2023年春夏シーズンのコレクションサーキットが、6月11日にロンドンからスタートしました。コロナ禍を経て、メンズの時期にリアルでロンドン・ファッション・ウイーク(London Fashion Week、以下LFW)が開催されたのは2020年1月以来の2年半ぶりです。3日間の会期中にランウエイショーを開催したのは5ブランド、プレゼンテーションを披露したのは2ブランド、そのほかはデジタルでの参加で、実質2日間というコンパクトな日程でした。ほかにも、2日目夜にオフスケジュールで「マーティン ローズ(MARTINE ROSE)」がショーを行いました。今季はメンズの主要都市全てを取材する大塚千践「WWDJAPAN」副編集長と、パリ在住のライター井上エリが現地取材を敢行。新人デザイナー発掘を得意とする2人がロンドンの若手ブランドナンバーワンを決める対談をお届け……するはずでした。しかし“愛あるいじり”を文化とする大阪出身の二人が語り始めると、会話は思わぬ方向へ。今回はその様子を包み隠さずお見せします。
引き出しがもっとほしい
「カルロッタ バレラ」
井上:スパイン出身でロンドンを拠点にするカルロッタ・バレラ(Carlota Barrera)のショーで、今季のLFWがキックオフ!テーラードを軸に、ミニマルでコンテンポラリーな美学をメンズウエアで表現するのがコンセプトのブランドです。LFW自体がジェンダーレスなファッション・ウイークと謳っており、カルロッタのショーには女性モデルも登場しました。デザイナー自身がクィアとあって、マスキュリンとフェミニニティの新たな表現を期待してましたが、そういったアプローチはあまりなかったなという印象です。ロンドンのコレクション取材がひさびさという大塚さんは、初めて見たカルロッタのコレクションをどう見ましたか?
大塚:序盤は鮮やかなサックスブルーが続いて、色使いがすごくキレイでした。今季の着想源は、デザイナーが20年前に旅行したキューバということで、リネンの軽やかな天然素材に青、黄、緑の糸で繊細なマルチストライプを描いていましたね。ロンドンの若手というくくりにしては、クリーンで爽やかな仕上がり。悪くない第一印象でした。ただ、中盤あたりから変化があまりなくて、(あれ?何かワンパターンやな)と思っていたら、ショーが終わっちゃって。クリーンで押しているだけにテーラリングの荒さも目立ったし、(まだまだ腕を磨いていかな注目の若手とは言われへんな)と思いました。
井上:大塚さん、思いが強いのかめっちゃ大阪弁出てますよ。色調に加えて、シルクとコットン、リネンとリヨセルを組み合わせた天然素材が、軽快で爽やかさな雰囲気を後押ししていましたね。今年3月のLFWで見た前シーズンのコレクションは、素材にこだわって肌触りがとても良かったのを覚えています。ジャケットの脇のカットアウトや、シャツの裾のサイドのカッティングが、ブランドのコンテンポラリーな美学を象徴してましたが、抜きん出た美しさや目を引くデザインは見当たらなかったですね。
ターゲットが狭すぎる
「ラブラム」
大塚:大阪出身の人と本音で話していたら、ついつい大阪弁が出ちゃいますね。気を付けます。さんざん言ってしまった「カルロッタ バレラ」ですが、「ラブラム(LABRUM)」よりはましでした。西アフリカにルーツを持つ、イギリス人デザイナーのフォディ・ダンブヤ(Foday Dumbuya)によるブランドで、僕も井上さんもショーは初めて見たブランドでしたよね。アースカラーの色調はきれいやったけど、アフリカっぽい要素が強すぎて、似合う人は極端に限定されそうやなと考えてたら、メモする手が途中で止まってた。
井上:色しか褒めるとこないんかいってツッコミたくなるけど、同感です。モチーフやシルエット、ディテールと全てがアフリカ感満載で、モードに転換できてないんですよね。例えば、アジア人である私が着ると、洋服というより衣装を着ているように見えてしまうんやないかと。それぐらい、アフリカンカルチャーを表に出しすぎて、ここまでくると押し付けがましいんやないかって……。コレクションノートを読むと、テーマは“境界線のない社会”で、一つの屋根の下で異文化が協力し合って共存することをコレクションで表現したかったと。ショー会場では、アフリカルーツのミュージシャンが生演奏してて、愉快で楽しい演出やったんですけど、あくまでアフリカンカルチャーを祝福してるのであって、異文化の共存とはちょっとちゃうなって印象でした。
大塚:井上さんも大阪弁めっちゃ出てますけど。そうそう、多くの人に着たいと思わせることってほんまに難しいんやけど、それをするのがプロのファッションデザイナーなんです。自身のコミュニティーを満足させるためだけなら、世界へ発信できるファッション・ウイークに参加する意味はないですから。
決め手さえあればなお良し
「ロビン リンチ」
井上:アイルランドの手仕事による伝統と、スポーティーな要素を組み合わせた「ロビン リンチ」もショーを行いましたね。LFWでランウエイショーを実施するのは、今年3月に続いて2回目。今回は、以前ビール醸造所だった建物内を会場にしていて、インダストリアルな雰囲気がブランドの世界観にめっちゃ合ってました。彼女は家族のワードローブから常にインスピレーションを得るんですけど、今季は彼女のおかんが約40年前にスペイン・マヨルカ島で購入したTシャツや、お土産品に触発されたコレクションやったそうです。ほっこり感のあるケーブルニットのベストと、ナイロン素材のパンツのハイテク感といった、相反する要素のミックスに、「ロビン リンチ」らしさが出てました。スポーティーなルックに、手作りであろうビーズのネックレスを合わせてるのがめちゃかわいかった。ただ、これといって引き付けるものがなく、既視感が否めなかったのも事実。大塚さんは以前「ロビン リンチ」のプレゼンテーションをロンドンで見たことがあるそうですが、成長してると思いましたか?
大塚:以前見た印象では、ケーブルニットとスポーツっていう全然ちゃう要素を力技で組み合わせて、いい意味でデザインに違和感があったのがこのブランドの個性やと思ってたんです。でも今季は、王道にちょっと偏りすぎて丸く収まってもうたかな。世界で戦えるブランドにステップアップしたいという意欲なんやろうけど、個性が薄まってしまったのは残念。独創的なクリエイションを生み出せる素質がある分、ちょっと期待はずれやったなと。ロンドンから巣立つにはまだ一歩、いや、二歩ぐらい必要。軸となるアイデンティティーと、多くの人の共感を得るクリエイションとのバランスの両立を目指して欲しいです。
飛躍にはここが踏ん張りどころ
「アルワリア」
井上:2日目は、ナイジェリアとインドにルーツを持つプリヤ・アルワリア(Priya Ahluwalia)による「アルワリア(AHLUWALIA)」のショーがハイライトでしたね。会場は、紀元後2世紀頃に作られた防御壁を一部そのまま残したソルターズ・ガーデン(Salter’s Garden)。青々と輝く植物と、「アルワリア」らしい色彩豊かなルックがめっちゃマッチしてました。パッチワークの技術を駆使して描いた流線ラインや異なるモチーフのドッギング、コットンパンツとジーンズを組み合わせた前後で表情の違うパンツや、2つのコートをハイブリッドしたアウターが、余剰素材の可能性を探求する彼女の姿勢を示してたようです。私は昨シーズンのショーに参加して、過去のコレクションもチェックしてきたんですけど、スタイルにもデザインにも変化が正直あんまなくて、ちょっと踏ん張りどきやなと。時代の空気を読み解いて、多くの人をアフリカンカルチャーに共感させる軽やかさは今回は見えへんかったなと。それとも、ミニスカートやヘソ出しルックは、Y2Kのトレンドを意識したんですかね?
大塚:トレンドを取り入れられるほど器用なタイプには、現時点では見えへんかったかな。彼女は2021年にコペンハーゲン発の「ガニー(GANNI)」とコラボレーションしたカプセルコレクション以来、自身のブランドでもウィメンズをスタートさせたんですよね。経験が浅いからか、ウィメンズはきれいやけど売れるかと言われるとまあまあ難しそう。メンズとウィメンズで登場した、異なるモチーフをつなぎ合わせたようなニットや、トラックスーツ風のスラックスは魅力的でした。でも、このスタイルだとマーケットがかなり限定されてしまい、ビジネスの発展は難しそう。ブラックカルチャーへのオマージュが強すぎて、それ以外の人たちにはとっつきづらさを与えちゃうんやないかと。
うるさい2人が選んだ
ロンドンのベストブランドは?
井上:確かに、ブランドの世界観になじめない人の方が大多数やと思います。その点でいうと、アフリカルーツのアイデンティティーを基盤にする「ウォールズ ボナー(WALES BONNER)」は成功例ですよね。ほんまは今季のロンドンで見た若手ブランドナンバーワンの対談記事の予定やったのに、そんな感じじゃなくなってますよ。何か選ばなだめとちゃいますか?
大塚:んん、僕のベストはなしやね。でも、成功例として挙げた「ウォールズ ボナー」も最初から洗練されてたわけじゃなくて、数年前からカジュアル要素も取り入れて間口がだいぶ広がったんです。ただ売れ線に走ったわけじゃなく、根幹がしっかりしているから支持も集めている。僕の周りでも、ここ最近でファンが急に増えたもん。だから、今季見た若手デザイナーも、これから視野を広げ、腕を磨き、次シーズンは変化を見せてほしいです。井上さんのベストは?強いて言うならでもいいから。
井上:あかん、私もないわ……。LFWは、独創的でコンセプチュアルなクリエイションを見られるのが楽しみの一つ。ただし、数シーズンしては消えていくサイクルを繰り返し、“あの人は今?”的なデザイナーになることが多いのがほんまにもったいない。時代の空気を嗅ぎ分けたり、万人受けするデザインを取り入れる方法は人によって異なるけど、私としては取り引きするバイヤーの意見に耳を傾けるのが一番重要やと思う。クリエイションをブラッシュアップするために、信頼するジャーナリストの講評を読むのも一つの手かもしれへんし。私たちの愛ゆえの叱咤激励も届けば嬉しいねんけどなあ……って、本音で喋りすぎて途中からめちゃくちゃ大阪弁全開ですよ。大丈夫ですか?