「WWDJAPAN」ポッドキャストシリーズの連載「考えたい言葉」は、2週間に1回、同期の若手2人がファッション&ビューティ業界で当たり前に使われている言葉について対話します。担当する2人は普段から“当たり前”について疑問を持ち、深く考え、先輩たちからはきっと「めんどうくさい」と思われているだろうな……とビビりつつも、それでも「メディアでは、より良い社会のための言葉を使っていきたい」と思考を続けます。第22弾は、【ミューズ】をテーマに語り合いました。「WWDJAPAN.com」では、2人が対話して見出した言葉の意味を、あくまで1つの考えとして紹介します。
若手2人が考える【ミューズ】
「ミューズ(muse)」の語源は、ギリシャ神話における文芸、音楽、芸術、学問などをつかさどる女神である、ムーサ。博物館や美術館を意味する英語の「ミュージアム(museam)」も、「ムーサ」を祀る神殿として同じ語源とされている。芸術に関連する女神で合ったことから、作品のモデル兼芸術家の妻や愛人など、インスピレーションの源となる人物を指すようになった。ピカソが作品に描いた何人もの妻と愛人たちもひとまとめにミューズと称されており、人を陶酔させる魅力を放つ女性たちの呼称に変わっていった。
ファッション&ビューティ業界でもデザイナーが発表するコレクションや新キャンペーンなどにおいて、クリエイティビティーを刺激する存在がミューズと呼ばれる。例えば、「ジバンシィ(GIVENCHY)」の創業デザイナーであるユベール・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy)のミューズはオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)をであったとされている。「シャネル(CHANEL)」のデザイナーを務めた、故カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)氏は、80年代は、イネス・ド・ラ・フレサンジュ(Inès de la Fressange)を90年代にはクラウディア・シファー(Claudia Schiffer)をそれぞれミューズとしていたと言われる。
ミューズというとセンシュアルでロマンチックな印象もあるが、一方で芸術家によるモデルの一方的な搾取ともいえる不均衡な関係性がある危うさがある。女性はジェンダーによって芸術家になるという選択肢が持てなかった歴史もある中で、“ミューズ”とされる人物の多くはしかるべきクレジットを与えられておらず、また一方的にオブジェ的に見られるものとなってきた側面がある。クリエイティビティの中で女性が男性の欲の対象としてのみ人格が見とめられる権力構造を指す、メールゲーズ(male gaze)も指摘される。
ミューズと同等の意味を持つものには、「ブランドアンバサダー」などが挙げられる。これらは対等な関係性と、仕事上のパートナーとして敬意がある関係としてブランドの顔を指す印象。
ただ、「ブランドアンバサダー」は商業的な関係に限定しているケースも多く、より深い関係性がうかがえるミューズという表現を使用する場合もある。
【ポッドキャスト】
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ポッドキャスト配信者
ソーンマヤ:She/Her。翻訳担当。日本の高校を卒業後、オランダのライデン大学に進学して考古学を主専攻に、アムステルダム大学でジェンダー学を副専攻する。今ある社会のあり方を探求すべく勉強を開始したものの、「そもそもこれまで習ってきた歴史観は、どの視点から語られているものなのだろう?」と疑問を持ち、ジェンダー考古学をテーマに研究を進めた。「WWDJAPAN」では翻訳をメインに、メディアの力を通して物事を見る視点を増やせるような記事づくりに励む
佐立武士(さだち・たけし):He/Him。ソーシャルエディター。幼少期をアメリカ・コネチカット州で過ごし、その後は日本とアメリカの高校に通う。早稲田大学国際教養学部を卒業し、新卒でINFASパブリケーションズに入社。在学中はジェンダーとポストコロニアリズムに焦点を置き、ロンドン大学・東洋アフリカ研究学院に留学。学業の傍ら、当事者としてLGBTQ+ウエブメディアでライターをしていた。現在は「WWDJAPAN」のソーシャルメディアとユース向けのコンテンツに注力する。ニックネームはディラン