「ロンリネスブックス」PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
潟見陽
PROFILE:(かたみ・よう)グラフィック・デザイナー/書店オーナー。映画のポスターや、広告、本の装丁のデザインを行っている。また自身がオーナーを務める東京・大久保の書店兼ライブラリー「ロンリネスブックス」では、これまでに世界中から集めたジンや本、グッズなどを閲覧・購入することができる
東京・大久保のアパートの一室に構えるのが、週末限定の予約制ブックストア、ロンリネスブックス(Loneliness Books)だ。同店には、アジア各国からクィアやジェンダー、フェミニズム、孤独や連帯にまつわる本やジン、クィア映画のグッズやポスターなど、注目の新作から、中古や古本などの一点ものまでが並ぶ。室内は同店を運営する潟見陽オーナーの自宅も兼ねており、グラフィックデザインや映画に精通する同氏だからこそ作れる安心感のある空間だ。寂しさを意味する店名の“ロンリネス”は、友人の「潟見くんがやるならロンリネスじゃない?」の一言で決まった。「孤独だからこそ、それをかてにして誰かとつながろうとするから、ポジティブな意味もある」という。
今回は、ファッション&ビューティ業界に届けたい書籍を潟見オーナーに選んでもらった。ファッション&ビューティ業界ではジェンダー規範を打ち破るような取り組みが見られ、マイノリティーが多くいる。だからこそジェンダーについてもっと理解が深まるものや、新たな知見となるもの、ファッション&ビューティに関連性が高く楽しめそうなもの、という観点から選んだ4冊を紹介する。
後編は若者に贈る4冊を紹介>>>
ファッション&ビューティ業界人に贈る!
ジェンダーとLGBTQ+の視点から社会問題を解き明かす本4冊
1/1
毛魚(モア)「坊やよ」日本語訳版 著者:モ・ジミン(More Zmin)
ソウルを拠点とするドラァグアーティスト、モアの自伝的なエッセイから、一章を日本語に翻訳してZINEにしたもの。世の中に対する思いや怒りをぶつけている中から、「坊やよ」をチョイスしました。表紙では、同性愛が法律により処罰される約71カ国の国旗で作られた16メートルのドレスを着用。オランダの「アムステルダム・レインボー・ドレス・ファウンデーション(Amsterdam Rainbow Dress Foundation)」が手掛けたもので、モアは2018年のソウル・クィア・パレードでこれを着用しています。当時、ソウル市庁前で撮影したポートレートのカードも同封されている一冊です。
これを選んだ理由は、政治や社会情勢について、ファッションならではの伝え方や見せ方、語れる部分があると信じているから。活字や映像は「見よう」と思う人だけに届くけど、ファッションは身近なもので、誰もが見る。社会問題のことなどをもっとアピールできるのではないかなという願いを込めて選びました。モア自身、ドラァグクイーンとしてのパフォーマンスも素晴らしく、「自分は自分」のスタンスを貫いています。近年は社会課題をドラァグ界隈でも自分ごとと捉え、自分の問題やコミュニティーの問題を語る人が増えてきた印象です。それでも、足りない部分はある。モアの取り組みは、モデルケースとして尊敬できます。
1/1
違和感(IWAKAN)
世の中の当たり前に違和感を表明しようという思いでスタートしたマガジンです。日本にもこれまでゲイ雑誌などはありましたが、ファッションやアートの表現で社会や政治を語るクィアマガジンがなかなかありませんでした。この本はプロダクトとしても“魅せる”ことができる一冊。日本からこういう本が出てきたことに希望を感じています。意見を表明する若者のコンテンツが詰まっていて、若い人のリアルな声が感じ取れます。
1/1
トレーラー・ジン(Trailer Zine) 著者:キム・サンウ(KIM SANG-WOO)
東京でクィアカルチャーに関わる活動をしている、さまざまなバックグラウンドを持った人たちのポートレートと、インタビューを掲載したZINEです。一人一人に聞いて集めた一冊を、もっとみんなに知ってほしいと思い選びました。このZINEでは、LGBTQ+コミュニティーや、クラブ、メディアで目にするイメージとは別に、個人の背景や世の中への考えなどを赤裸々に掲載しています。ファッションというと、その装いや煌びやかなところに焦点が当たりがちですが、スピリットや思いが伝わるといいなと思いました。
このZINEをきっかけにアウトプットに変化が生まれるかもしれないし、ファッションで政治的なことを語ってもいいし、社会課題についてもっとアクションを起こしてもいいのかなと考えるきっかけになってほしいです。
1/1
せかいでさいしょにズボンをはいた女の子 著者:キース・ネグレー(Keith Negley)
キュートなタッチで描かれた絵本で、入口はまろやかですが、内容はかなり骨太。アメリカで女性がパンツスタイルを認められていなかった時代に、スカートを履くことを拒否してパンツを履き続けた女性の子供時代を描いています。当時はパンツを履いていると逮捕されることもあったんです。洋服にまつわるジェンダー感や、「男の子/女の子はこうしなさい」と違和感を覚える事柄に対して、「おかしいって言っていいんだ!」と背中を押してくれる本です。ファッションが好きな人が植え付けられた価値観で苦しんでいるとしたら、自分のあり方を負けずに貫いてほしいという願いを込めています。過去から闘ってきている人がいることを知るだけで勇気につながるのではないでしょうか。
【選書にあたって/あとがき】
潟見オーナー PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
今回「ファッション&ビューティ業界に贈る4冊」を選ぶ上で、欧米を起点にこの業界が政治的なアクションをやっているのは知っていたので、応援の気持ちを込めて選びました。日本で日常的に見る広告は未だルッキズムを強化するものが多く、悪影響を生んでいるのではないでしょうか。課題を抱えている部分はまだまだありす。今回の選書にはこの業界を目指す人や、業界人にとって政治的アクションを起こすきっかけ、違和感を感じていいんだと肯定される本が並びます。今のロンリネスブックスは書店兼ライブラリースペースですが、今後は店舗にしたいですね。
【ロンリネスブックスとは】
店内の様子 PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
潟見オーナーは、映画ポスターやパンフレットを手掛けるグラフィックデザイナーでもあり、自ら出版物を手掛けることもある。週に1回バーテンダーをしている新宿のバーで、毎週1〜2冊をピックアップして紹介したり、ブックショップを昼間に開催したりしている。クィアやジェンダーの出版物に興味が向いたのは、2011〜12年ごろ。LGBTQ+コミュニティーの定期創刊物のデザインの依頼や、周りの友人らと話していくうちに、自身でも制作しながらそれらに深く関わるようになっていった。社会問題や同性婚についての対話が増え、自身もLGBTQ+コミュニティーに属する当事者として、このトピックスにまつわる対話を増やしていきたいという願いで運営する。
書店オープンのきっかけは、2019年に東京レインボーパレードにクィア当事者やクィアな事柄を扱うブースに知人らとともに出展したこと。もともと本やジンを集めるのが好きで、それを多くの人にも届けたいという思いで始めた。2015年ごろから韓国や台湾のクィアやジェンダーについて扱う書籍を現地で見たり、製作者らと交流したりし、東アジアのジェンダーやクィアの出版物をキーワードにそろえた。東アジアでは若い世代を中心に出版物を通じて幅広い表現が行われており、それに刺激を受けたという。その後、自宅兼事務所だった大久保のアパートの一室にロンリネスブックスを開いた。店内にはジェンダーだけでなく、アジアのカルチャーを扱う書籍も多い。多国籍な大久保ならではの空気を、ストアに凝縮したいと考えているそうだ。
予約制にしたことで、安心感のある空間として好評だ。時間のスロットは約2時間。来店者は本を読んだり、友達と話したりして、たっぷり2時間を過ごすことがほとんど。予約者と同行する人のみ入店可能なので、ほかの客と会うことはない。「居心地が良く、ずっとここにいたい」という感想が多く寄せられるといい、書店の空間を活用して、プロジェクターを使った映画上映会も開催している。