オートクチュールをルーツに持つフランスのラグジュアリーメゾン「バレンシアガ(BALENCIAGA)」は現在、ストリートカルチャーやゲーム、NFTを含む最新のデジタルにも強いブランドとして独特のポジションを築いている。同ブランドが対象とするのは、クリエイションも顧客もいわば360°の全方位。デムナ(Demna)=アーティスティック・ディレクターと共に「バレンシアガ」の新章を開く、セドリック・シャルビ(Cédric Charbit)=バレンシアガ社長兼最高経営責任者(CEO)にその戦略を聞いた。(編集統括サステナビリティディレクター 向千鶴)
PROFILE:トゥールーズ・ビジネススクールを卒業後、2001年にプランタン・デパートでバイヤーとしてキャリアをスタートする。09年以降、「エミリオ・プッチ」「イヴ・サンローラン」といったラグジュアリーブランドでの要職を経て、16年11月に現職就任。19年7月、ケリング執行委員会の一員となった PHOTO:EZRA PETRONIO
WWDJAPAN(以下、WWD):この時代に、なぜオートクチュールを復活させたのか?
セドリック・シャルビ=バレンシアガ社長兼最高経営責任者(以下、シャルビ):「バレンシアガ」の旅は105年前に、クチュールメゾンとして始まった。創業者のクリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)は“クチュリエの中のクチュリエ”と呼ばれ、私たちが今知るオートクチュールをある意味“発明”し、ファッションの歴史に大きな影響を与えた人。その伝統とポジションが今も「バレンシアガ」というブランドを特別なものとしている。デムナと初めて会ったとき、「この人ならこの遺産、創造と革新、そして時代を超越したものを未来に伝えることができる」と直感した。だからデムナが私のところに来て、「もう一度クチュールを探求したい」と言ったとき、それは私にとって夢のような出来事だった。この極めて重要な支柱をメゾンに戻すことができてうれしい。私たちは今、モダンラグジュアリーを再定義し、ブランドの未来のための土台を築いているところだ。
WWD:クチュールのショーの規模は他と比べてもかなり小さく、エクスクルーシブだが、親密さにこだわる理由は?
シャルビ:会場は、もともとクリストバル・バレンシアガのクチュールサロンだった場所。当時はクリストバル本人が顧客やプレスにクチュールコレクションを披露していた。歴史的かつ、エモーショナルなアドレスだから、親密さを保ちつつ、クチュールらしいプレゼンテーションにしたかった。ショーのチケットは3000のリクエストがあったが、招待できたのは150人。同時に、デジタル上のインパクトは1週間で53億インプレッションを獲得した。現代は親密な関係を築きながら、広い範囲にリーチすることができる興味深い時代なのだ。「バレンシアガ」のラグジュアリーの定義は、包括的で同時に非常にエクスクルーシブであること。これこそ、デムナが進めるクチュールの現代化だ。
WWD:「高級仕立て服」とリテールは相いれない組み合わせに思えるが、クチュールストアをオープンした理由は?
シャルビ:このストアは、クチュールをより身近に感じてもらうための、現代的なアプローチだ。従来はクチュール顧客でなければクチュリエと接することはほぼ不可能だったから、クライアントとクチュールの間に欠けていたリンクを確立することができたと思う。また、これはわれわれにとってブランドの位置づけを、“ハイ”から“タイムレス”へと転換させ、新しい章を始める戦略の一部でもある。価格、野心、欲望、製品サービスへの期待に制限のないクチュールの顧客を持つという、パワフルな“文化”がここで築かれる。
WWD:5月にはニューヨークで2023年スプリング・コレクションを発表し、オーセンティックなメンズとウィメンズの “ギャルデローブ”と「アディダス(ADIDAS)」とのコラボレーションという対極な2ラインを同時に披露した。
シャルビ:それはまさに「バレンシアガ」の世界観、私たちのビジョンだ。ある時はスニーカーを履き、同じ日に“ギャルデローブ”のような服を着て仕事をするのが現代だからね。それに、 ショーで見せたフェイスマスクは衝撃的だったと思う。デムナは見る者に、最初に衝撃を与える。それは非常にクリエイティブだったり、過激であったり、破壊的なものだったりする。見たこともない美しいビジョンかもしれない。いずれにしても衝撃はやがて時代を超えていく。私たちが今日愛しているものの多くは、この世に登場した最初は衝撃的で、その後に定番や古典となったもの。クリストバルのアーカイブを見ればそれが分かる。発表当初は「極端すぎるデザイン」などと批判されたものが、時代を超越しオーセンティックとなっているから。デムナにもまた、いつの日か古典となる衝撃を創り出す才能がある。
WWD:クチュールから「フォートナイト(FORTNITE)」までビジネスは幅広い。あなたは顧客をオーディエンス(観客)と呼び、以前、「バレンシアガ」のビジネスを“プラットフォーム”と表現した。
シャルビ:「バレンシアガ」をプラットフォームと呼ぶのは、ここには洋服や靴、バッグに限らず、多くのレベルでのクリエイティビティを結集しているから。自分自身を表現するために新しい領域を開拓できる文化とも言い換えられる。例えばゲームは現代文化の一部だ。私たちは、ブランドコミュニティーの中と外のオーディエンスが何に興味を持ち、何を伝えることができるかを探っている。22年春夏コレクションでの「ザ・シンプソンズ(THE SIMPSONS)」とのコラボは、表現方法がショーに限定されない良い例で、私たちは新しい領域を広げることができた。年齢に関係なく、オープンマインドで同時代に生きる人々との関係性を維持するために、ブランドは常に境界を押し広げる必要がある。
WWD:メタバースは今後、ビジネスで実益をもたらすと考えるか?それともコミュニケーションやマーケティングの一端だろうか?
シャルビ:私はメタバースを新しい国、探求すべき新たな冒険の場ととらえている。今後間違いなくビジネスになり、社会に影響を与えるものだ。メタバースとリンクする技術はまだ十分とは言えないが、スマートフォンというシンプルなツールで私たちの日常生活に影響を与えることができる。そして、現在ここには、多くの面白いクリエイターが集まっている。ビジネスチャンスだけでなく、ブランドと消費者行動のあり方を変える重要なデジタル文化のシフトだ。それを見越して前進したい。
今年から店頭でのマークダウンをやめる
WWD:顧客はZ世代から大人まで幅広く見える。現在の顧客の年齢の分布、男女比は?
シャルビ:国にもよるが、顧客の60〜70%がミレニアルとZ世代でかなり若い。しかし年齢を超えて顧客に共通しているのは、新しさや画期的なコンセプト、他とは違うものを求めることだ。
WWD:売上高の推移やアイテム別構成比は?
シャルビ:具体的な数字は答えられないが、言えるのは、私が入社した9年前から社員は業績を伸ばし、ラグジュアリー市場に実績を残してきたということ。メンズとウィメンズの成長は等しく、特に好調なのはバッグとアクセサリー。また一人の顧客が使う金額が年々高まっていることも好調の要因だ。
確実な成長をベースに、実は今年から店頭でのマークダウンをやめることにした。ここで初めて話すが、とても重要なこと。成長のためにブランド力を高めるのはもちろん大事だが、小売りでの実行も重要。マークダウンの取りやめはそのために大切なことだ。日本では、流通の一部を見直し、私たちのプレゼンスをさらに高める。
日本はノブ(金子信隆バレンシアガジャパンCEO)のリーダーシップの下、パンデミック下でも拡大してきた。7月に日本を訪れ、青山店のスケールの大きさとデザインのレベルの高さに感動した。新コンセプトを導入した店であり、ズームでは何度も見ていたが、目の当たりにすると違う。素晴らしく強固なプラットフォームだ。日本の顧客の要求は進化しており、クリエイティビティとラグジュアリーの対極を楽しみ、アクセサリーやプレタポルテに非常に興味を示していることも改めて分かった。