村上隆は、ニューヨークの美術館ガゴシアン(Gagosian)で自身の展覧会“An Arrow through History(歴史を射抜く矢)”を5月11日〜6月25日に開催している。
同展覧会は、マディソン・アベニューにある2つのガゴシアンの美術館で開催。さらに、公式サイトとVRヘッドセットでも没入型のVR体験を提供する。来場者はSNSアプリ、スナップチャット(Snapchat)のレンズを通して各ギャラリーや会場の建物外壁でARアニメーションを見ることができる。VRのプロジェクトは、昨年ナイキ(NIKE)が買収したバーチャルファッションブランド、「RTFKT(読み方:アーティファクト)」が手掛けた。
展覧会では、絵画、肖像画、彫刻、スーパーフラット(Superflat)の作品、中国元時代の陶磁器からインスピレーションを得た作品などに加え、「クローンX(CloneX)」のアバターや話題のNFTコレクション「Murakami.Flowers」をはじめとするNFT作品も展示している。ガゴシアンの広報によると、展覧会前に販売した作品127点は24時間以内に売り切れたという。
同氏はロサンゼルスの美術館ザ・ブロード(The Broad)でも個展“Takashi Murakami: Stepping on the Tail of a Rainbow”5月21日~9月25日に開催している。ニューヨークの展覧会同様に、モバイルデバイスを使ったAR体験を提供する。
「リアルの作品とデジタルの作品を並行して体験してもらうためにも、ぜひリアルの展覧会に足を運んでもらいたい」と語る村上隆。米「WWD」は、展覧会を前に通訳を通じてインタビューを行った。
米「WWD」(以下、WWD):今後リアルな作品よりもNFTが重要になるか?
村上隆(以下、村上):リアルのアート作品とデジタルのNFTアート作品の対立や境界線といったものは意味がないと考えている。日本人アーティストにとって、ニューヨークのコンテンポラリーアートは、雲の上の存在だった。幼い頃からアートといえば、丁寧に絵を描いたり、ハイクオリティで繊細に仕上げないといけないものだと思っていた。コンセプトが全てのコンテンポラリーアートはアートの概念をひっくり返して革命を起こすものだった。ポップ・アート以来歴史的なアートムーブメントがなかったが、NFTはそんなレベルの大きなムーブメントだと思う。これからは、若いアーティストや美大生がNFTアートでデビューすると同時に、美術館で展覧会を開くかもしれない。そんな時代がすぐそこまで来ている。早ければ今年の秋にはそうなると思う。僕は少し早かったかもしれないが、いずれそうなるだろう。
WWD:「Murakami.Flowers」の価格が高騰していることに関してツイッターで批判の声が上がっているが、これについてはどう思っている?
村上:今はあまりにも多くの人が価格に注目しすぎていると思う。僕のように大きなギャラリーで発表するようなアーティストは、常に株価のように作品の価格が上下する状況にさらされてきた。作品を披露するときの価格はものすごく高いか安いかのどちらか。オークションもあるし価格変動も激しいが、最終的に安定するようになり、いいアーティストだけが生き残るだろう。内容がないアートだったらそのアーティストは消えていくかもしれない。NFTアートは大量にあるが、今から2~3年後に自分のアートがどの地点にいて、どうなっているのかが重要。黎明期の今ある価格に関する噂や推測はあまり重要ではない。
WWD:アートを民主化することがあなたの活動の中心にあるが、NFTはファッションよりもアートの民主化を加速させると思うか?例えば「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」や「シュプリーム(SUPREME)」などあなたが協業してきたブランドはどうか?
村上:「コンプレックスコン(COMPLEXCON)」に参加したのだが、転売ヤーがいるため常に狩りと競争の世界だった。NFTではその流れがもっとずっと早い。「Murakami.Flowers」を初披露したときはまるでIPO(新規株価公開)であるかのようにみんな注目してくれた。(アートではなく)純粋なプロダクトとして売り出されたかのようだったが、そういう意味で、究極の民主化だと思う。
WWD:東京でLVMH モエ ヘネシー·ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)を率いるアルノー一家と一緒にいたのはなぜか?
村上:「ウブロ(HUBLOT)」とNFTの作品を作っている。「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」とはマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)以来(マーク・ジェイコブスが同ブランドを手掛けていた2004年にコラボレーションした)関係が続いている。またベルナール・アルノー(Bernard Arnault)氏は僕の作品のアートコレクターなこともあり、長きにわたって関係が続いている。
WWD:彼と何を話した?
村上:アルノー氏は、自身の名前を冠したブランド「ベルナール・アルノー」を作るべきだと、僕は強く思っている。20年以上彼の仕事を見ているが、とにかく何をやっても上手くて、多くの人にうらやましがられている。彼の驚異的な才能に、みんな少し嫉妬しているのかもしれない。世界中に店を抱え、ブランドの商品はどれも素晴らしいものばかり。もはやこれはアーティスティックな才能だと思うが、多くの人は彼がビジネスでどう成功しているかに気を取られすぎている。ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)やキム・ジョーンズ(Kim Jones)など、アルノー氏とコラボレーションしたクリエイターたちは全員モチベーションが高く、ベストを尽くしている。20年後に彼が亡くなっていても、LVMHというブランドは残るだろう。だが、ベルナール・アルノーという名前は、本当に情熱的にファッションシーンを引っ張ってきた人物として、歴史に刻まれないかもしれない。だから歴史に名を残すためにも、彼は絶対自身の名前を冠したブランドを作るべきだと思う。これはクリエイターとしての僕の意見に過ぎないが、僕は彼をクリエイターとして尊敬している。これはビジネスの提案でも何でもない。こうした意見を僕は前からインスタグラムに投稿していて、彼も見ている。彼に会うと「恥ずかしいが、クリエイターからそんな提案をされるのは光栄だ」と言われる。
WWD:アルノー氏は本気にしていると思うか?
村上:たぶんしていないだろうね(笑)。
WWD:「ティファニー(TIFFANY & CO.)」がティファニーブルーで描かれたジャン・ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)の作品「イコールズ・パイ(Equals Pi)」を買い取って公開したが、このように広告の中でアートを見せることは今後あり得るか?
村上:アルノー氏がLVMHの社員や店舗の販売員に、前に進むようにとスピーチをしているのを日本で拝見したのだが、社内向けのスピーチを聞くことができたのはとてもラッキーだった。彼がクリエイティブという言葉を何度も何度も繰り返し、創作について話していたのが印象に残っている。彼はフォンダシオン ルイ・ヴィトン(Fondation Louis Vuitton)を持っているし、アートも収集している。でも、フォンダシオンを持つことによるブランドの見え方だとか、ブランドがアートを収集するのがトレンドだからとか、そういうことが目的ではないと僕は思っている。彼は純粋にアートに興味があるんだ。なぜなら、誰でもゼロから何かを生み出すときには、アイデアをピックアップして、自分の中のアイデアが生まれる部分にアクセスしなければならないから。例えばアスリートは、本番で起きることを理解し備えるために本番と同じレベルでトレーニングをしている。それと同じように、クリエイターも、自身が手掛けているのとは異なるジャンルのアートでも、クリエイターが創作過程においてどのような経験をするかを想像し、理解することができる。絵画や彫刻はそういう創作の過程が直接的でわかりやすい。だから、彼はアートに惹かれ、収集しているのだと思う。
広告の中のアートに関して、アルノー氏は仕事が上手いのでブランドを宣伝するためにアートを使っているように見えるかもしれないが、これはどちらかと言えば逆なんだ。彼は純粋に創造性にフォーカスし、アートを愛している。僕は今「ウブロ」としか仕事をしていないが、LVMHとはもっと一緒に仕事がしたいと思っている。
WWD:今のファッション業界で最もインスピレーションを受けているものは?
村上:「RTFKT」とナイキのメタバースでのコラボレーションは素晴らしいね。
WWD:「RTFKT」を通してそのブランディングにも関わっていたりするのか?
村上:僕が「RTFKT」とコラボレーションをしていたところに、ナイキが偶然「RTFKT」を買収しただけだよ。
WWD:ウクライナへの侵攻やパンデミックは、アートの重要性をどう変えたか?
村上:僕の初期の作品は、(第二次)世界大戦に敗れ、ほぼアメリカが樹立した政府による日本で育ったことを消化するためのものだった。子どものころベトナム戦争などを見て、「どうして戦争が起こるのか?」と疑問に思っていた。その疑問は、日本のアニメの中で常に問い続けられてきたものでもある。日本のアニメは、善悪の境界線がはっきりしていない。ヒーローか悪役かということはさほど重要じゃなく、なぜ戦争が起こるのかという問いが重要なんだ。その問いは今も変わらない。「なぜ戦争が起こるのか?」の明確な答えはない。エンターテインメントの世界でも、この曖昧なテーマが次々出てくるだろう。もちろん、大切な人を亡くした人には憎しみや負の感情も生まれてくるだろう。しかし、世界大戦後の日本とアメリカの関係も最初はネガティブなものだったがやがてお互いにリスペクトするようになった。そして、より良い未来を一緒に作ろうというムードになっていく。今の世界もそんな方向に進んでいってほしい。でもヨーロッパの歴史は複雑で、深く、長い。こんなことを言うのは楽観的だが、戦争を経験し、それを乗り越えた日本から来た一人の人間として、切に願っている。
WWD:今興味を持っているファッションデザイナーやアーティストはいるか?
村上:「ボアード・エイプ・ヨット・クラブ(Bored Ape Yacht Club)」を手掛けるユガ・ラボ(Yuga Labs)のような人たちに興味がある。それから、ジェームズ・キャメロン(James Cameron)監督の映画「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター(Avatar: The Way of Water)」の広告を見たのだがその年齢(67歳)で、まだまだ若くて感心する。
WWD:今のファッションシーンをどう見ている?
村上:業界全体でメタバース内のファッションが大きな課題になるだろう。僕はそこにもっと深く関われるような気がする。現実のファッションの世界では、ヴァージルのように新しいものを常に取り込んできた人たちがいて、僕ももっと深く関わりたいと思ってはいたが、ファッションの素材やそういったものを全く理解していなかった。でも、メタバースはコンセプトだけで深く入り込むことができる。
WWD:今後どんなプロジェクトが控えている?
村上:「Murakami.Flowers」のNFTプロジェクトは、チームを作って全力を注いでいる。TVアニメの「シックスハートプリンセス(Six Hearts Princess)」は15年前から作り続けているが、ようやく完成に近づいた。僕自身も編集に携わり、新しいカットを追加したり、セレクトしたりしている。どこで放映されるかは決まっていないが、僕はただ作って完成させるだけだ。ストリーミングや放映したい人がいれば最高だが、もしいなければユーチューブ(YouTube)か何かにアップするかもしれない。
WWD:あなたの活動について、どんなことを理解してもらいたいか?
村上:30年前、僕にはビジョンとやりたいことがあった。それを今の若者が汲み取り、一緒に取り組めていると感じている。若いころにやりたかったことが、今実現していると感じる。僕と同世代の人たちや、大人には理解されていないかもしれないが、若者、子どもたち、小学生や中学生が、僕が今やっていることを理解してくれている。30年後、彼らは大人になり社会に出て、自分たちのビジョンを実現するようになるだろう。
WWD:ニューヨーク滞在中の仕事以外の予定は?
村上:今朝生まれて初めてセントラルパークを歩いたのだが、最高だった。今回は観光客的な体験をちゃんとしていると思う。
WWD:あなたのアートやクリエイティビティ、将来性についてどんな印象を抱いてもらいたいか?
村上:「ああ、彼はオタクなんだな」と思ってほしいね。