ファッション

パリコレで見た「ターク」の会心と「キディル 」の地獄 2023年春夏メンズコレ取材24時Vol.4

 2023年春夏コレクションサーキットの皮切りとして、各都市のメンズ・ファッション・ウイークが開催しています。日本から渡航する関係者は多くないものの、「WWDJAPAN」は今季も現地取材を敢行し、現場から臨場感たっぷりの情報をお届けします。担当するのは、大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリの2人。今回は若手ブランドの中心のパリメンズ初日をリポートします。

21日 15:30「キディル」

 この日は朝6時50分発の飛行機でミラノからパリに移動し、そのまま午後から取材が始まるというハードスケジュール。取材担当の2人は朝4時に起き、夜までショーを見続けるという過酷な1日です。でも、酷暑のミラノから涼しいパリに移り、ちょっと安心。最初の取材は、“隣のパンク兄ちゃん”こと末安弘明デザイナーの「キディル(KIDILL)」から。パリメンズ公式のスケジュールでは初となるリアルのプレゼンテーション開催に、きっと気合は十分なはず。会場に着くと、そこには“地獄”が広がっていました。

 プレゼンテーションの会場内に、すごい体勢ででモデルが倒れているんです。熱中症でしょうか。いやいや、今日の最高気温は27度前後でそんなに暑くはありません。今シーズンのテーマは“ヘルハウス”で、末安デザイナーがこれまで影響を受けたさまざまなカルチャーを振り返り、それらを集めた“家”をプレゼンテーションの空間で表現しました。ブランドの代名詞であるパンクをはじめ、ホラームービーやスケートビデオなど、あらゆる偏愛を詰め込んだ結果、モデルがゾンビのように倒れている空間にたどり着いたようです。足を踏み入れた瞬間から(いつ、動き出すんだろうな)とドキドキしっぱなし。

 コレクションは、「キディル」らしい強い柄を使いながら、過剰なほどのオーバーサイズだったり、大胆なディテールだったりを用いて、激しくもユーモアのあるストリートスタイルを貫きます。パリメンズ公式では初のリアルの舞台で気負っていないか少し懸念していましたが、そんな心配は無用でした。派手ではあるものの、ここ最近ではいい意味で肩の力が抜けており、それでいて「キディル」らしさが真っ直ぐに伝わります。アントワープ拠点のグラフィックデザイナー、トム・トッセイン(Tom Tosseyn)と協業したグラフィックをさまざまなウエアに採用し、「マインデニム(MINEDENIM)」とのコラボレーションアイテムも登場しました。しばらくすると場内に不協和音が響き渡り、倒れていたモデルたちがピクピク痙攣した後に起き上がります。その後はゲストをしっかり避けながらゾンビウオークで徘徊し、音が鳴り止むと再びバタッと倒れました。モデルは笑わずゾンビになりきっててえらい。そんな、シリアスだけど和やかなムードを感じるのも「キディル」であり、末安デザイナーなのです。次のショーが迫っていたので受付の人の挨拶して会場を出ようとすると、デザイナーでした。次はもっと多くの人を呼べる時間帯で、海外の人がどんな反応をするか見てみたいとも思いました。

16:00 「ブルーマーブル」

 2022年度「LVMHプライズ」のセミファイナリストに残った「ブルーマーブル(BLUEMARBLE)」がショーを行いました。デザイナーは、フランスとフィリピンにルーツを持つニューヨーク生まれのアントニー・アルヴァレ(Anthony Alvarez)です。会場となったモリエール高校の庭園は、整えられた草木が美しい、都会のオアシスみたいな安らぎの場。こんな高校に通えるの羨ましいって思いながら自分の高校時代を思い出して、40分遅れのショーの待ち時間を潰しました。

 庭園を囲む回廊をランウエイで披露したのは、ワークウエアやスポーツウエア、テーラリングをミックスして「ブルーマーブル」らしいボヘミアンに落とし込んだコレクション。彼が頻繁に取り入れるフラワーモチーフは今季、スワロフスキーや刺しゅうで表現され、これまで以上にクラフト感を強めた印象です。今季はフランスのフィルターを通してアメリカのポップカルチャーを追求したといい、ジャストフィットのシルクのMA-1にリラックスシルエットのカーゴパンツ、奇抜な配色のワイドパンツとTシャツといったスケーター風のスタイルと、ウエスタン調のシャツとアニマルモチーフには西部劇のアクセントがあって、アメリカンな雰囲気が伝わってきました。ダボっとしたジーンズは「ブルーマーブル」のシグネチャーになりつつありますが、今季はローライズのフレアを提案しています。このスタイルのジーンズはミラノのショーでもたくさん登場していて、パリコレでも出てくるのではないか明日以降も引き続き要チェックアイテムです。

17:00「アイレイ」

 続いて「アイレイ(AIREI)」のプレゼンテーションを見に行きました。カリフォルニアに拠点を置くドリュー・カリー(Drew Curry)が手掛けるメンズブランドで、前者と同じく2022年度「LVMHプライズ」のセミファイナリストです。繊細な糸細工による装飾と趣向を凝らしたニットというブランドの魅力は、経年劣化による深みを持たせたかのようなユーズド感を加え、さらに磨きがかかっていました。糸細工の繊細な技術とニットの探求という強いこだわりとミニマルな表現が、日本の職人気質なデザイナーと似ているなと考えていたら、今回初めて「アイレイ」を見た大塚さんが「退廃的なムードが『ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)』っぽい」と言っていて腑に落ちました。今度、イケメンなのに顔を出したがらない控えめなドリューさんに、憧れのデザイナーが誰か聞いてみたいと思います。会場にはベッドが並び、清掃員が掃除をしていてまるで病院のよう。徹夜明けの私たちは、ベッドに横になりたい衝動を抑え、次の会場へと向かいました。

19:00「ターク」

 次は「キディル」と同じくパリメンズ初の公式スケジュールで、ランウエイショーに挑む「ターク」の会場に向かいます。少し早めに着いたので、森川拓野デザイナーと話す時間がありました。いつもは明るく笑顔を絶やさない彼が、ガッチガチに緊張しています。でも、コレクションには自信たっぷりで武者震いのようにも見えました。「きれいなコレクションになるから、期待していてください」という言葉を信じて、席に着きました。すると、各国の有力ジャーナリストが続々と入ってきます。パリメンズ公式のショーとなるとやっぱり違うわと最初は軽めに思っていたのが、フロントローが海外ブランドにも劣らない顔ぶれになってくると、こっちまで先ほどの森川デザイナーのようにガッチガチに緊張してきます。

 ショーが始まると、今回は色彩豊かなカラーパレットで勝負をかけてきたのが分かりました。持ち前の個性的なテキスタイルはこの2年半の総集編のような内容で、オパール加工で生地の強弱を付けたり、リネンジャケットがコットンシャツに変化するテクニックに色のグラデーションを加えたり。きれいな花のグラフィックや、ひげやアタリをジャカードで表現したデニムなど、定着しつつあるデザインも盛り込んでいきます。ほかにもウィメンズも復活させるなど、パリで初めてショーを開催した2年半前に比べ、堂々とエレガンスを追求する姿勢に自信を感じました。これからというタイミングでパンデミックになり、世界の人たちに服を直接見てもらえない悔しさを晴らすような、快心のショーを見せてくれました。フィナーレでは歓声に包まれて、ガッチガチだった森川デザイナーが晴れやかな表情でランウエイを駆け抜けていきます。これで、「ターク」の自己紹介はきっちり果たせたと思います。各国のジャーナリストはどう感じ、記事化はされるのか。本当の勝負はこれからですが、強く確かな一歩を踏み出したのは間違いありません。

20:00「エチュード スタジオ」

 初日最後は「エチュード スタジオ(ETUDES STUDIO)」のショーです。パリ市内の最北に位置する廃線跡が会場。ゲストはプラットフォームに座り、野草生い茂る線路を歩くモデルを眺めます。自然と都会両方のライフスタイルに合うウエアを提案する「エチュード スタジオ」らしく、シャツとカーペンターパンツのスタイリングや、ジャンプスーツ、マルチポケット付きのワークジャケットに時折パンツスーツを挟み込み、ユーティリティウエアで構成されていました。リラックスシルエットのデニムやコットンキャンバスが、森を思わせるペールグリーン、木の幹のようなレッドウッド、そしてサンドカラーへと染まり、自然との親和性を感じさせます。終盤は一変して、フランスの画家ジャン=バティスト・ベルナデット(Jean-Baptiste Bernadet)が描いたアクリルカラーの色彩豊かなルックが続きます。特筆すべき新しい提案はありませんでした。ただ、パンデミック以降に都市と地方の二拠点生活を実践する人が増えた今、この層に訴求するにはいい内容なのかもしれません。

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