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10年かけ全国300カ所のショッピングモールを撮影、小野啓が見た「新しい日本の原風景」

 小野啓は、最も忍耐強くストイックな写真家の一人だ。今年1月に出版した「モール」(赤々舎、2022)は、約10年をかけて累計で全国300カ所近くの大型ショッピングモールを回って撮影した。同書には中判のブローニーフィルムで撮影されたほぼトリミングなしの6×7比の約100枚の写真が収められ、巨大なモールをすっぽり収めた遠景から、住宅が重なりの中に顔を出すモールの外観、館内の中を行き交う人たち、無味乾燥にも見える画一的なモール外観まで、ショッピングモールを軸にさまざまな風景が映し出されている。小野啓はなぜ「モール」を撮り始めたのか。10年以上撮り続けた小野は、その目で何を見たのか。全国のモール300カ所を回った小野啓が一番最初に撮影に訪れた場所という、日本最大の大型ショッピングモール「レイクタウン」(埼玉県越谷市)で聞いた。

WWDJAPAN:「モール」のあとがきの中で、ショッピングモールを撮影するきっかけは「青い光」や「NEW TEXT」で撮影している高校生たちから撮影場所に指定されることが増えたからだと書いてある。本格的に撮影を始めたのは?

小野啓(以下、小野):2012年からです。基本的には10万㎡以上の敷地面積のある大型モールをネットで検索して、北は青森から、南は鹿児島まで、10年くらいかけて合計で200〜300カ所くらいのモールを撮影しました。中には複数回訪れているところもあるので、正確に何カ所かと言われると答えづらいですが、北海道と沖縄を除く大半の大型モールは行ったと思います。

WWD:撮影するモールはどう決めた?

小野:ショッピングモールをテーマに撮影をしようと思い、最初にこのレイクタウンを訪れたときに、あまりの大きさに圧倒されました。同時に巨大な箱のような得体の知れない建築物でありながら、無個性などこにでもある外観が面白くて、まずは日本全国のいろんな大型ショッピングモールに行って撮影してみよう、と。

WWD:モールの大きな特徴の一つが、その無個性さ。撮影する中で、途中で「飽きる」ということはなかったのか。

小野:むしろ、それは逆です。僕も最初は外観だけを見れば無個性だと感じましたが、実際に訪れてみればモールのある場所も人も、全部が違う。厳密に言えば中に入っているショップもそれぞれ微妙に異なる。大抵のモールは自動車じゃないと行きづらい場所にあるので、シャトルバスなんかに乗っていくのですが、車窓から見える風景もそれぞれに全然違うんです。もちろん幹線道路からのアクセスがいいとか、外観とか、テナント構成とか、共通点も多いかもしれませんが、すべてのモールにはそれぞれの存在意義や理由みたいなものがあると感じました。あと僕は基本的に、トリミングや過度な色調整をしません。それは写真家の態度だと思っているからです。この「モール」の写真は共通点も差異も、あえて強調したりはせず、あるがままそのままを写し取りったつもりです。

WWD:撮影のやり方は?

小野:誰かにお願いされて撮影するわけではないので、当たり前ですが、基本的には自腹で、月に2〜3回、時間を見つけて回っていました。最初の頃は何かのついでに、ということもやりましたが、カメラをリュックに詰め、三脚も持ち運ぶとなると10kg以上の機材を抱えて、モールの周辺も含めて歩き回るのでかなり体力を消耗しました。とてもじゃないけど複数のモールを回ったり、他のプロジェクトや仕事と一緒にもできなかったですね。だから、とにかく撮影に全力を注ぎたかったものの、お金も節約しなければならなかったので、行きは特急に乗って、帰りは深夜バスでみたいな旅程です。撮影の後はいつもクタクタでした。モールは全国に点在しているので、色んな場所を巡ったことは巡ったものの、正直観光などはまったくできなかったですね。

WWD:撮影のときに苦労した点は?

小野:撮影時、大半の時間はポイントを見つけるために歩き回っていました。先ほども言ったように、モールにも立地や場所など、それぞれの個性がある。それを見つけ出すためには、周辺も館内も含め、とにかく歩き回るしかない。その上で広大なモールの無数にある撮影ポイントを見つけなければならない。例えば外観を撮るときには住宅街が周りにあったり、季節によっては樹木で隠れてしまったり。それに基本的に大型モールは高さに比べて横幅が大きいので引きで撮ると画角がアンバランスになってしまう。館内に行けば、時間によって人が多かったり少なかったりもする。だから長時間歩き回っているけどシャッターを押す瞬間やポイントは、ある意味一瞬しかない。なので心身ともに疲れました。どうでもいいかもしれませんが、モールならではの設備、例えば荷物を入れたカートごと保管できる「カートロッカー」はとても重宝しました(笑)。

WWD:機材は?

小野:メーンが「マミヤ7-Ⅱ」で、館内用のサブ機として「コンタックス645」を使いました。できるだけ画質の高いカメラであるのと同時に、周囲数kmにも及ぶ大型モールの周辺を持ち運びながら歩き回って撮影できる、ということも重要でした。

WWD:印象的だったモールは?

小野:一番はやはり、「モール」を作ることを決めるきっかけにもなった、この「レイクタウン」です。もう何回も来ていますが、訪れるたびに発見がある。もう一つは「ピエリ守山」です。ここには1度訪れた後にかなり異質な状態になっているという噂を聞いて再訪したのですが、行ってみて驚きました。人がおらず、多くのテナントが閉店状態だった時期があり、綺麗な廃墟という印象でした。モールの光と影のようなものを感じました。

WWD:10年をかけたモール撮影プロジェクトの区切りはどうつけたのか?

小野:毎年のように新しいモールができる一方で、「ピエリ守山」のように廃墟化するモールも出てきた。その一方で撮影を続けていると、モールの中には福祉施設や公共機関が入るようにもなっていて、モール自体がコミュニティーを生み出したり、その核になり、かつてのように異質なものではなくなってきた。例えば僕は今年で44歳で滋賀県の出身なのですが、僕が中学生・高校生くらいのときは地元で時間を潰したり、遊んだり、溜まったりする場所って駅前のゲーセンだったり、商店街だったりしたんですよね。でも今の高校生くらいの世代にとって、そうした場所がモールになっている。もうファーストプレイスであって、青春時代の思い出の中には常にモールがあると思うんです。この10年は、モールがそうやって原風景へと移り変わるタイミングで、その変化を撮影してきた。撮影の区切りが何かと言われれば、モールが僕らの生活の中に深く根ざすようになったと感じたから。ここでいったん区切れると感じたんです。あと、細かいことかもしれませんが、2020年3月以降に撮影した写真に映るひとたちは全員マスクをしている。むしろモールのような場所でマスクをしていないコト自体が今見ると違和感がありますよね。

WWD:写真の並びやセレクトは?

小野:ベタ焼きから100枚くらいセレクトした写真を基準に、編集者と何度も話し合いながら、これまでに撮ったものを振り返ったり、新たに撮り足したり、を何度も繰り返しました。実は編集作業は2年くらいかかっていて、途中で本当にできあがるのか、とも思ったり(笑)。ただ、そのおかげでコロナ禍のモールも入れられた。写真の構成は遠景から始まって徐々に近づいていって、館内の風景と行き来する人、そしてまた引いて周辺などへと広がっていくイメージにしています。解説には著書「都市と消費とディズニーの夢 ショッピングモーライゼーションの時代」(角川書店)で知られる速水健朗さんに、デザインはグルーヴィジョンズにお願いしました。

WWD:この「モール」も10年をかけているが、ライフワークのように続けている全国の高校性を撮影する「NEW TEXT」も今年で20年になる。写真集になるのかわからない中で撮り始めて、長く続ける中で途中で不安になることは?

小野:それはなりますよ。最終的に納得できる作品になるのか、果たして出版できるのか、モールに向かう途中の電車の中で、何やってるんだろうとふと思ったり。そんな不安は常にあります。でもモールが近づいてくれば、撮影のことしか考えられなくなります。いずれにしろ、こればっかりは自分で自分を信じてやりきるしかない。だからこそ、納得できるまでやりきる、という感じです。

WWD:この10年を振り返って、日本は何が変わり、何が変わらなかったのでしょう?

小野:うーん。僕の個人の制作に関して言えば「NEW TEXT」は、明らかにコミュニケーションツールが変わりました。「NEW TEXT」は場所を問わず、リクエストをもらって全国どこへでも高校生を撮影しに行くプロジェクトなのですが、以前はウェブサイトで募集をかけてメールでやり取りしていたのが、いまはほとんどインスタグラム経由です。メールだと文章でのやり取りですが、インスタグラムだと文字のやり取りみたいになって、以前に比べて熱量というか、感情が見えにくくなった実感があります。ただ実際に会うと、人間性や内面にある若いからこそのほとばしるような感情そのものはあまり変わらない。つまり、ネットを介したコミュニケーションは前よりも難しくなったなあと。あと、高校生に関して言えば今はやっぱりコロナの影響が大きいと思います。外出もままらなず、イベントも軒並み制限されるか、あるいは中止になった。かけがえのない貴重な時間を奪われた、という感覚は強いと思います。

WWD:最後に全国のショッピングモールの関係者にメッセージを。

小野:モールはあまりにも当たり前の存在になりすぎているせいもあるのかもしれませんが、意外とモール社会的に捉えて語る機会や文章って実は少ないように思います。写真集にしても僕のこの「モール」以外に、モールそのものを主体に捉えたものはほとんどないんじゃないかな。単なる希望ではありますが、この写真集の巡回展を、僕が全国のモールで撮影したように、全国のモールでやってみたいし、実際の関係者ほどではないかもしれませんが、僕もモールについては写真家としては誰よりも考えたつもりです。ぜひそのときにはその関係者と一緒にトークイベントなどもやってみたいですね。

■小野啓 写真集「モール」
発行:赤々舎
ISBN:978-4-86541-139-3
定価:3000円+税

■小野啓 「モール」写真展
日程:2022年9月27日〜10月9日
時間:12:00〜19:00
定休日:月曜日
場所: TOTEM POLE PHOTO GALLERY
住所:〒160-0004 東京都新宿区四谷四丁目22 第二富士川ビル1F
入場料:無料

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