ファッション

京都・片山文三郎商店の絞り染と伝統技術の民主化 ファッションデザイナー高谷健太と巡る“ときめき、ニッポン。”第6回

 昨年、岸谷五朗さん・寺脇康文さんが主宰する演劇ユニット「地球ゴージャス」から、舞台衣装制作のオファーを受けた。同ユニットとは、2004年に初演された「クラウディア」以来、複数の衣装を手掛けてきた。「クラウディア」は僕が舞台に関わるようになった最初の作品であり、極めて思い入れがある。今回のオファーは、この「クラウディア」を18年振りに復活させるという内容だった。

 「クラウディア」は、サザンオールスターズの楽曲で構成する舞台だ。初演でタイトルロールとなるクラウディア役を演じたのは本田美奈子さんだった。当時20代だった僕は、美奈子さんの圧倒的な歌と演技に魂を揺さぶられ、稽古中に何度も涙した。

 これまで「地球ゴージャス」の衣装では、スパンコール刺しゅうやアップリケ、染めなど、試行錯誤を重ねてテキスタイルを作ってきた。同時に、江戸時代の古布からウズベキスタンやカリマンタン島のイカット(絣)、チベットやブータンの織物、コンゴやマリをはじめとしたアフリカ各地の染め、イタリアのジャガードまで、寛斎との旅で入手した貴重なテキスタイルも用いてきた。

 今回は、京都の「片山文三郎商店」とコラボレーションしたテキスタイルをメインに据えた。きっかけは、絞り染の技法が施されたバッグだ。拳ほどの大きさだが、とても伸縮性があり、物を入れると何倍もの大きさになる。軽くて大きくなるという特徴は、舞台衣装のテキスタイルとして大きな利点になると考えた。

 ここでは、そんな片山文三郎商店の三代目当主、片山一雄さんのインタビューをお届けする。打ち合せで訪れた京都烏丸の本店には、色艶やかで工夫に富んだ商品が並び、“ときめき”の連続だった。

絞り染の魅力を
現代生活に合わせて発信

高谷健太(以下、高谷):僕は今回の取り組みで片山さんと初対面でしたが、片山さんは過去に寛斎と会ったことがあるんですよね?

片山一雄・片山文三郎商店三代目当主(以下、片山): はい。20年ほど前、ちょうど絞り染で新たな取り組みを始めた頃に、東京の展示会で寛斎さんが当社のブースに来られまして。「お、これいいね」と言って商品を手に取ってくれました。

高谷:既視感のない絞り染の数々に、きっと心を奪われたのでしょう。京都の本店に行った時は、僕も同じ感覚を覚えました。バッグをはじめ、絞り染の技法を用いた立体的で独創的な製品は、どんなアイデアから生まれたのでしょうか?

片山:絞り染とは、布を糸で括ることで染料が染み込まない部分を作り、模様を作る技法です。本来は、染めた後に“湯のし”というわずかな凹凸を残しながら生地を伸ばす工程があるのですが、ちょうどスカーフを作っていた時に、「これを伸ばさないでそのまま売ってみたらどうなのか」と思い、やってみたのがきっかけです。

高谷:なるほど。既成概念にとらわれず、絞りの特徴を活かして日常のアイテムに落とし込んでみたわけですね。さすがです。

片山:私の祖父にあたる初代・文三郎が、時代の先を行く美的感覚を持っていたようで、跡を継いだ二代目の父の時代もライフスタイルの変化に合わせて、呉服に限らずインテリアやファッションアイテムなどに裾野を広げました。私は入社して40年以上経ちますが、父が若い世代にいろいろと任せてくれる人だったので、新しいものづくりを積極的に行うことができました。意見がぶつかることは何度もありましたが(笑)。

高谷:新たな挑戦を積み重ねた結果、アイコンとなるバッグが生まれたのですね。伝統技術の民主化というのか、価格も含めてこうした伝統をより多くの人が気軽に持つことができることに、僕は心から共鳴します。

片山:価格については、デザインから生産、小売りも含め、一貫して自社で行えることが大きいですね。直営店もあるので、商品に対するお客さんの反応もすぐに分かります。あとは素材の厚さにもよりますが、生地によっては何枚か重ねて絞ることができるので、そういう部分でコストダウンの工夫をしています。バッグをきっかけに、もっと絞り染の世界を知ってもらいたいと思います。

身にまとえば、その人自体がアートになる
合言葉は“フリカエレバ、ミライ”

高谷:インテリアやアートの世界にも親和性がありますよね。昨年、大阪のリーガロイヤルホテルで展示されていたクリスマス装飾も素晴らしかったです。

片山:アートディレクターの佐藤寧子さんからお声掛けいただき、実現しました。絞り染が空間芸術としても評価されるということは、とても励みになります。過去にMoMA(ニューヨーク近代美術館)のデザインストアからオーダーをいただきました。ファッションとアートが融合したものづくりをするという、私たちの方向性を後押ししてくれました。

高谷:今回の音楽劇「クラウディア」の衣装も、まさにファッションとアートの融合ですね。

片山:光栄です。舞台衣装は、日常使いに比べて消耗するので、気軽に洗えなくてはなりませんが、ポリエステルという素材がそれを可能にしています。伝統技術も、施す素材を見直すことで新たな用途やシーンが生まれる。まだまだ工夫の余地が残っていますし、それが舞台衣装として活用されたことも、絞り染の可能性を感じられてとてもうれしいです。

高谷:今後はどのようなものづくりを行うのでしょうか?

片山:しばらく立体感のあるものに取り組んできたので、平面的なものにも回帰しつつあります。近年、当社の呉服関連のアイテムの売り上げはわずかですが、ポテンシャルはもっとあると思っていて、和装の領域を見つめ直したいです。着物の長い歴史の中には、さまざまな工夫がありますよね。去年くらいから、振り返ったらそこに“今”を通り越して“未来”がある、そんなことを思い浮かべながらものづくりをしています。

高谷:いい言葉ですね。和装もバッグ同様に、肩肘張らず、気軽に楽しめる提案をするのでしょうか?

片山:そうです。個人的な考えですが、着物にはたくさんの決まりがありますよね。そういう世界ももちろん大切だけど、例えばジーンズの上にも羽織れるようなものなど、もっと自由に楽しめるものがあってもいい。さまざまな垣根を取り払って、もっと柔軟に和装を捉えてみたいんです。今の時代、美しいことはもちろん、機能面で優れていることがとても重要ですから、試行錯誤を続けていきます。


 僕が大好きな屏風絵のひとつに、桃山時代に描かれた「花見鷹狩図屏風」という作品がある。そこには庶民が花見を楽しむ様子が描かれており、彼らの着物のスタイリングに興味を引かれる。着物を肩脱ぎする人やたくし上げる人、サッシュの様な帯を片方の腰で結んでいる人――それぞれが自由な着こなしで、着物の奥行きを表現している。

 和装をハレの日の特別なものとして捉えるか、日常のものとして捉えるか、僕はさまざまな価値観があって良いと思う。しかし、着物が今なお色褪せないデザイン性と機能美を兼ね備えている背景には、人々の営みの中で生まれた知恵がある。今回お話を伺う中で、“伝統技術と和装の民主化”によって着物の原点に立ち返る片山さんの挑戦にとても刺激を受けた。それはけして楽な道のりではないが、そうしたチャレンジをこれからも僕なりに応援したい。

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