毎年6月は「プライド月間(Pride Month)」として、LGBTQ+(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーなどの性的少数者)コミュニティーを祝うパレードや、権利啓発のイベントが開催される。ファッション&ビューティ業界では、多くのブランドがLGBTQ+コミュニティーを象徴するレインボーモチーフのアイテムを発売し、その利益をコミュニティーの支援に充てるなどしてよりインクルーシブ(包括的)な社会・環境を目指しているが、年間を通してはどのような支援ができるのか。LGBTQ+コミュニティーの中でも、トランスジェンダーの人を取り巻く労働環境を考え、具体的に取り組めることを紹介する。(この記事はWWDジャパン2022年8月1日号からの抜粋です)
年間を通した実質的な取り組みとして挙げられるのは、まずクィア(性的少数者)なデザイナーたちとコラボレーションをしたり、多くのジェンダーのモデルを起用したりすること。小売業者であれば、LGBTQ+コミュニティーに属する人が運営するブランドから仕入れることを意識するのもいいだろう。支援を行う団体への継続的な寄付活動に加えて、社内体制を整えるのも重要な一歩だ。LGBTQ+コミュニティーの権利平等を掲げる団体「ヒューマン ライツ キャンペーン(HUMAN RIGHTS CAMPAIGN)」」は企業向けに、体制がどれだけ平等であるかをチェックできる指標、コーポレート・イクオリティー・インデックス(以下、CEI)を設けている。例えば、同性愛者に対する異性愛者と同等のパートナー支援および福利厚生制度の有無や、トランスジェンダーの人に対する平等なヘルスケアの提供などが項目としてある。
トランスジェンダーの人も含むヘルスケアの在り方は一概に線引きができるものではなく、その個人によって必要なケアが異なるので定義が難しいものとされている。ウォルマート(WALMART)では過去数年にわたって、「ヒューマン ライツ キャンペーン」の定める指標を完璧に満たすヘルスケアポリシーを掲げているが、性別適合手術やホルモン療法、カウンセリング費用などがこれらに含まれる一方で、「医学的に必要と判断しない美容整形手術はカバーしない」としている。2022年時点での福利厚生の冊子では「ジェンダー・ディスフォリア(性別違和)を改善する医学的に必要な措置」を全てカバーしていると説明しているが、312ページにわたる資料の中でどういった手術が“医学的に必要”または“美容整形”と判断されるかは明記していない。
“医学的に必要”な 保険治療とは?
アメリカの医療制度や保険制度を支える根底の考えの一つに、医学的必要性がある。これは科学的根拠に基づいた標準治療をベースに、合理的で必要もしくは適切であると判断される医療行為を定める際に用いられ、医療保険の給付支払基準や福利厚生のあり方などに影響を持つ。米医療保険会社エトナは、ジェンダー適合のための複数の手術を、条件付きで「医学的に必要」としてカバーしている。脱毛や喉仏除去、顔面を女性的にする手術、声帯手術、音声治療、発声練習および脂肪吸引といった計35の手術行為は「医学的に必要ではなく、美容整形に当たる」としている。
薬学や心理学、ソーシャルワークなどに精通する専門家を通してトランスジェンダーの健康にまつわる書籍の出版や研究を行う非営利団体の世界トランスジェンダー・ヘルス専門協会(The World Professional Association for Transgender Health)は、“医学的に必要”なトランスジェンダーのヘルスケアについて、性別適合手術(性器や胸部の手術)だけでなく、ホルモン治療、メンタルヘルスケアなども含めて考えることを推奨している。脱毛や喉仏除去、声帯手術、顔面を女性的にする手術、音声治療、発声練習および脂肪吸引なども医学的に必要だとする考えだ。ただ実際に保険制度を定める際に“医学的に必要”とされる保障内容は、最終的には保険会社の判断に委ねられており、トランスジェンダーの人にとって重要な多くの医療措置が“美容整形手術”と見なされカバーされていない現状がある。
より包括的なケアのために、企業としてできることは?
こういった流動的で企業ごとに定義が異なる状況は、トランスジェンダーの当事者にとって仕事の選択に影響があることはもちろん、それらについて尋ねること自体が本人の意図しない形でのカミングアウトにつながってしまう恐れがある。「ヒューマン ライツ キャンペーン」は23年にヘルスケアの指標を変更する予定で、新たな水準でフルスコアを満たすには、医療脱毛や喉仏除去・縮小、顔面を女性的にする手術、音声治療、発声練習、女性的および男性的な体脂肪吸引手術、それらに関連する旅費や宿泊費のうち、5つはカバーするよう指定している。
これらを踏まえると、ファッションやビューティ企業としてできることは、専門家らによる水準に基づいた健康保険の用意に加えて、その内容を明確にして多様な保険の選択肢があることを従業員に伝え、すぐに利用できる体制を整えることだ。ほかにも、短期医療休暇やメンタルヘルスに関する福利厚生、ホルモン補充療法などの医療保障、通院費用の保障や性別適合手術の検査サービスの用意なども考慮した仕組み作りが提案されている。
アメリカでは今後、性別違和を持つ人のためのジェンダー・アファメーション・ケア(Gender-affirming care)に関する法的義務がさらに変わる可能性がある。国民皆保険制度ではない同国では、医療保険制度改革法(ACA)の差別禁止に関する条項である第1557条を、従業員退職所得保障法(ERISA)と連動させるよう求める動きなどが見られている。
ナショナル センター フォー トランスジェンダー イクオリティー(National Center for Transgender Equality)のD.オジェダ(D. Ojeda)=シニア・ナショナル・オーガナイザーは、「細かいルールは未定だが、政治情勢がより包括的なケアのあり方を模索しているのは確か。こうした時流を読み、それに乗るのも企業として大事なことだろう」と語った。
翻訳者ノート
LGBTQ+は、レズビアンやゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーなどの性的マイノリティーを包括する言葉。ただこれは性的指向(好きになる性)や性自認(自分の性)が一緒になっているので、企業として保険制度などを見直すときは分けて考えた方がいいとされている。この記事のメインとなっているトランスジェンダーは、出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認がある人を指す。好きになる性ではなく、自分の性やアイデンティティーについてのトピックだ。SOGIと呼ばれる、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)について知っているとより深い理解につながるはず。性別違和は性同一性障害に代わる言葉として現在は使用されており、自身のアイデンティティーと出生時に割り当てられた性別に違和感がある人全般が体験するものを指す。男女という2つの性別だけで自身のジェンダーを捉えないノンバイナリーの人も含まれるようになり、必ずしも“治さなければいけない病気”であったり、“どちらかの性別にしなければいけない”という考えを含まない言葉が主流になっている。