毎年、アメリカのヒップホップファンたちが発表を待ち望んでいる「XXL・マガジン(XXL Magazine)」の企画“XXL・フレッシュマン・クラス(XXL Freshman Class)”をご存知だろうか。同企画は、アップカミングな若手ラッパー約10人を紹介する企画で、これまでケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)やマック・ミラー(Mac Miller)、トラヴィス・スコット(Travis Scott)らが選出されてきた“新人の登竜門”である。その2021年版に選ばれたのが“エモラップ界のニューヒーロー”と称されるイアン・ディオール(Iann Dior)だ。
エモラップとは、感傷的なリリックとロックのエッセンスを取り入れたジャンルである。故XXXテンタシオン(XXXTentacion)や故リル・ピープ(Lil Peep)らの影響で10年代後半から市場が拡大した。イアンは、高校生の頃に自主制作した楽曲が口コミで広まると、19年に若干20歳で「サウンドクラウド(SoundCloud)」で発表した「Cutthroat」が1300万再生以上を記録。さらに20年、旧友24k・ゴールデン(24kGoldn)とのコラボ楽曲「Mood」が「ビルボード(Billboard)」史に残るヒットソングとなり、21年には「フォーブス(FORBES)」の 「30アンダー30(30 UNDER 30、フォーブスが選ぶ30歳未満の30人)」にも名を連ねた。わずか数年で時の人となったイアン・ディオールとは、一体どんな人物なのか。あどけなさの残る23歳の彼にオンラインインタビューを実施し、ラッパーになった経緯や新作アルバムについて、大好きだというアニメやファッションなどの日本のカルチャーについても語ってもらった。
——プエルトリコで生まれテキサスで育ったそうですが、どのような環境でしたか?また、振り返ってどんな子どもでしたか?
イアン・ディオール:いつもヘッドフォンをしてフードを被って、あまり人と話さないような子どもだったね。でも結構早い頃からユーチューバーみたいなことをしていて、高校ではいつもカメラを手に持って歩いていたんだ。最初は周りから変なやつだって思われたけど、動画を投稿するようになってからは好評だったよ。
——ラップをするようになったきっかけは?友人から楽曲を作ってほしいと頼まれたことが原因と耳にしたことがあります。
イアン:16~17歳くらいの頃だったと思うけど、曲を作ってほしいと頼まれたんじゃなくて、友人のRJ・ボーイ(RJ BOY)に「レコーディングをやらないか」って声を掛けられたんだ。ちょうどビートのない状態でノートに書き留めていた「Where You At」という楽曲があったから、チャレンジしてみることにした。彼は自分の部屋をスタジオ仕様にしていたんだけど、レコーディングの直前にバスルームに駆け込んだことをよく覚えているよ(笑)。実はビートを用意していなくて、急いで曲に合うビートをユーチューブで探したんだ。偶然いいビートが見つかったからメロディも少し変えて、彼の部屋に戻ってレコーディングをした。これがきっかけで楽曲制作が好きになったんだよ。
あと、別の友達のハーフタイム(Halftime)も同じように部屋をスタジオ仕様にしていたから、彼とは毎日のように曲をレコーディングしていたね。平日の午前3時に「マジで今録らないとヤバい曲がある」って電話したら、彼が母親の車ですぐに迎えに来てくれて、朝までレコーディングをし、そのまま学校に行ったこともあったね。
——インターネット・マネー(Internet Money、LAを拠点とするプロデューサー集団)に発掘されたことがデビューのきっかけのひとつだそうですが、この経緯は?
イアン:インターネット・マネーと契約はしなかったんだけど、ある日、俺の楽曲をたまたま聴いた創設者のタズ・テイラー(Taz Taylor)から楽曲制作の連絡があったんだ。すぐにロサンゼルスに飛んで2曲を制作したらそれが高く評価されて、レーベル12社とのミーティングが決まった。そんな感じで、短期間の間にとんとん拍子に事が運んでいったのさ。
——先ほど、初めてレコーディングをした時に楽曲をノートに書き留めていたと話していましたが、昔からラッパーになることを意識していたからでしょうか?
イアン:もともと詩やリリックを書くことが好きで、いつもノートに書き溜めていたんだ。だから最初にレコーディングに誘われたとき、ノートにはリリックが出来上がった状態の「Where You At」がすでにあって、あとはビートを見つけて微調整するだけでよかったってこと。
——ネガティブな表現の多いリリックは実体験が多いそうですね。書く際に意識していることは?
イアン:昔と違って、今はビートを聴いてからリリックを書くようになったね。ビートから何かを感じ取って、そこに自分が綴りたい内容を乗せる感じ。
——ビートを聴いて、まずはテーマを決めるのか、それとも思いついたフレーズから広げていく感じですか?
イアン:スタジオに入ってから2~3通りのメロディーを歌ってみて、そこから作り上げていく流れかな。気に入ったメロディーを軸に、「これはフックがいい」や「これは曲の終わりに使おう」とか考えながら構成していく。こうやって大枠が決まったところで、リリックを書き始めるんだ。リリックのテーマは例えば、ビートを聴いて「高校時代を思い出す」って感じたら「当時はこんなことを考えて生活していたな」ってイメージを広げ、当時抱えていた気持ちについて綴ってみるんだ。
——1月に2ndアルバム『on to better things』をリリースしました。タイトルに込めた思いは?
イアン:これまで自分がやってきたバカなことを断つ、という宣誓のようなもの。アルバム制作前までは何も考えていなかったけど、これをきっかけに「自分の健康を考え、より良い生き方をする」って誓いたかったんだ。
——アルバムはどのようなプロセスで制作を進めましたか?また、コロナ禍の影響はありましたか?
イアン:この数年は自分に限ったことではなくて、世間にとっても異常な時期だったと思う。コロナのせいで精神的にやられて、ネガティブなことばかり考えるようになった。しかも、コーヒーを買いに外に出ることすらもできない。マスクで鼻を覆っていないだけで怒鳴られることもあった。もう違和感だらけで、外に出るのも嫌になったよ。
アルバムには、家族の問題だったり、自分自身を好きになれずにいたことだったり、そこからありのままの自分を受け入れるまでの道のりだったり、その時々で抱えていた感情を反映している。「自分自身を愛せなければ人を愛せない」ってみんな言うけど、自分がまさにそうで、全てが嫌になっていた。夢に描いていた全てを手に入れたのに、なぜ自分はこんなにも満たされないのかーーこのアルバムを作ることで、少しずつその答えを見つけていったね。
——リードシングルでもある収録曲「let you」について、何かエピソードはありますか?
イアン:この曲とビデオのコンセプトはサーカスで、自分にとってのロサンゼルスを例えているんだ。みんな衣装を着てカッコ良く見せようとして、ショービズで仕事していることに特権を感じている。あと、当時めちゃくちゃ大好きだった女の子がいたんだけど、その子も俺もこの世界にいて、2人とも衣装を着て大見栄を張っていた。俺にとって「let you」は、彼女との関係を断つと同時に、ショーオフな生き方も断ち切ることを意味しているんだよ。心の底から愛している相手だったから、その人が何をしようと許せたんだけど、「もう限界だ。さようなら」って最後のきっかけに制作したのさ。
——コンセプトにサーカスを選んだのは、“いかに自分をよく見せるか”という最近のSNSの体質も意味していますか?
イアン:SNSにもそういった側面はあるけど、俺からするととにかくロサンゼルスが普通じゃないんだよ。世界のほかのどの場所とも違う。「へえ、その服ブランドものじゃないんだ」って感じで、見た目で物差しを測ってくる。普通じゃダメで、普通の人だと受け入れられない。正直、あまり好きじゃないね。
——収録曲「complicate it」でも女の子に関してラップしていますね。
イアン:そうだね。「どうしたらいいんだ。全て完璧なはずなのに、ものすごく面倒臭い」っていう女の子。ちょっとしたことで口論になり、最終的に彼女が「大嫌い」と言い出して、俺が「嘘だ。愛しているだろ。何を言ってるんだ」って返す。この曲は、「大変だけど、絶対に諦めない。君を愛しているから」という俺の気持ちを楽曲にしているんだ。
——今作ではさまざまなラッパーをフィーチャーし、一方でこれまで数々フィーチャーもされてきました。特に気の合う人は?
イアン:今1番好きなのは、断然リル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)。彼の音楽が大好きだからね。あとはガンナ(Gunna)とリル・ベイビー(Lil Baby)。この3人が、俺にとってのトップ3だ。
——では、一緒に楽曲を作りたい人は?
イアン:ヤング・サグ(Young Thug)と組んでみたいし、ザ・ウィークエンド(The Weeknd)とポスト・マローン(Post Malone)とも仕事をしてみたい。
——ジャンルの垣根を超えたコラボが多いのは意図的?
イアン:もちろん!「On To Better Things」の前に1stミックステープ「Nothings Ever Good Enough」と1stアルバム「Industry Plant」をリリースしてるけど、どちらの時も完成させた瞬間に「何か違う。記憶から消したい」と納得していなかった。でも今回は出来た時に「これはいい。気に入った。すぐに出したい」って思ったね。実際、自分の納得がいく作品にするために500曲は用意したよ。
——少し過去の話をすると、2020年にリリースした24k・ゴールデンとの「Mood」は日本でも人気ですが、何かエピソードはありますか?
イアン:「Mood」は、アパートのベッドルームで仲間とつるんでいた時にできた曲なんだ。みんなでシューティングゲームの「コール オブ デューティ(Call Of Duty)」をプレイしている最中に、「曲を作ろうぜ」って話になったらすぐに完成して、また「コール オブ デューティ」をプレイした(笑)。当時は、そんなにイカした曲だって自覚は全くなくて、リリースする直前に「これ、マジでいい曲じゃん」って気付いたくらい。何週にもわたって全米1位を獲るとは思っていなかったよ。
——シングル「Shots In The Dark」のアートワークは、日本人アーティストのSora Aota(K2)がデザインしています。そのきっかけを教えてください。
イアン:彼から「何かデザインしたい」とインスタグラムでDMをもらったのがきっかけだね。彼の投稿を見たらすぐに才能を感じ、「『Shots In The Dark』のために何か作ってみてよ」と頼んだらアートワークを送ってきてくれて、とても気に入ったから採用することにしたんだ。
アーティスト名は「ディオール」が由来
——名前のディオールは、ファッションブランドの「ディオール(DIOR)」と関係がありますか?
イアン:そうだね。ロサンゼルスに移住した時に自分のことが嫌いで、チャンスを目の前にして生まれ変わった新しい自分としてスタートを切りたかったから、名前をイアン・ディオールに変えた。これは、自分のミドルネームと絶対に手の届かないブランド名の組み合わせ。あまり時間をかけずにパッと思い付くままに決めたのもあって、いい名前かどうか自分でも分からなかったし、「みんなきっと嫌いだろうな」とさえ思ったよ。でも、そのまま使い続けてるうちに定着したね。
——数あるブランドの中から、なぜ「ディオール」を?
イアン:1番お気に入りのブランドだったから。今でもそうだね。上品だし、プリント使いがとにかく好きなんだ。「ディオール」と「ゴヤール(GOYARD)」のプリント柄が好きだね。
——ほかにお気に入りのブランドはありますか?
イアン:挙げ出したらキリがないけど、「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」と「リック・オウエンス(RICK OWENS)」は最高。「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」と「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST.)」「ミキモト(MIKIMOTO)」も好き。アメリカと比べて、日本のファッションはすごく進んでいると思う。ロサンゼルスにエイチ・ロレンゾ(H. Lorenzo)ってセレクトショップがあるんだけど、そこは日本のブランドばかり取り扱っていて、店のオーナーに「俺に見せるまで日本のブランドのアイテムは誰にも売らないでくれ」って冗談を言うくらい気に入ってる。いま履いているパンツもエイチ・ロレンゾで買った日本のブランド。名前は忘れちゃったけど(笑)。
——ほかにアメリカでお気に入りのショップは?
イアン:またロサンゼルスなんだけど、セレクトショップのマックスフィールド(MAXFIELD)や、ランウエイのアイテムも取り扱っているデパータメント(Departamento)によく行くね。あとは、アーカイブをたくさん持っている子たちとインスタグラムでつながっていて、彼らから買うことが多いね。というのも、俺は自分と全く同じものを着ている人を見かけることが1番ムカつくんだ(笑)。1990~2000年代のアーカイブを着ている人は、なかなかロサンゼルスにはいないからね。
——ロサンゼルスにはアーカイブを取り扱うショップは少ないんですか?
イアン:ウェイストランド(Wasteland)ってショップがあるけど、数は少ないしリサイクルに近いね。インスタグラムで繋がった子たちの家に行くと、めちゃくちゃ良いアーカイブがラック単位で置いてあるから、大抵の欲しいものが見つかるんだ。最近だと「クロムハーツ(CHROME HEARTS)」のデニムを手に入れたよ。
——では、日本で行きたいショップは?
イアン:エイチ・ロレンゾで働いているマックって仲良いスタッフの父親がセレクトショップのオーナーで、オススメの日本のショップをたくさんリストにしてくれたんだ。だから今度日本に行ったときは、1週間くらい滞在してリストを制覇するつもり。「スーパー・ニンテンドー・ワールド(SUPER NINTENDO WORLD)」にも行きたいね(笑)。あとは、村上隆が1番お気に入りのアーティストだから彼の洋服や作品が欲しいし、日本には俺が1番好きな日産のスカイラインGT-Rもあるらしいから、マジで早く行きたいよ。
——ファッションにおいて、何かを参考にすることはありますか?
イアン:子どもの頃からファッションが好きで、自分のお金で買えるようになってからはショップに足を運び、試着を繰り返して変わったスタイルを見つける。それが自分流のこだわり。例えば、お金が入って最初に買ったのはパールのネックレス。その頃は誰もパールなんて着けてなくて、それだけでひどいことも言われた。それが今では、みんながパールを着けるようになった。笑っちゃうよね。昔からファンキーな洋服を着ていると父親に笑われたけど、最近は彼も少し分かってきたみたいで、そんなに笑わなくなった。誰かを参考にしているというよりも、昔から興味があって今につながったって感じかな。
——ヘアスタイルもアイコニックですが、どんなこだわりが?
イアン:なぜドレッドを前に垂らしてるかっていうと、昔はきれいドレッドだったんだけど、母親にブラシでほぐされちゃったんだ(笑)。ドレッドは頭皮に負担がかかるから痛くて、ある日、その痛みに耐えられなくなって母親にほぐしてもらうことにした。でも、それすら痛すぎて途中で止めてシャワーを浴びたら今の髪型になっていて、意外と気に入ったから続けてる。最近ブロンドに染めたよ。
——ネイルもよくしていますね。
イアン:清潔でいることは大事だと思っているから、ネイル、フェイス、ヘアの手入れは怠らないね。女の子なら特に共感してくれるはずさ。
「ヒロアカ」が1番好きなアニメの理由とは?
——2019年にマイアミで開催されたヒップホップフェス「ローリングラウド(Rolling Loud)」では、ヒトカゲのバックパックを背負っていましたね。日本のアニメや漫画が好きになったきっかけは?
イアン:子どもの頃から当たり前のようにテレビでたくさんのアニメを見てきたけど、それが日本のものだって知らなかったんだ(※アメリカでは、2000年代前半から日本のアニメ専門チャンネルが人気)。際どい表現も結構あって、母親によく怒られたよ(笑)。小さい頃に好きだったアニメは「ソウルイーター」で、「寄生獣」にもハマってたね。
——1番好きなアニメは?
イアン:「僕のヒーローアカデミア」さ!主人公の緑谷出久に自分を重ね合わせちゃうんだ。
——日本人で会いたい人はいますか?
イアン:誰だろう。村上隆はもちろん会いたいけど、実際に行ったら俺がまだ知らないクールな人たちと出会えるんじゃないかな。アメリカにいると、入ってくる情報が限られてしまっているからね。かっこいいビジュアル・アーティストやミュージシャンに会ってみたいな。
——スケートボード好きとして、日本で開催された「Xゲーム(X Games)」は注目していましたか?
イアン:12歳の頃からスケートボードをやっていて、「Xゲーム」に出場するのが夢だったこともある。それに毎年父親と欠かさず観ているから、日本で開催されるのに観に行けないのがめちゃくちゃ悲しい。スノーボードやダートバイクも昔から好きで、いろんなエクストリーム・スポーツを父親と一緒に見て育ったから、「Xゲーム」は2人の絆を深める時間だったんだ。堀米雄斗は、自国で開催されたオリンピックも「Xゲーム」も優勝してすごいよ。