アシックスは、2050年までに事業における「温室効果ガスの排出実質ゼロ」の実現を目指す。国際イニシアチブとの連携を進め、グローバル基準のサステナビリティ戦略を実装するなど日本の中では先進的な存在だ。取り組みのきっかけや今後の課題についてサステナビリティ統括部で指揮を執る吉川美奈子統括部長に話を聞いた。
WWD:アシックスがCO2排出量の測定に取り組んだきっかけは?
吉川美奈子サステナビリティ統括部統括部長(以下、吉川):2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロに向けた数値目標設定を公表した19年以前から、環境負荷削減に向けて取り組んでいた。さかのぼれば、フットウエア業界としては初めて米国マサチューセッツ工科大学とフットウエアのLCA(ライフサイクルアセスメント)に関する共同研究を10年に行った。社内では特にヨーロッパのCSRチームが、将来的なサステナビリティの流れをいち早く感じていた。この研究で得たデータは、世界的な環境負荷測定ツール「ヒグインデックス」の開発にも活用されている。
WWD:20年にはファッション産業の環境負荷低減に向けた国際的枠組み「ファッション協定(THE FASHION PACT)」に日本企業としては初めて加盟した。国際イニシアチブに加盟するメリットは?
吉川:「温室効果ガスの排出実質ゼロ」実現に向けたロードマップの策定においても、国際イニシアチブから得られる知見を参考にした。欧米を筆頭に、サステナビリティの分野でさまざまな法規制が進む中、情報をいち早く得られることは大きいだろう。例えば、フランスでは商品の環境負荷を開示させる動きがあるが、これを見据えて商品戦略を立てるなど、グローバルの動きを知ることで先に行動を起こすことができる。最近では、気候変動対策に加えて生物多様性の保護が話題に上がっており、次に取り組むべき課題として認識している。社会の流れを日本だけで考えないことがアドバンテージになる。
WWD:目標達成に向けた進捗と課題は?
吉川:スコープ3における温室効果ガス排出量の約7割を占める材料と生産の部分での取り組みが鍵になる。150以上あるサプライヤーのうち、売り上げベースで9割以上が東南アジアだ。工場での使用電力を再エネに切り替えていくためには、国として再エネ導入の優先順位を上げてもらう必要がある。いち企業が国に働きかけるハードルは高いので、ここでも国際イニシアチブに加盟することで声を大きくできるメリットがある。正直、50年の目標達成にはまだまだ多くの努力が必要で、ビジネスの転換が必要だ。アシックスは、「デジタル」「パーソナル」「サステナブル」をキーワードに、デジタル技術を活用して、パーソナライズされた製品・サービスをサステナブルな方法で開発することに力を入れている。
WWD:リペアや中古品販売など、循環型ビジネスにも注力するのか?
吉川:「循環型」というと、商品の回収ばかりを思い浮かべがちだが、私たちが考える「循環」は、どれだけ廃棄物を出さずに、よりクリーンなエネルギーでより長く使用できる商品設計にするかというをバリューチェーン全体での取り組みを意味する。アメリカでは、返品された製品の再販売などを実施しているが、それだけをトレンド的に注力するつもりはない。なぜなら、サステナビリティの前に機能性の高い商品をお客さまに届ける価値創造が企業のミッションで、そこを妥協するべきではないからだ。私たちはセルロースナノファイバーを初めて日用品で使ったブランドでもあるが、イノベーションを起こしながらサステナブルな新しい商品を開発し、お客さまに価値のあるものを届けていく。
WWD:さまざまな企業が環境対策への取り組みを模索するなか、アシックスの戦略の強みは?
吉川:サステナビリティ統括部が立てた戦略を、ビジネス戦略、オペレーション、社のカルチャーに統合できていることが成功の要因だ。例えば、商品開発のチームとはシーズンごとにサステナビリティに関連する情報をインプットする機会を設けるなど、社全体が同じ方向を向くようにコミュニケーションをとっている。最大の強みは、トップがサステナビリティをビジネス戦略の中枢に据えていることだろう。スポーツを通して、お客さまの心と体を健やかにすることが私たちのパーパスだ。スポーツができる環境を守るため、サステナビリティへのコミットを続けていく。