2023年春夏コレクションサーキットの皮切りとして、各都市のメンズ・ファッション・ウイークが開催しています。日本から渡航する関係者は多くないものの、「WWDJAPAN」は今季も現地取材を敢行し、現場から臨場感たっぷりの情報をお届けします。担当するのは、大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリの2人。パリメンズもいよいよ最終日を迎え、セレブが集う「ケンゾー(KENZO)」「セリーヌ オム(CELINE HOMME)」、日本からは「ダブレット(DOUBLET)」が登場です。
11:00 「ケンゾー」
ロンドンからスタートしたメンズ・コレクションも今日がいよいよ最終日。まずはNigoアーティスティック・ディレクターによる2シーズン目の「ケンゾー」からスタートです。ペナント型の招待状と同じく、会場内の天井からはたくさんのペナントが垂れ下がります。まるでこれからカレッジスポーツのイベントが行われるかのような、にぎやかなムードです。
そんなランウエイに登場したのは、春夏らしいマリンの要素を盛り込んだ、フレッシュなスタイル。Nigoさんらしい東京っぽさはベースにありながら、マリンの要素は1980年代のパリのクチュールからだったり、ワークウエアは30〜40年代のアメリカの鉄道労働者や軍隊の修理工だったり、スーツの仕立ては英国着想だったりと、さまざまなスタイルを融合させています。創業者へのオマージュを込めたクリエイションも継続。高田賢三氏が愛したボケの花はヒョウ柄にアレンジし、同氏が好きだった象は“ケンゾウ(Ken Zo)”としてさまざまなアイテムに刺しゅうします。ほかにも、80〜90年代のアーカイブから採用した生地、シェイプ、ディテールなどが盛りだくさん。それを次世代に向けた新しい「ケンゾー」のスタイルとしてまとめるNigoさんの編集力はかなりのもの。元々の引き出しの多さはもちろん、アーカイブの研究を重ねてきたのが伝わってきます。さらにそれをウンチクっぽくなく、軽やかに見せるエンターティナーっぷりもさすが。アフターパーティーも豪華で、綿アメからハンバーガー、タコのフライ、アイスクリームとまるで縁日のよう。まだ午前中だというのに、シャンパンに危うく手が伸びそうになりました。飲んでませんからね。
14:00 「ダブレット」
さあ、やって参りました。2020年1月以来、爆笑王「ダブレット」が2年半ぶりのパリ降臨です。ショーを重ねるたびにスケールがどんどんアップし、その分周囲の期待値も高まり、もはや自分で自分の首を絞めにかかっているような状況でどんなショーを見せてくれるのか。会場内に入ると、海水浴やバーベキュー、旅行、半裸で筋トレなどを行うエキストラたちの姿がありました。「ある意味、始まってるんで」とスタッフが教えてくれます。ある意味って何だ。ちなみに僕は、本当はこの日のために「ダブレット」の22年春夏のアイテムを持って来ていたのですが、この日は気温が20度前後と涼しかったので、つい「ジル サンダー(JIL SANDER)」の素敵なニットを着て来てしまいました。するとこの後、とんでもない返り討ちに遭うことになります。
ショーがスタートすると、エキストラたちの動きが止まってマネキン状態になりました。そんな中を、ベーシックなアイテムに過剰気味なギミックを加えたウエアをまとうモデルが次々に登場します。ジーンズのダメージをステッチや刺しゅう、転写で表現したり、デニムジャケットの袖はひざに届きそうなほど長かったり。バルマカーンコートは身頃の途中から細かいフリンジへと変化し、クロシェ編みのセットアップの色使いは、遠目で見ると局部にモザイクがかかっているようなカラーリングです。胴体が異常に長い首なし風のウエアが、今回の目玉でしょうか。演出なのか、クリエイションなのか、服そのものの仕掛けはいつもよりやや抑え目に感じました。それとも分かりにくいのか。
しかし、ここからが問題でした。途中に紙吹雪が降ってきたかと思うと、量がどんどん多くなり、さらに全然止みません。いつしか辺り一面は真っ白になっていきます。隣のベテランジャーナリストは、髪に紙を積もらせながら、涼しい顔でメモを続けています。すげえ。この演出の意図は、「4年前にシンガポールでフェイクスノーを降らせた際、初めて見る雪にはしゃぐ子供たちの笑顔が忘れられなかった。だから真夏のパリにも雪を」というもの。フィナーレで、モデルがマネキン状態のエキストラをタッチすると動き出す演出もロマンチックです。僕も雪が降り出して最初こそテンションが上がったものの、途中からある事実に気づきました。「今日、ニット着て来てしもた」と。紙吹雪が細かすぎて、ニットの編み目という編み目の隙間に入り込み、この日は終日紙まみれで取材を続けることになりました。「ダブレット」め。
15:00 「ナマチェコ」
「ダブレット」の会場からすぐ近くの「ナマチェコ(NAMACHEKO)」会場に徒歩で向かうと、髪に紙を積もらせた人がたくさんいました。もはや道端に落ちている紙吹雪をたどれば、「ナマチェコ 」の会場に着くのではないかと。しかも「ナマチェコ」は運悪く、会場となった美術学校に青いカーペットを敷く空間演出で、その上にも白い紙吹雪がパラパラ落ちています。それを(何だこれ?)という表情のスタッフが掃除機で一生懸命吸い続けています。「ダブレット」め。
さて、「ナマチェコ」の今季のテーマは“タブラ・ラサ(Tabula Rasa)”。ラテン語で白紙状態を意味し、生まれながらの人間の心には白紙のように生得観念はないという考えの言葉です。細長いライン、ねじれたドレープ、切り離したスリーブ、シグネチャーのニットと、これまでに築き上げたブランドの特徴となるデザインを詰め込み、ボディコンシャスなラインと、リラックスしたボリュームのコントラストで絶妙なバランスを取りました。社会のムードや文化に目を向けてクリエイションに取り組むディラン・ルー(Dilan Lurr)は、パンデミックを経たひさびさのショーで、白紙からの再出発という意気込みをコレクションで表現しました。コンセプチュアルであっても一つひとつのアイテムは実用的で快適に見えます。「ナマチェコ」らしさとは何かを追求しながら、服作りに深みが増していて、好印象でした。ただ、“白紙”と“紙吹雪”がまさかリンクするとは思っていなかったでしょうに。
16:00 「キコ コスタディノフ」
「キコ コスタディノフ(KIKO KOSTADINOV)」のショー会場は、超名門校のアンリ4世高等学校です。ここは紀元後506年に修道院として創設され、18世紀にフランスで初めての公立学校となった場所。歴史を感じる建物、特に木彫りの重厚なドアにロマンを感じて感激しちゃいました。そして図書館内で開いたショーで見せたのは、オスマン帝国の歴史と、ブルガリアの画家ズラテュ・ボヤジエフ(Zlatyu Georgiev)の作品を着想源にしたコレクション。ワークウエアとテーラリングを融合させた「キコ コスタディノフ」の美意識は、よりミニマルなデザインと簡潔なシルエットで表現され、「ナマチェコ」同様に、“ブランドらしさ”の本質を提示するような意志を感じます。洋服を裏返しにしたインサイドアウトのアイデアや、肩と腕を凧のように包むデザインで遊び心を見せながらも、日常着として着やすい内容でした。
17:00 「ビームス」
ショーの合間に、ビームス(BEAMS)の展示会に行きました。主に「ビームス プラス(BEAMS +)」の展示がメインで、「ビームスボーイ(BEAMS BOY)」「フェルメリストビームス(VERMEERIST BEAMS)」「ビームス ジャパン(BEAMS JAPAN)」など自社ブランドで構成する合同展で、海外市場開拓を狙います。2020年1月にパリで「ビームス プラス」を初出展したものの、パンデミックによって2年半ぶりの出展となりました。展示する商品数の充実ぶりから、気合の入れようを感じます。アポイントは5日間で80以上あり、手応えを感じているようです。日本発のレーベルとして、今後のアクションに期待したいです。
18:00 「トム ブラウン」
「トム ブラウン(THOM BROWNE)」は5つ星ホテル、クリヨン(Crillon)を会場に選びました。ショーは、クチュールコレクションを見に来たゲストが遅れて着席するという演出でスタート。マリサ・ベレンソン(Marisa Berenson)やサーシャ・ピヴォヴァロヴァ(Sasha Pivovarova)といった女優やスーパーモデルが、私たち一般ゲストの中に混ざってショーを観覧します。
コレクションもクチュールにインスパイアされて、南フランスで特注したマルチカラーのプーフツイードなど、手作業によるぜいたくな生地で作ったスーツが軸となります。パンツとスカートのウエストは腰より下にずれて、ブリーフが露わに!というか、見えてませんか。クラシックな生地と仕立てとは対照的なギリギリの露出と、パンク風のヘアスタイル。男性性と女性性の境界線の曖昧さを、色鮮やかなツイードで飾り立てることで表現していたようです。詳しくは、フォトグラファーの土屋航さんによる衝撃的なバックステージ写真をご覧ください。ルックによっては目のやり場に困りつつも、ショーは存分に楽しみました。
21:30 「セリーヌ オム」
いよいよ、パリメンズのラストを飾る「セリーヌ オム」のショーが始まります。ショーの2、3日前から「会場にはBTSのテテことVと、BLACKPINKのLISA(リサ)が来るらしい」といろいろな人が噂をしています。世界的スターを見られるかもしれない楽しみがある反面、恐ろしさもありました。だって、メディアとして来ている以上はパパラッチに行かないとだめですから。日本からもメンションが飛んできます。当日、会場となった美術館のパレ・ド・トーキョー(Plais de Tokyo)には、予想をはるかに越える人数のファンが集まっていました。ゲストの誰に聞いても、ここまでの状態は見たことがないと圧倒されています。だって、一般のスタッフが通路を通るだけで歓声が上がるんですよ。信じられません。本当にこんな状態で自分のiPhoneにおさめられるのか、ますます不安になります。
意を決して場内に入るも、テテも、LISAも、俳優パク・ボゴム(Park Bogum)の姿もありません。エディ・レッドメイン(Eddie Redmayne)やトーマス・ブロディ・サングスター(Thomas Brodie-Sangster)、僕が大好きなミュージシャンのケヴィン・パーカー(Kevin Parker)らは着席しているのに。まさか、ただの噂だったのかもとちょっと安心しかけたところに、外から地鳴りのような大歓声が湧き上がります。3人が来てしまいました。慌てて席を立ちiPhoneを構えるも、そこから先は必死すぎてあまり覚えていません。写真も動画も、何とか撮影できていたようです。
肝心のショーは、とても素晴らしかったんです。タイトルを”DYSFUNCTIONAL BAUHAUS”と題し、近年のエディ・スリマン(Hedi Slimane)=アーティスティック、クリエイティブ&イメージディレクターのクリエイションを集めたベスト版のような内容でした。最近のクチュール的アプローチに加え、「サンローラン(SAINT LAURENT)」時代を思わせるアメリカ西海岸のスケーターだったり、「ディオール オム(DIOR HOMME)」時代のような艶っぽいテキスタイルの使い方だったり、ボクシーなスーツや、ワイドなジーンズから装飾がジャラジャラ付いたバイカージャケット、前下がりで重心の位置が低いコートまで、ビンテージアイテムに着想を得た豊富なアイテムを、今の「セリーヌ」っぽくスタイリングしてしまうバランス感で新旧のファンをうならせます。ショー後は興奮冷めやらぬ状態で、エディ好きのランウエイフォトグラファーと「いいもの見たね」とがっちり握手していました。
決して広くないパレ・ド・トーキョーを会場に選んだのも、理由がありました。エディは20年前の02年1月に、「ディオール オム」02-03年秋冬シーズンのショーをパレ・ド・トーキョーで開きました。それから20周年を迎えた今回、世界のアーティストたちのプラットホームであり続けた施設に敬意を込めると共に、今この瞬間のクリエイションも記憶しておきたいと考えたため、思い出の場所をランウエイに選んだのです。各時代の要素を感じたのは、そのためかもしれませんね。フィナーレに登場したエディは、少しほほえんでいました。ああ、本当は彼のクリエイションに没入したかったのに、別のミッションによってそうもいきません。翌日以降も、各メディアを飾るのはセレブばかり。コレクション、めちゃかっこよかったのに!と少し複雑な気持ちになります。ただ、時代を鋭く読む解くエディですから、こういう特殊なポップカルチャーをもクリエイションと共に記憶に刻む、という計算なのかもしれません。会場を出ると、割れんばかりの「LISA!LISA!」コールと共に、もみくちゃになりました。そして、ショーを見たというだけで外にいたファンから記念撮影を求められました。確かに圧倒はされたけど、ファン一人一人の幸せそうな顔はいいなと思いふけりながら、パリメンズ最後の夜が過ぎていきました。