の新たな友だちを作っている。55歳になるまで白人の友だちしかいなかった3人だが、この歳にして急に目覚めたというわけだ。まあ、それはいい。問題は、ミランダとシャーロットが、黒人に対してどうしゃべればいいのか分からず、ピリピリしたり、前もって何を言うべきなのか夫に指示したり、間違ったことを言ったりするところだ。アメリカの、特にリベラルなニューヨークやカリフォルニアに住んでいる人たちは、そういうことを、長年の間に次第に学んできている。なのに、ミランダとシャーロットは、そこをすっ飛ばして、映画2作目からタイムトリップしてきたようなのである。
ほかにも、ミランダが急に同性に熱烈な恋をして、ファンが愛する夫スティーブをあっさり捨てたり、シャーロットの娘がトランスジェンダーだと分かってそういう子供にどう接するのかを教育されたりするシーンがある。さらに、ミランダのアルコール依存症。これは、ファンがかなり抵抗を持った部分だ。ミランダがこうなるなんて想像できないと、多くのファンはソーシャルメディアでつぶやいている。
そしてミランダが自分で依存症を認めた後、3人は、集まるときにノンアルコールのドリンクしか飲まなくなる。これもまた、「正しいこと」だ。「007」のマティーニや「SATC」のコスモポリタンなど、映画やテレビがお酒をセクシーなものとして扱うことへの批判は少し前から聞かれてきた。
だが「SATC」の魅力は、そういうファンタジーの要素もあったのだ。仕事をしているのにいつも集まる時間があり、食べたいものを食べて飲みたいだけ飲んでも太らず、毎回違う服を着るお金がある。それは見ている女性たちにも「ならば私もちょっとくらいいいよね」というポジティブな気持ちを与えてくれた。今もこの3人はおしゃれな服装をしているが、それ以外はすっかり窮屈になってしまった。
もちろん、55歳は30代ではない。この年齢には深刻な問題がいろいろ出てくる。それはリアルであり、同作でも触れなくてはいけない。その上に、製作陣には多様化へのプレッシャーがある。オリジナルの精神と魅力を失わずして、両者のバランスを取っていくのは難しいだろう。この第1シーズンは試行錯誤の結果、こうなったと思われる。それは必ずしも成功とはならなかったものの、この教訓を活かし、彼らが第2シーズンにどう挑むのかが注目される。