ファッション

ロンドンのデザイナーたちは今、何を思う? 22-23年秋冬で見えた2つのキーワード

 2022-23年秋冬シーズンのロンドン・ファッション・ウィーク(London Fashion Week以下、LFW)は、ほぼ全てのブランドがリアルのショーを開催し、座席はソーシャルディスタンスがなく、ナイトクラブでのアフターパーティーも復活した。“全ての人に開かれたLFW”に向けて英国ファッション協会は、政府と企業と協力。一般人も参加可能なワークショップや、無料での飲食店利用、ヘアサロンでのスタイリングサービスなど、400以上のイベントを街中で開催した。引き続きアジア勢の参加はなかったものの、欧州とアメリカ、中東からの業界関係者が多く、街中にも観光客が戻っているようだった。

 今季のLFWから見えたものは、“ノスタルジック”と“1920〜30年代”という2つのキーワードだ。幼少期や学生時代といった誰もが胸の奥にしまっている思い出を共有し、懐かしさに浸りながら心を一つにするような”ノスタルジック”なアプローチである。また、第一次世界大戦後の20年代と、パンデミックが終息へと向かう現代のムードに共通項を見出すデザイナーも多かった。時代の空気を嗅ぎ分け、それぞれの手法でコレクションへと落とし込んだブランドのコレクションをダイジュストでリポートする。

強い「アーデム」に進化

 アーデム・モラリオグル(Erdem Moralioglu)の「アーデム(ERDEM)」は、30年代に活躍した写真家マダム・ドーラ(Madame d´Ora)が今季のミューズだ。彼女自身のスタイルと、キャバレーで撮影した彼女の友人らのドレスアップした姿に想像を掻き立てられたという。モラリオグルは、「ドイツでは1919年に女性に選挙権が与えられ、ベルリンにレズビアンバーが次々に開いたのだ」と時代背景を説明した。「2つの世界大戦のちょうど中間にあたるこの時代、男性は女装を楽しみ、人々が性を解放した。フェミニティとマスキュリニティの対極的な関係を融合させるというアイデアが気に入ったんだ」と続けた。

 昨年メンズラインをスタートした「アーデム」は、今季がフルアイテムがそろう本格的なスタートだと言い、グランドピアノが生演奏を奏でる演出の中、男女のモデルをランウエイに登場させた。男性性を感じさせるダブルレストの黒のコートには、同色で花柄の刺しゅうを施し、シャツのボタンを上まで閉めたスーツのルックや、シルクのシャツドレスには刺しゅうとビーズで装飾をし、男女で共有させた。シグネチャーであるロマンティックな花柄は、ほつれた生地や細かなプリーツで描き、陰影によってぼやけたムードが儚さを与える。終盤は、総スパンコールや繊細なレースのイブニングドレスが登場し、暗がりの会場内で妖艶な魅力を放っていた。これら女性性の強いルックは、レザーブーツや厚底のローファーでたくましさを付け加えた。

 持ち前のカラフルな花柄は控えめだった。代わりに手刺しゅうやフリンジ、ビーズといったバラエティに富む装飾で華やかさを持たせながら、暗黒時代の憂鬱なムードを表現した。ナイトライフが再開する未来への期待と、予測不可能で不安定な未来を憂う、現在の私たちの心の内を映し出しているようだ。メンズを始めたことが影響してか、可憐さよりも力強さが際立っており、「アーデム」の新たな魅力が感じられた。

華麗なる「リクソー」の世界

 レトロなドレスを主力商品とする「リクソー(RIXO)」は、1920〜30年代のハリウッド映画から着想を得て、パーティ向けの華やかなドレスで彩った。この時代の女性のスタイルを象徴する、ストレートラインの身頃の膝下丈のドレスが基盤となる。フリルやスリップの入った裾が、踊る体に合わせてリズミカルに揺れ、自由奔放で快活な若々しさがあった。手書きの花柄のプリントの他、ビーズとスパンコールの装飾でドレスが輝き、「アーデム」でも登場した全面スパンコールのヘッドピースでグラマラスなスタイルへと昇華させた。

 プレゼンテーションは、1835年に設立されたゴールドスミスホールが会場だ。金の装飾と大きなシャンデリアで飾られた、豪華なビクトリア様式の会場内にはシャンパンタワーが用意され、生演奏が鳴り響き、富裕層が集まる社交界のような雰囲気。映画「グレート・ギャツビー」さながらの華麗な演出で、来場者はシャンパンを片手に大いに楽しんでいる様子だった。

挑発する「モリー ゴダード」

 パンデミックの影響と、妊娠・出産のためにリアルのショーを2年間開催していなかった「モリー ゴダード(MOLLY GODDARD)」。母となって初めて行うショーの会場にレジャーセンターを選び、小高いステージ状のランウエイを用意した。88年にロンドン西部で生まれたゴダードは、パンクの聖地カムデンタウンやイギリス最大規模の蚤の市ポートベロー・マーケットといった豊かな文化が根付く地元からインスピレーションを得たという。

 どこか懐かしくほっこりとした印象を与えるニットのアンサンブルや、部分的にスパンコールを施したアーガイルのニットセーターは、お尻を覆い隠すゆったりとした量感。フリルをふんだんに使ったスカートを合わせて、ローウエストの新しいシルエットを打ち出した。学生服を思わせるブレザーとプリーツスカート、分厚いソックス、80年代風のレギンスやポインテッドトーのパンプスと、ノスタルジックな要素が盛りだくさん。加えて、パンキッシュなスパイスをもたらしたのは、チャンキーな厚底のボクシングブーツと、ちょんまげ風ヘアにキャットアイのメイクアップだ。終盤に登場したチュールのボリュームたっぷりのドレスも、“かわいい”の枠に収まりきらない挑発的な姿勢を宿していた。

「ヴィヴィアン ウエストウッド」のスピリット

 デジタルで発表した「ヴィヴィアン ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」は、現地でプレス向けにプレビューを開催。テーマは”Wild Beauty”で、本能に掻き立てられて自由を求めるブランドらしいパンキッシュなスタイルを表現していた。16世紀の絵画作品「カーニバルとレントの戦い」のプリントや、ヴィヴィアンの手描きによる魔よけのシンボルである邪眼モチーフ、幾何学模様など豊富な柄が登場する中、ひときわインパクトを放っていたのがタイガープリント。今年の干支である寅は、中国で強さ、勇気、悪を払う象徴であり、世界が再起動し始めている今だからこそ、着る人にエネルギッシュなパワーを与える力がある。オリジナルのタイガープリントは、2001年秋冬コレクションから引用したもので、シャツやジャケット、ドレスに描いた。

 胸元に校章の刺しゅうが入ったブレザーの学生服は、ミニスカートと合わせて、90年代後半の女子高生を彷彿とさせる懐かしいスタイル。また、イギリスの幼稚園で園児が毎年描くポートレートの寄せ書きのプリントは、イギリス人なら誰もが幼少期を思い出すノスタルジックなものだという。学生服のほかにも、ラペルを誇張した金ボタン付きのロング丈コートなど、クラシックなルックも多く見られた。ステイホームが終えんを迎え、フォーマルな行事で賑わう未来を予期させるコレクションだった。

ホラー風味の「シモーネ ロシャ」

 昨年出産したシモーネ・ロシャ(Simone Rocha)は、二児を抱える母親としての新たなライフスタイルが、クリエイションにも影響を与えたようだ。生まれ故郷であるアイルランドから着想を得る彼女は今季、「アイルランドの誰もが知っているとても古い寓話」という“リールの子供たち(Chlredn of Lir)”をコレクションで描いた。嫉妬深い継母によって、白鳥の姿に変えられた4人の男女の子供が主人公の寓話で、湖で900年間生きた後に人間の姿に戻って命が絶えるという物語である。

 まるでホラーのような寓話を反映させたショーは、パフスリーブの真っ黒のルックで始まった。レザーのライダースジャケットにナイロンのフリルとリボンをドッギングし、チュールを使った可憐なドレスにカーゴパンツを合わせ、ハイブリッドの手法やミスマッチな組み合わせで子供から白鳥へと変わる過程を表現した。中盤のシアー素材のネグリジェ風ドレスや、チュールとレースで愛らしいルックは、白鳥として湖で生きる子供たちへと物語が続いていく。時折差し込んだ重厚なベルベットの生地と、喪服のような漆黒のドレスにパールの装飾とジュエリーで飾ったルックは、寓話のダークな側面を映し出した。ナイロンやパテントレザー、ベルベットの艶は「白鳥の羽の質感や濡れたくちばしだ」とロシャは説明した。真っ白のキルトの羽織りや、チュールとレースのドレスに施したアイキャッチーな赤色の装飾は、「血の滴」だという。

 ランウエイを歩くモデルにスポットライトを当てて、ホラー映画風の不気味な音楽が暗闇の教会の内に響き渡った。子供に読み聞かせるには悲惨な結末だが、現実は時として無情にも残酷であるという教訓が込められており、メルヘンな「シモーネ ロシャ」の世界観との対比が際立った。ショーの演出と背景のストーリーには興味をそそられたが、コレクションとしては過去数シーズン大きな飛躍は見られない。とはいえ、ブランドを愛するコミュニティが安定を求めているのだとしたら、その人たちを満足させられる内容だったと言えるだろう。

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