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世界最大の時計オンラインマーケットプレイスが日本法人設立 時計バブルをさらに煽る懸念も

 新品からアンティークまで、約50万点の時計が出品・取引されている「世界最大の高級時計専門オンラインマーケットプレイス」の「クロノ24(CHRONO)」がこのほど、日本法人の設立を発表した。2022年7月末の時点で、月に約900万人がサイトを訪れ、世界100カ国以上から3000以上のディーラー(販売業者)と、3万人以上の個人販売者が参加しているという。

 同社は03年にドイツで時計のポータルサイトとして誕生したが、10年にティム・シュトラッケ(Tim Stracke)CEOら現経営陣が買収。21年にはブライベート・エクイティ(未上場企業や不動産に投資する投資ファンド)から1億1700万ドル(約152億円)の資金調達に成功し、会社の時価評価額も約10億ドル(約1300億円)と一気に高まった。これを受けて世界100カ国で展開しているビジネスの事業拡大・強化に乗り出し、「新品アンティークを問わず、時計の販売や購入を考える人々すべてがアクセスする時計ビジネスの全世界的なプラットフォーム」を目指している。今回の日本支社設立は、その一環だろう。ちなみに日本での事業展開自体は、10年に始まっている。

 現在、同社のビジネスの中心は、オンラインでの時計売買の仲介だ。出展料と売買が成立した際の取引手数料が主な収入源で、アンティークばかりでなく新品も取り扱う。またアクセスするユーザーのためにオンラインマガジンも提供している。

 時計専門ではなく、時計も取り扱うマーケットプレイスには世界的には「イーベイ(EBAY)」、日本でも「メルカリ(MERCARI)」などがあるが、こうしたマーケットプレイスと最大の違いは「トラステッドチェックアウト」というエスクローサービス(商取引の際に信頼の置ける第三者を仲介させて取引の安全を担保する第三者預託)があることだ。購入者は購入した時計が到着してから14日以内なら無償で返品できるし、販売業者や個人も出展する時計にオプションでこのサービスを設定することができる。また「ウォッチファインダー」というスマホアプリを用意。自分の時計を撮影するとAIが画像からどのブランドの何という腕時計かを解析し、たちどころに自分の時計の「今の市場価値」がわかる。どうしても「高め」に出るが、これは時計の売買、特に持っている時計の売却を考えている人にとっては素晴らしいサービスだ。

ただでさえ酷い「時計バブル」を煽る!?

 と、ここまでは良いことばかり書いてきた。だが懸念がないわけではない。その懸念とは、ただでさえ酷い「時計バブル」を煽る可能性が高いということだ。

 ここ数年、高級時計の二次流通マーケット、つまり中古市場がトンデモナイことになっている。新型コロナ禍がもたらした世界的な金融緩和による富裕層のカネ余りとレジャー需要の消失。主にこの2つの要因から高級時計の世界ではこの2年あまり、新品でも中古でもかつてないバブルが起きている。

 直営ブティックだけで売る、もしくは販売チャンネルを絞り込む戦略をとる時計ブランドの新作ウオッチは、需要が生産数をはるかに超えた状況で、オーダーしても「数年待ち」が当たり前の状況だ。また中古市場では、定価で購入したものがそのまま業者に持ち込まれ、その数倍のプライスタグを付けて売られるという状況が当たり前になっている。

 中でも中古まで異常に人気なのが、人気世界No.1の時計ブランドで売上も世界No.1と推測される「ロレックス(ROLEX)」だ。だが同社は、この状況を黙って見過ごしてきたわけではない。スポーツモデルの人気と転売ヤーによる二次市場の異常な高騰を見かねて、「ロレックス」は数年前から、年間の購入本数を制限し、転売を監視する体制を整えてきた。

 それでもバブルは止まらない。この「転売すると儲かる」という話や「毎日正規販売店に足を運んでいると買える」という話がSNSやネットで流れ、テレビのバラエティ番組や経済番組が煽ったことも影響して「ロレックス」人気はさらに過熱。この話を真に受けて毎日「ロレックス」の正規販売店に足を運ぶ、通称「ロレックスマラソン」も広まった。この行動に困り果てた正規販売店では来店予約を受けた人以外、入店させないところも増えている。

 「時計バブル」については、この春に3年ぶりに行われたジュネーブの時計フェアでインタビューした高級時計ブランドのトップたちも、資産として高級時計の人気が高まっていることを歓迎する一方で懸念を隠さない。誰もが「異常だ」と語り、その先を懸念している。

 時計ブランドは定価で販売しているだけなのに、それが二次流通で数倍の価格で販売される。転売する者が、その定価の何倍もの利益を得てしまう。そして投機目線の人々が参入する。この事態は、とにかく異常だ。

 高級時計ビジネスの著名なコンサルタントたちは、「現在の高級時計市場の二次流通価格はいくらなんでも異常であり、価格の調整局面が近々、必ずやってくるだろう」という言い方で「時計バブルの崩壊」を予告している。1970年代から80年代にかけて、日本を含む世界では「アンティーク ロレックス」のブームが起きて弾けたという事実がある。

 「クロノ24」の日本事業の本格展開自体は、高級時計の二次流通マーケットの盛り上がりを考えれば企業として当然だし、市場価格がすぐに分かるのは取引したい人にとっては朗報だ。ただ、こうしたサービスや情報がどのように使われるか、それはユーザーに委ねられている。

 先日の記者発表では、サイトでアクセス数が多い、つまり人気トップ3として、「ロレックス」の“クロノグラフ デイトナ”、「パテック・フィリップ(PATEK PHILIPPE)の“ノーチラス”、「オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)」の“ロイヤル オーク”の名前が挙がった。その一方で、サイトのコラムでは日本語でも「『ロレックス』“デイトナ”はなぜ高いのか」について解説、高い取引価格が時計自体の価値ではなく「ブランド価値」であることを指摘している。「クロノ24」のサービスを使う普通のユーザーは、こうした記事もしっかり読んで利用することを勧めたい。

 また「新品アンティークを問わず、時計の販売や購入を考える人々すべてがアクセスする時計ビジネスの全世界的なプラットフォーム」を目指すという「クロノ24」の最終目標は、時計ブランド自身がこのサイトにコミットする体制でない限り、直営ブティックや正規販売店で定価販売を行い、さらに「認定中古時計」のように自ら品質を保証しながら二次流通ビジネスを担おうとしている一部の高級時計ブランドのビジネス戦略とはなじまない。

 中古時計の売買が、オンラインマーケットプレイス主体になるのは時代の必然だ。だがそれが寡占化された体制になり、一部の人々に完全に支配されてしまうことには、現代社会の「ビッグテック(旧GAFA)問題」と同様に、大きな問題をはらんでいる。ここに出展するアンティークディーラー、個人の人々も含めて、時計ブランドなど時計業界の関係者は、こうした点に注目しながら、見守っていく必要がある。

 狂ったビジネスでは、最終的に誰も幸福になれない。見えない形でも、誰かが被害を受けることになる。時計業界の取材を四半世紀以上も続けてきたジャーナリストとして、時計業界がそんな業界になってほしくない。

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