REPORT
映画「ケレル」。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが監督し、ジャンヌ・モローが出演した映画が、30年の時を経て蘇る――。「プラダ(PRADA)」の2016-17年秋冬メンズを見て、そんな風に考えた。
「ケレル」のあらましは、およそ、こんなだ。とある港町の娼館の主ノノは、妻がいながらも、賭けで負かした男性の体を貪る男色家。そんな彼はあるとき、遠い昔に離別した弟ケレルと出会い、彼とも関係を持ってしまう。これをきっかけに、ケレルは男性に目覚め、ある時は激しく愛し合う一方で、ある時は男性にひどい仕打ちを。男性と女性、愛と憎しみに揺れる水兵の物語だ。「プラダ」の秋冬コレクションは、まさにこの、ケレルの生涯のようだった。
ファーストルックからしばらく続くのは、大きな襟のピーコートと、外に出したセーラーカラーのシャツが特徴のマリンスタイル。シャツには実に異様なイラスト、たとえば星空の下でキスする男女や、人種や性別を超えて争う男女の姿などが写実的に描かれている。そんなマリンスタイルは、中盤に入ると肉厚のウールから洗いをかけたコットンやヴィンテージ加工のレザーに代わり、ワークの様相を帯びてくる。その変容はまるで、水兵のケレルが寄港し、労働者が住む港町で陸上暮らし始めたことを思わせた。コットンコートのモデルの手には、軍手のような手袋。ケレルが陸上での生活を始めたかのように、スタイルはマリンからワーク、さらにはトラッドへと移行し、マリンのムードはボア付きのつけ襟やフードなどにとどまっていく。
そして終盤、スタイルは徐々に崩れ、脱構築。これは、男女の狭間で揺れ動くケレルの心理、もしくは、愛し合う一方で格闘に近いくらい罵りあってしまうケレルの不安定な人間関係や愛し方を表しているようだ。左右さえ対象とは限らないスタイルは、ある部分を留め、ある部分を開放して生み出したもの。たとえばシャツはノーカラーの本体に、つけ襟などのパーツをプラスしていくもので、モデルのつけ襟は一カ所でしか留まっていないから、非常にだらしない。しかしそれは、ビッグボリュームのシャツの1つの着方を表しているにすぎず、スタイルは着る人の解釈にゆだねている。ミウッチャは、格闘してボロボロになったケレルの洋服を、着る人に解釈の余地を残すスポンテニアス(自発的な)スタイルと解釈したようだ。
今回も同時に発表したウィメンズのプレ・コレクションは、序盤のボトムスはニットタイツだけで実に卑猥。一方で後半にはメンズモデルと同じスタイルをシェアし、ノージェンダー。これもまた、娼館で兄に出会い、彼と関係を持ってしまったがために男性と女性の間で揺れ動いたケレルの生涯を描いているような気がしてならない。
背景などを一切考えずに洋服の話をすれば、今シーズンはジャケットとアウターが豊作だ。ジャケットはレトロなチェック模様を中心に、体をなぞるジャストフィット。一部にはダーツを加えノーブルに仕上げ、一部にはニットのエルボーパッチをプラスしてワークのムードを加えた。