スペイン出身の写真家でアーティストのココ・カピタン(Coco Capitan)による日本初の個展“ナイーヴィ(NAIVY)”がパルコミュージアムトーキョーで開催中だ。カピタンは2017年に「グッチ(GUCCI)」のコラボレーターに抜てきされ、手描きの強いメッセージを載せたアイテムなどで高い評価を得た。その後も「アー・ペー・セー(A.P.C.)」や「ナイキ(NIKE)」「ディオール(DIOR)」などさまざまなブランドとの協業を重ねているほか、コマーシャルフォトやファインアートの作品を発表し続けており、写真家とアーティストの狭間をいく独自のポジションを確立している。
彼女が20代の10年間をかけて制作したという“ナイーヴィ”は、2020年にロンドンのギャラリー、マキシミリアン・ウィリアム(Maximillian William)を皮切りに、21年にアムステルダムの写真美術館ハイス・マルセイユ(Huis Marseille)を巡回し、今年東京・渋谷に上陸した。開催に合わせて来日したカピタンが、個展にかけた思いや、これまでのキャリアのこと、今後立ち上げる新ブランドについて語ってくれた。
――ひさしぶりの来日だそうですね。東京の印象はいかがですか?
ココ・カピタン(以下、カピタン):日本は大好きな国なので、戻ってくることができてとてもうれしいです。今回で訪れるのは3回目ですが、西洋とは異なる文化やデザイン、細部へのこだわりに刺激を受けています。東京はとてもモダンで、物事が迅速に進んでいるイメージ。より伝統的な日本の文化を楽しめる京都も好きですね。今回は日本に2週間滞在し、後半の6日間は京都に行く予定です。日本には憧れる写真家やアーティストがたくさんいて、特に森山大道さんや東松照明さんの作品がとても好きです。
――今回の写真展“ナイーヴィ”について教えてください。
カピタン:ネイビー(海軍)とナイーブ(純粋で傷つきやすいさま)の二つの言葉をかけ合わせた造語です。私はなぜかミリタリーから着想を得ることが多いんです。ネイビーの“戦う訓練をするための集団”という要素は好きではありませんが、人々が社会から離れた場所に集まり、一緒に生活をし、訓練するというような要素を取り上げるのは面白いと思いました。固定されたアイデアを壊しながら、ネイビーとナイーブを表現しています。
東京展のために現像した“決定的な50枚”の作品
――このプロジェクトに10年を費やしたと聞きました。この間、価値観はどのように変化していきましたか?
カピタン:“ナイーヴィ”の作品は長年撮りためてきたものなので、撮影した時期や場所はバラバラです。一番古い写真は私が20歳で初めてニューヨークを訪れたときのもので、当時からもう10年が経ちますね。振り返ると最初の方の写真はエネルギッシュでナイーブな空気感があり、最近の作品はより自信に満ち溢れている感覚です。しかし「こうでなければいけない」という先入観も次第に強くなり、葛藤することもありましたね。
――ロンドンとアムステルダムを巡回し、東京展ではどのように構成したのですか?
カピタン:日本は写真に特別な感性を持っている人が多いので、写真にフォーカスした展示にしたかったんです。“NAIVY : in fifty (definitive) photographs(ナイーヴィ:50枚の決定的な写真)”というタイトルで、東京で発表するために刷った新たな写真を発表しています。現像は暗室で3カ月かけて行いました。他都市で展示した写真と現像方法もサイズも異なる“決定的な50枚”のため、これ以降は“ナイーヴィ”に関する写真をプリントする予定はありません。
――キャリアについても話を聞かせてください。フォトグラファーやアーティストを志したきっかけは?
カピタン:私はスペインの小さな町で育ち、幼い頃から美術館に行くのが好きで、アートにも興味がありました。当時はアーティストが職業だなんて考えたこともなく、自分にできることだとも思っていませんでした。ただ、13歳から写真は撮り続けていて、クリエイティブな仕事をしたいということは分かっていました。そうして18歳でロンドンに引っ越してきたとき、「自分が一番楽しめることは何だろう?」と考え、雑誌で写真を撮り始めたんです。
――代表的な作品に、手描きのメッセージがありますね。これらはどのように制作しているのですか?
カピタン:子どもの頃は内気な性格で、自分の考えや気持ちを人に伝えることが苦手でした。その頃からノートをどこにでも持ち歩いていて、自分の考えを書き留める習慣がついています。今でも同じプロセスで、自分の中で何が起こっているのかを確認しています。それがこの作品につながりました。
――力強いメッセージが多いですが、たまに文字が反転していたり、誤字のようなものがあったりしますね。どのような意図があるのでしょうか?
カピタン:私は少し失読症で、文法はあまり重要ではないと思っています。完璧じゃなくても、見る人は自分なりの解釈をしてくれる。解読するのが難しい方がおもしろいし、個性があると感じますね。
アートの醍醐味は他者の考えにつながりを持てること
――今はロンドンとマヨルカ島を拠点にしているそうですね。それぞれの都市でどのように活動しているのですか?
カピタン:ロンドンでロックダウンを経験し、全てのイベントや文化的な発信が止まったことに衝撃を受けました。その後マヨルカ島で休暇をとり、友だちと楽しい時間を過ごすと、私の理想の居場所はロンドンではないということに気が付いたんです。自然に囲まれたマヨルカ島の方がインスピレーションをより受けられるだろうし、広いスペースで作業ができ、友人も招待できる。そうして、1年前にマヨルカ島に新たな拠点を作りました。気候も良く、海辺で美しいですよ。
――チームで仕事をしているのですか?
カピタン:プロジェクトによってチームを編成しています。ロンドンのチームには2人いて、マヨルカ島では別のチームで仕事をすることも。特にマヨルカ島のアトリエには、他のアーティストたちも招き入れているので、時には助け合い、それぞれ別の仕事もしています。アーティストは孤独な職業でもあるので、異なる目標を持つ人々と働くことは楽しいですね。
――数々のブランドとコラボレーションも行ってきましたね。特に印象深い仕事は何ですか?
カピタン:「グッチ」とのコラボレーションは、大きな経験になりました。アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)と一緒に仕事をしたことで、自分の作品に対する考え方が大きく変わったと思います。またCEOのマルコ・ビッザーリ(Marco Bizzari)の考えにも感銘を受けました。デザイナーと親密に仕事を行い、ブランドにとって何がベストなのかを一緒に考えていることが印象的でしたね。
――パンデミックを経て、今年は戦争が起こるなど私たちは変化の大きい時代を生きています。このような時期にアートはどのような力を持っていると思いますか?
カピタン:私にとってアートは人生そのものであり、感情を処理する方法で、自分自身を表現する手段でもあります。アートの醍醐味は、人々が評価する感性を持つことができ、他者の考えに共感し、つながりを持つことができること。特に他人の立場に立って、客観的に物事を見る力は生きていく上でとても大切なことだと思います。
今後は油絵に力を注ぎ新ブランド「カピターナ」も計画中
――アーティストやフォトグラファーを目指す人にアドバイスはありますか?
カピタン:自分にも、周りの人にも正直になり、挑戦を続けること。全員に好かれる作品を作ることは難しいですが、自分自身が心地よく、満足できる表現を見つけることは重要です。有名になりたいのであれば、情熱を持って、世の中に伝えたいメッセージを持つことも大事。私は正統派なアーティストのキャリアを積んでいるとは言えませんが、このような展覧会を開くために努力を重ねてきました。誰かに「ノー」と言われたり、「無理だ」と否定されたりしても、失望せずに自分を信じることが大切です。
――今後、挑戦してみたいことはありますか?
カピタン:絵をもっと上達させたいです。写真家として経験を積んできたものの、画家としての技術を専門的に学んだことがありません。私は「誰のアシスタントにもつかずに写真家になれてラッキーだね」と言われることもありますが、今は誰かの元でスキルを身に付けたい。時間があれば学校に通ったり、尊敬するアーティストのもとで学んだりしたいですね。また今は“ナイーヴィ”に次ぐ、新しいテーマの作品作りにも取り掛かっており、油絵も描いています。
――直近で計画している仕事はありますか?
カピタン: 「カピターナ(CAPITANA)」というブランドをスタートさせる予定です。カピタンはスペイン語で船長という意味で、カピターナはその女性形(女性の船長)。シーズンごとに新作を出す典型的なファッションブランドではなく、手に取りやすいファッションアイテムとホームウエアを扱います。ファインアートに限らず、モノ作りをすることが好きなので、「カピターナ」ではより多くの人に私のデザインを届けたいです。初めてのコレクションでは、マヨルカ島の職人たちと組んで、洋服や陶器などを作りました。将来的には家具にもチャレンジしたいですね。販売は、とあるオンラインプラットフォームとの協業で行う予定です。日本のみなさんが楽しみにしてくれるとうれしいです!