土屋鞄製造所(以下、土屋鞄)は9日、米国企業ボルトスレッズ(BOLT THREADS)が開発した、キノコの菌糸体から作られたレザー代替素材「マイロ(MYLO)」を採用した新作モデルのプロトタイプを渋谷店で発表した。来日したダン・ウィドマイヤー(Dan Widmaier)=ボルトスレッズ共同創業者兼最高経営責任者(CEO)は会見で、土屋成範・土屋鞄製造所社長とともに協業や制作の背景を説明。世界が注目する新素材のお披露目に多くの報道陣が集まった。
キノコの菌糸体から作られる “マッシュルームレザー”は、革の代替として注目が集まる新素材だ。その開発の台風の目とも言えるのが、カリフォルニアを拠点にするバイオテクノロジー企業であるボルトスレッズ。同社へのオファーはウィドマイヤーCEOいわく「世界中から数千ある」。その中で日本初のパートナーとして土屋鞄と業務提携を結んだ理由は「その職人技の高さ」だという。
両社の関係は2021年5月に土屋鞄からボルトスレッズへアプローチしたことに始まる。「価値観が多様化する現代において、新しい素材はお客様の新しい選択肢になる」(土屋社長)と考えたからだ。同年7月にボルトスレッズ側からA4サイズの「マイロ」のサンプル生地1枚を受け取った鬼木めぐみ商品企画室室長は、その第一印象を「この生地のどこにキノコが潜んでいるのだろう?と思うくらいキメが細かくシボが美しい素材で、きちんと仕立てたら美しいたたずまいになると思った」と振り返る。秋にはそれをひとつの財布に仕立てて米国へ持参し話し合い、土屋鞄が出資し製品開発を共同で行う業務提携を結んだ。以降はボルトスレッズの開発者と土屋鞄の職人がオンラインで会議を重ね、20以上の試作品製作を経てプロトタイプへと至った。「作業性は牛革と異なり、糊使いやカッティングなどひとつひとつ克服することに注力をした」と鬼木室長は言う。
マッシュルームレザーは開発途中の素材であり“完成”はしていない。スタートアップであるボルトスレッズが素材の販売ではなく、業務提携という形にこだわるのは試行錯誤の段階をともにするパートナーを必要としているからだ。今回はいわば化学者と職人の協業とも言える。「土屋鞄の製品を見てすぐ、彼らが職人技を大切にし、消費者に愛され、高品質で美しい製品を作る自分たちの仕事を信じていることを確信した。このことは、持続可能性や技術開発へのコミットメントと同じくらい私たちがブランドパートナーに求めていること。日本の人たちが我々の素材を知るきっかけとなり興奮する」とウィドマイヤーCEO。土屋社長も「父の代から日本の物作りを守り育てようとしてきたが、我々の活動が国境を越えて評価されたことを嬉しく思う。彼らは多くの情報を我々に開示しており、ともに新素材の製品開発に携われることにワクワクする」と話している。
披露したのはランドセル、カバン、小物など6型で、そのうち財布1型は年内に発売予定だ。ランドセルは土屋鞄が1965年の創業以来、90万点以上を販売してきた主力商品である。会見でランドセルついて質問を受けた土屋社長は「単なるスクールバッグではない。子どもが幼児から初めて社会へ出て行くときの象徴的なもの。大人になったときに親からいかに愛情を受けていたかを知るアイテムだ」と説明。それを受けたウィドマイヤーCEOは、「初めてランドセルという存在を知り驚いた。次世代を担う子どもがサステナビリティを体感できることも価値がある」とつないだ。ランドセルは耐久性や安全性が重要な製品である。発売までにいかに精度を高めるか、また発売後も使用者と「ともに育てる」製品として位置づけられるかがポイントとなりそうだ。