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ラフが去って最初のショー フィナーレに駆け出してきたのは?
ラフ・シモンズが去り、最初の「クリスチャン ディオール(CHRISTIAN DIOR)」オートクチュール・コレクションはこれまでと同様、ロダン美術館を会場に行われた。ロダンの庭に建てた大きなテントは中も外もミラー張りで、美術館の建物や木々を映し、ミステリアスな空間を生み出していた。アーティスティック・ディレクターが不在でもやるべきことをやり、メゾンを粛々と継承してゆく。その意志が豪華な会場演出からも伝わってくる。
今回のコレクションを作り上げたのは、ラフ・シモンズと働いていたデザインチームとアトリエスタッフである。フィナーレに笑顔で走り出てきたデザインチームの7人は想像以上に若く、はつらつとしていた。着ている服もカジュアルで、白衣は着ていない。ラフ・シモンズによる「ディオール」の、厳格とも言える美意識やピュアネスが心に残っている観客の多くは、チームメンバーのカジュアルな様子に少し拍子抜けをしただろう。
登場した服もまた、あえてなのか、結果的になのか、どこかユルく力が抜けている。リリースの一行目には“スポンテニアス”の文字。ファッションにおいては“着る人次第で自由にアイデアが広がる着こなし”を意味する。2016-17年秋冬のミラノやパリのメンズ・コレクションでも多くのブランドが取り上げた注目のキーワードだ。
アイコニックなアイテムである“バージャケット”を核に据えつつ、体と布の間に弛みがあったり、ふわふわしていたり、どこかがズレていたりと“完璧”ではないシルエットが随所に見られる。サーフガールのニットのようにオフショルダーで着るバージャケットや、裾からプリーツがアシンメトリーにはみ出したロング丈のスカートやコート、レースのように繊細なニットの重ね着など。ホワイトドレスは、リボンを首の後ろでDカンに通してユルく留めている。
バージャケットの起源は戦後、社交界の女性たちがバーのスツールに腰掛けてカクテルを楽しむ時にそのシルエットが美しく見えるように考案されたデザインである。時を経て2016年の今、バーでくつろぐ女性には何を提案するのか?“バージャケット”の精神を今の形にしたら着る人により多くの自由を与えた“スポンテニアス”なデザインになった。そういうことなのかもしれない。
世界のほんの一握りの富裕層のために作られるオートクチュールであるが、高価とは言え顧客にとっては日常着。このどこか力の抜けたリアリティーのある「ディオール」は若く新しい顧客をつかむきっかけともなりそうだ。ただしビッグメゾン「ディオール」のブランディングという意味では、未来に向けて新しい美の指針を打ち出すラフ・シモンズのようなディレクターの存在は不可欠。後任の発表を待ちたい。