ピーター・サザーランド(Peter Sutherland)
写真家、アーティスト、映像作家:1976年アメリカ・ミシガン州生まれ。2001年にニューヨークのバイクメッセンジャーたちを撮ったドキュメンタリー映像「Pedal (2001)」がサンダンス映画祭に出品され注目を集めて以降、「シュプリーム」や「ナイキ」などの広告を手掛けるほか、2015年に自身のアパレルブランド「シー・エヌ・ワイ」を立ち上げる。現在は長年過ごしたニューヨークから地元コロラドに拠点を移して活動している
ピーター・サザーランド(Peter Sutherland)は、アーティストや写真家、映像作家などさまざまな顔を持つ。ミシガンに生まれ、1998年にニューヨークに移ってまもなくして弟にもらったカメラで面白いと思ったものを何気なく撮影し、最初のZINE「Unscathed」を自ら6部制作した。その後同作が「ヴァイス マガジン(VICE MAGAZINE)」やアートギャラリーの目に留まり、計らずも写真家としてのキャリアをスタートさせた。やがてニューヨークのバイクメッセンジャーたちを撮ったドキュメンタリー映像「Pedal(2001)」がサンダンス映画祭に出品され、映像作家としても注目を集めた。以来、ファッション誌のエディトリアルや「シュプリーム(SUPREME)」「ナイキ(NIKE)」などのブランドの広告を撮影する傍ら、精力的に作品集の刊行や展示を行っている。日本でも原宿にあるコンセプトショップ、ドミサイル東京(DOMICILE TOKYO)での個展“ESCAPISM”や今年の2月に新宿伊勢丹で行われた“STUDIO VISIT”なども記憶に新しい。
そんな彼が、2015年にアーティストでパートナーのマイア・ルース・リー(Maia Ruth Lee)と始めたブランドが「シー・エヌ・ワイ(CNY)」だ。小さな頃から好きだったという、1990年代のスケートボードやBMXにまつわる雑誌やバンドTにインスピレーションを受けたグラフィックをあしらったTシャツやフーディーは、ニューヨークのストリートシーンを中心に人気を博し、今年の2月には日本国内初のECサイトもオープンした。パンデミックを機に、20年以上過ごしたニューヨークから故郷のコロラドに拠点を移したサザーランドに、創作活動やブランドの現在地を聞いた。
――まずはキャリアについて教えてください。アートに目覚めたきっかけは?
サザーランド:5、6歳の頃、母親のスーパーの買い出しについて行って、BMXやスケートボード関連の雑誌「BMX plus」の写真やロゴが混在した誌面を見るのがとても好きだったんだ。当時は小さな街で育ったから、アートのことなんて何も分かってなかった。でも歳を重ねるにつれてアートを作るということや、色んなアートが存在することを理解していった。今では、小さい頃に見ていた雑誌のようなコラージュを作っているなんて面白いよね。
――写真に興味を持ったのはなぜ?
サザーランド:特にやりたいことや目標もないまま22歳のころにニューヨークに引っ越したんだけど、弟に誕生日プレゼントとしてカメラをもらったんだ。まずは撮り方を学ぼうと、自分が面白おかしいと思うものや周りの人たちを撮り始めてみた。しばらくして、すぐにそれらの写真をまとめた「Unscathed」というZINEを6部だけ作った。どうやって作ったのか、なぜ作ったのかも覚えてないんだけど、それを友達にあげたり、「バイス・マガジン」に送ったりしたら、思いがけないほどいい反応が返ってきたんだよね。バイスの広告に使ってもらったり、アートギャラリーに展示されたりしたから、とりあえず続けてみるかという感じで今に至るのさ。
地元コロラドに拠点を移して変わった価値観
――昨年、20年分の友人のポートレートをまとめた写真集「STREET LORDS」を発売しましたね。写真集を手掛ける中で感じたことはありましたか?
サザーランド:シンプルに、ラッキーな人間だと思ったよ。撮っておけばよかった人も数え切れないほどいるし、周りの友達を撮るのはあいさつのようになっていたし、まさかこんな形で写真集として出版できるなんて想像もしてなかったから。コロナがあり、20年以上過ごしたニューヨークを離れるタイミングで、これまでの思い出が詰まった一つの区切りのような一冊になった。この本を作って学んだことの一つが、時に最もシンプルなものがベストなものになるということ。シンプルな写真とレイアウトだけど、1、2枚しかシャッターを切らないからこそ写るエネルギーや瞬間があって、そこには確かに感じるものがあるんだ。本音を言うとページが全然足りなくて、1000ページくらいの本にしたかったけどね(笑)。
――2015年に始めたブランド「シー・エヌ・ワイ」の名前は「チャイニーズ・ニュー・イヤー(中国における旧暦の正月)」から取ったと聞きました。きっかけやコンセプト教えてください。
サザーランド:「シー・エヌ・ワイ」を一緒に立ち上げた妻のマイアは韓国人で、旧正月を祝うんだけど、言葉の響きや、その時期のチャイナタウンの雰囲気が好きで。だから、そのままブランド名にしたんだ。Tシャツやレコードスリーブなどのアートワークを手掛けるのはもともと興味があったんだよね。当時周りの友人たちがTシャツをオンラインで販売し始めたのもあって、とりあえずやってみようかなと思ったんだ。それが割と好評で、タイミングがよかったのかもね。自分が年を重ねても、「シー・エヌ・ワイ」を通して若者たちとコミュニケーションがとれるのはうれしいことだね。
――2020年に地元のコロラドに拠点を移して活動しています。「シー・エヌ・ワイ」のモノ作りにおいて、考え方や価値観に変化はありましたか?
サザーランド:今はニューヨークにいたときより時間があるから、よりアーティストらしい生活ができているように感じるよ。自然の中で過ごす時間が増えたから、アウトドアとシティのライフスタイルが共存しているようなものに関心があるんだ。例えば、ニューヨークのグラフィティ・アーティストがアウトドアブランドの「アークテリクス(ARC'TERYX)」を着ているような感覚かな。僕自身の「シー・エヌ・ワイ」の捉え方は間違いなく変わったよ。
――今年の2月に日本のECサイトを開設したこともその変化が関係しているのでしょうか?
サザーランド:ECの開設は、少し時間を置いていたんだ。拠点を移したことで、生産や発送などのプロダクションの体制が整っていなかったというのもあったから。でも「シー・エヌ・ワイ」を取り扱ってるコンセプトショップのドミサイル東京から日本で生産を引き受けられるというオファーをもらって、新たな試みだけどやってみようと思ったんだ。
作品の向こう側にいる人とのコミュニケーション
――写真やドローイング、アパレルなどさまざま表現方法を用いてますが、それらを通して伝えたいメッセージは?
サザーランド:作品や洋服に対して、みんながどんな反応をするのかはすごく興味があるよね。僕のジョークに少しでもクスッとしてくれる人がいたら、こんなうれしいことはないから。今45歳だけど、若い世代の心に届く何かを作ることは僕にとってとても興味深いこと。20歳の子が面白いと思うものが作れたら最高だよね。そのつながりはコミュニケーションだと思うんだ。オーディエンスを意識しないアーティストもいる中で、僕はいつも作品や洋服の先にいる人たちのことを考えている。
――コロナ禍や戦争など揺れ動く情勢の中でアートができる力について、どのように考えていますか?
サザーランド:コロナや戦争、環境問題も含めて、アートができる力についての答えはまだ見つけられていない。世界的に著名なアーティストが何かを作ればすぐにお金が集まるだろうし、寄付のための資金調達という手段にはなるんじゃないかな。
――最後に、今後のプロジェクトについて教えてください。
サザーランド:現在「Group Show」というタイトルで、写真家のダニエル・アーノルド(Daniel Arnold)や、ペインターでエル・エス・ディー・ワールド・ピース(LSD World Peace)ことジョー・ロバーツ(Joe Roberts)ら6人のアーティストのインタビューを集めたショートムービーを制作中なんだ。この秋には公開できると思うから、楽しみにしててよ。