「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」の、「ヘブン バイ マーク ジェイコブス(HEAVEN BY MARC JACOBS)」2022年春夏コレクションのビジュアルに登場した、巨大なキャラクターを描いたのが、日本人アーティストのつのつのだ。同氏はSNSを中心に作品を発表しており、SNSアカウントの合計フォロワー数は2022年6月1日時点で約3万6000人と、まだ知名度は高くない。しかし、街に巨大な女の子のキャラクターを描いたビジュアルが「マーク ジェイコブス」の目に留まり、キャンペーンに起用されるという快挙を成し遂げた。性別も年齢も分からず、顔出しもしないという謎多き人物だが、6月10日まで東京・日本橋で開催中だという展示“bring me to the another world”に合わせて、インタビューを実施。意外な素顔に迫った。
“思い通りにいかない不穏な状況”を表現
WWD:今の作風にたどり着くまでの経歴は?
つのつの:普段は大学の修士課程で工学の研究をしています。美術を始めたのは、大学2年の夏に美術部に入ってから。基礎は美術部で勉強したんですけど、学生同士でお互いにアドバイスしたり、教本を読んだりしながら習得していくスタイルだったので、ほとんど独学ですね。美術を始めてすぐに、大学の近くの風景をバックに女の子のキャラクターが立っている絵をSNSにアップしたら、学内の人が拡散してくれて、SNSを中心にたくさんの人に見てもらえたんです。そういう反応がうれしくて、絵を投稿するようになりました。その後、SNSとの相性の良さもあって、デジタルで作品を作り始めました。美術部のみんなが描くアナログの絵は迫力があるけど、自分はデジタルにしかできない表現をやってみたいと思い、写真にCGを合成した作品を作り始めました。
WWD:作品で表現したいことは?
つのつの:思い通りに行かない状況を表現したいんです。今は前向きな気持ちで作品を作っているけど、美術を始めたのがちょっと落ち込んでいた時期だったこともあって、明るくない作品が多い。うまくいかない状況と向き合うのはしんどいけど、どうすべきか分からなりに、とりあえず受け止めてぶつかっていこうと、作品では衝突している状況を描いています。キャラクターには、自分の気持ちを投影している部分もありますね。
WWD:どこからインスピレーションを受けて作品を作ることが多い?
つのつの:僕は通学で自転車を1日20キロくらい乗り回すんです。いろいろ街並みや風景を見て、この景色にこういうポーズがあったら面白そうだなという想像から創作が始まります。その後、自分が表現したい感情やキャラクターの服、シチュエーションを詰めていきます。
WWD:背景を選ぶときのこだわりは?
つのつの:僕が描くキャラクターは原寸大にすると約10メートルあります。その大きさでポーズをとらせてキマる背景写真って、日々撮影している写真の10枚に1枚くらいしかなくて。特に大事なのは、道の広さです。例えば、周りに建物が少ない大きい道路の写真を使うと、ステージの上にキャラクターがいるだけのような嘘っぽいビジュアルになってしまう。でも狭い道なら建物がギチっと詰まっているから、キャラクターの大きさが際立ち、影も落ちてリアリティーが出ます。
それに、背景とポーズと角度をちゃんと固めないと、キャラクターを下から見上げることになってしまい、いい角度から切り取れません。なので“ビビッ”ときた景色の写真から、ロジカルに考えて背景を選んでいます。
WWD:よく見る景色が多い印象だが?
つのつの:特別な場所に巨大なモニュメントを置くアートは実際にあります。せっかくCGでやるのなら、普段過ごしている街並みに非日常のキャラクターがいる方が面白いので、普通の路地を背景にするのが好きですね。
WWD:女の子のキャラクターをモチーフに選んでいるのはなぜ?
つのつの:女の子のキャラクターはビジュアルが多様だから。高橋留美子先生や鳥山明先生が描くような、デフォルメされたかわいいキャラクターが好きなんです。あとは、衝突や葛藤を描くのにデフォルメされたキャラクターをモチーフにすることで、表現が引き立つとも思っています。とはいえ、一番の理由はやっぱりかわいいキャラクターが好きで、夢中だからですね。
起きたらフォロワーが倍に
アメリカの俳優からの突然のリポスト
WWD:キャラクターのファッションでこだわっているところは?
つのつの:スニーカーが好きなので、ユニークなキャラクターに合ったスニーカーを描き込んでデザインしています。例えば、雷神をモチーフにした作品では、黄色い稲妻が飛び出しているデザインとか。服はキャラクターの個性が出るように心掛けています。新しいファッションも意識して、最近の作品ではK-POPから影響を受けてハーネスを着用させました。ほかにも天使っぽいドレスやメイド服、いかにもサブカルチャーっぽい服もあります。偏りすぎたり、ゴチャゴチャしてダサくなったりしないようには気を付けています。
WWD:海外にもファンが多い?
つのつの:そうですね。インスタグラム(INSTAGRAM)のフォロワーが700人くらいしかいなかったころ、フォロワーが600万くらいいるアメリカの俳優のローワン・ブランチャード(Rowan Blanchard)が作品をリポストしてくれたんです。そのおかげで朝起きたらフォロワーが倍以上になって、さらにどんどん増えていきました。インスタグラムのフォロワーの内訳を見ると、日本人は5%で、半分がアメリカ人でしたね。
WWD:「ヘブン バイ マーク ジェイコブス」の案件も、その流れでオファーが来た?
つのつの:多分そうだと思います。インスタグラム経由でいきなり英語のメッセージが届いて、すごくびっくりしました。やりとりしながら、僕の作品は作るのにすごく時間がかかるので、今回のビジュアルでは発表済みだったキャラクターに「ヘブン」の服を着せようと決まりました。やりたいようにやらせてもらえたし、作品をすごくほめてくれたのが印象的でしたね。
WWD:SNSを中心に活動する作家として、思うことは?
つのつの:僕は美術を始めたのが大学からなので、SNSがなかったら作品をみんなに見てもらう機会はなかったはず。CGの作品を作るようになったのも、思いも寄らないところから声をかけてもらえたのも、全部SNSのおかげです。僕はいいタイミングで生まれ、創作ができているなと感じます。
■bring me to the another world
会期:〜6月10日
場所:MASATAKA CONTEMPORARY
住所:東京都中央区日本橋 3-2-9 三晶ビル B1F