パタゴニアは食品事業パタゴニア プロビジョンズ(PATAGONIA PROVISIONS)を立ち上げ、フードビジネスに力を入れる。現在のプロビジョンズのビジネス規模はアパレルに比べると非常に小さいが、創業者のイヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard)は、プロビジョンズがアパレルのビジネスを上回るほど拡大したいと考えているという。背景には2018年に改訂した企業理念“私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む”がある。パタゴニアは創業当時から環境保護に熱心に取り組むが、改訂された企業理念はより強い使命感が現れており、発表後、環境保護の取り組みを加速させている。創業当時から断続的に同社で働くパタゴニア哲学の要、ヴィンセント・スタンリー=フィロソファー(哲学者の意。パタゴニア独自の役職)にオンラインで話を聞いた。
WWD:パタゴニアがフードビジネスに参入した理由は?
ヴィンセント・スタンリー哲学者(ヴィンセント):イヴォン(・シュイナード=パタゴニア創業者)が食べるのが大好きだから(笑)。実は25年ほど前にフードビジネス参入を試みましたが、うまくいきませんでした。2011年にフードビジネス業界出身のバーギット・キャメロン(Birgit Cameron、現在はプロビジョンズのマネジメントを担当)が加わってから、体制を整え食品ビジネスの拡大が始まりました。
WWD:スープや缶詰め、ドライフルーツやビール、最近では日本酒やワインとさまざまに提案していますが製品作りの基準は?
ヴィンセント:食産業のシステムにある問題(サプライチェーンが複雑に絡み合っていること)を改善できるか、あるいは環境再生型農業への貢献など、生産販売することで環境に良い影響をもたらすかどうかを重視しています。プロビジョンズのビジネスは私たちにとって進むべき道を照らす存在と考えています。
プロビジョンズのビジネスでリジェネラティブオーガニック(パタゴニアが推奨する環境再生型有機農法)を始めたことにより、農薬を使わないだけでなく、耕作を最小限にするなど極力不耕起へ移行することで、表土を作り上げることができています。この惑星に、取るよりも多く返すことができています。また、食だけではなく(農耕が必要な)コットンに関しても良い影響を与えることができます。環境再生型有機農業によって私たちが小規模農家や農業コミュニティーを支援できるので、環境面だけでなく社会的なサポートも行うことができます。
WWD:2016年に発売したビールは見たことがない植物“カーンザ”が原料でした。どのように生まれたのですか?
ヴィンセント:私たちの大切な友人にカンザス在住の農学者ウェス・ジャクソン(Wes Jackson)という人がいます。彼のライフワークはカンザス州の大平原を健全な状態に戻すこと。彼は約20年前に根が6mの深さにも伸びる多年草麦“カーンザ”を開発したと教えてくれました。根が土の中に深く張ると、あらゆる微生物や菌類の動きを活発にし、健康な表土を作り上げます。カーンザは長い根と多年生という特徴により、耕起や農薬なしに成長し、従来の小麦より水を使いません。また、表土を回復させて一年生穀物より多くの炭素を大気中から吸収します。
「素晴らしいね、ウェス。そのカーンザはどこで買えるの?」と聞いたら、「カーンザは買えないよ」と言われました。「なぜ?」と聞くと、彼は「カーンザを栽培しようと思う農家はないと思うよ。彼らは売れないものは植えないから」と。
WWD:どうやって製品化まで漕ぎつけたのですか?
ヴィンセント:私たちはオレゴンのポートランドにあるビール醸造所とパートナーになり、カーンザをエールの成分として取り入れることを試みました。まず100ヘクタール(100万平方メートル)にカーンザを栽培し、いくつかの穀物会社に関心がないかアプローチし、数社が関心を持ってくれました。
私たちは、これまで使われていなかったものを取り入れることで環境的問題を解決する方法になると学びました。もし私たちが問題を解決できるような製品を作れば、政府が税金を引き上げる必要もないし、慈善家に資金を頼り依存する必要もありませんよね。
WWD:独自の商品開発するにあたり、パートナーに求める条件は?
ヴィンセント:最終的な製品が、土壌の状態をより良く健全な状態にすること、海洋も同様で製造する場所が以前よりも健康な状態にすることーーその取り組みに興味を持ってエキサイトしてくれるかどうか。
WWD:新製品はどのように選定していますか?
ヴィンセント:自然な流れとして、ビールが成功し良い結果をもたらし、次は酒やワインに、ムール貝が成功したから鯖缶という流れでした。私たちは製品の製造によって環境を改善できるか、という大前提があり、そこを基準にして選んでいます。時々農学者や科学者と意見交換をし、穀物にはとてつもない可能性があるという話をしています。また、ワシントン州西部の研究所から土壌を改善する穀物に関してアプローチされたり、またはフードビジネスを行っている人から提案されたりもします。環境が改善されるかどうかに加えて、栄養が豊富であるか、上質な製品か、そして大切なのは美味しいかどうか、です。美味しければ、それだけで食べ続けてもらえますからね。自然食品は可能性に満ちていますが、私たちはそのクリエイティブな可能性の一部しか見ていませんし、まだ革新の初期段階と言えるでしょう。
WWD:環境改善のほかに地方・地域を盛り上げていくことも戦略にありますか?
ヴィンセント:私たちは、ロデール・インスティテュート(The Rodale Institute)とブロナー博士(Dr. Bronner)とともに、リジェネラティブオーガニックの認証基準を作りました。土を健全な状態に戻せるかどうかに加え、同じくらい鍵となる要素が2つあります。1つ目は動物福祉です。動物たちの扱い方、どのような形で動物たちがその環境に存在し良い影響をもたらすのか。一つの例として、多くの農場はバイソン(バッファロー)を家畜として育てています。パイソンや牛などを放牧することによって、自然な流れの中で健全な土壌に戻すことを可能にし、最後にはパイソンや牛の肉を使い、ジャーキーを作ります。命をいただくことに敬意を持ち、最後まで優しい気持ちを持って動物と接することも認証基準に含まれています。農家の作業を支えてくれる馬や鶏など、全ての動物に対して敬意を持って扱うことが重要です。もう一つは人間のコミュニティーです。労働者がきちんとサポートされているか、しっかりとした賃金が払われているか、きちんと待遇されているか、農業コミュニティーの状態はどうか、などです。人々が幸せでないと、農業への良い状態を保証できないと考えるからです。
WWD:「五人娘」では千葉の酒造、寺田本家と組みましたね。
ヴィンセント:千葉はとても複雑な場所ですね。都心から離れていて農業を営む人が多くいると同時に人口が多い地域でもあります。農家で働く人々のコミュニティの状態、またしっかり賃金が払われているかなどに目を向けています。
リジェネラティブオーガニック(環境再生型有機)農業は小規模農家と、とても相性がいいんです。小さい農家は、どんな虫がいるのか、土の状態はどうかなど細部のあらゆる状態までしっかりと目が行き届くから。日本の農業やアメリカ北東部で行われている農業と相性がいいですね。
WWD:今後、どういう形でビジネスを拡大していきますか?プロビジョンズビジネスがアパレルビジネスを上回ることは本当にあるのでしょうか。
ヴィンセント:そうですね。イヴォンもアパレルを上回るほど拡大したいと言っています。すごく時間はかかるでしょうけどね。現在、プロビジョンズビジネスはアパレルビジネスと比べると非常に小さく、長い時間と注意力を必要とします。どのように製品を作り、どのように良い品質にするか、その解決策を見つけなければいけません。でも、素晴らしい可能性があると確信しています。