映画やドラマなどのエンタメを通して、ファッションやビューティ、社会問題などを読み解く連載企画「エンタメで読み解くトレンドナビ」。LA在住の映画ジャーナリストである猿渡由紀が、話題作にまつわる裏話や作品に込められたメッセージを独自の視点で深掘りしていく。第7回は夏休みに向けて、ファッションも見どころの映画4本を紹介する。
ここで挙げる4本は、いずれもファッション自体が重要なキャラクターになる理由があるものだ。このうち3本はデザイナーが主人公で、1本はファッション雑誌の編集部が舞台。映画の作り手たちは、ストーリーを語る手段として、徹底的にファッションにこだわっている。これらの作品を通じ、衣装の力をあらためて実感したい。
「クルエラ」
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「101匹わんちゃん(One Hundred and One Dalmatians)」に登場するクルエラ・ド・ヴィル(Cruella De Vil)を主人公にした、ディズニーの実写映画。だが今作は、3度のオスカーに輝くジェニー・ビーヴァン(Jenny Beavan)にとって(3度目は今作)、この映画はキャリアで最も大変なプロジェクトになった。衣装デザイナーとしてそれぞれのキャラクターにふさわしい衣装を探すのに加え、ビーヴァンは、映画に出てくる二つのブランドのコレクションを作らなければならなかったのだ。
そのひとつは、エマ・トンプソン(Emma Thompson)演じるバロネス・フォン・ヘルマン(Baroness von Hellman)のエレガントな超高級ブランド。このコレクションとバロネス自身の服装には、当時の「ヴォーグ(VOGUE)」や「ディオール(DIOR)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」を参考にしている。もうひとつはエマ・ストーン(Emma Stone)扮する型破りな若手デザイナー、エステラ・ミラー(Estella Miller)のブランド。反抗的な彼女によるコレクションは、「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」や「ジョン・ガリアーノ(JOHN GALLIANO)」に着想を得ている。
当時のままを再現したロンドンの百貨店リバティ(LIBERTY)や、そのディスプレーが見られるのも魅力。すでにゴーサインが出た続編も、今から楽しみだ。
「ファントム・スレッド」
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「ファントム・スレッド(Phantom Thread)」は、最新作「リコリス・ピザ(Licorice Pizza)」をはじめ、生まれ育ったロサンゼルス郊外のバレー地区を舞台にした映画を作り続けるポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)監督が手掛けた。イギリスで撮影した今作の舞台は、1950年代のロンドン。ダニエル・デイ=ルイス(Daniel Day-Lewis)演じる高級婦人服の仕立て屋が、ひとりの若い女性と出会ったことで、人生を狂わせていくという物語だ。
この映画を手掛けるまでファッションに無関心だったというアンダーソンは、この時代設定にも興味を持ったという。「戦争の間もパリはまだファッション界での立ち位置を維持していたが、イギリスは王家の結婚式のために作る程度だった。それらのドレスも堅苦しく、いかにもイギリスらしい感じ。そういう時期を経て、60年代のカナビー・ストリートやミニスカートなどが出てきたんだ」。
完璧主義のデイ=ルイスは、衣装デザイナーのマーク・ブリッジス(Mark Bridges)と一緒にキャラクターのためのクローゼットを作り、毎日そこから自分で選んだ衣装を着たとのこと。今作にはデイ=ルイス自身のファッションセンスも相当反映されているようだ。ブリッジスは今作でオスカーを受賞した。
「ココ・アヴァン・シャネル」
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“シャネルの前のココ”というタイトルが示すとおり、ココ・シャネル(Coco Chanel)が自分のブランドを立ち上げる前の、若い時期に焦点を当てる自伝映画。貴婦人たちの間でコルセットや羽のついた帽子が当然とされていた時代、ココことガブリエルはそれらを嫌い、周囲からかなり浮く、独自のスタイルを貫いていた。自分で手を加えたそれらの服装はかなり革命的で、シャネルの原点はここにあったのかと、とても興味深く感じる。パリでデザイナーとして働き始めた頃の彼女がどんな服装で仕事をしていたのかが見られるのも素敵だし、ラストには当時のコレクションをひと通り拝見できるショーのシーンもある。
孤児として育ち、厳しい状況の中でサバイバルしてきたガブリエルは、結婚に関してとてもシニカルな考えを持っていた。夫が不倫をするのはよくあることで、妻は耐え忍ぶだけという時代に生きた彼女は、自分の生き方を選んだのだ。そんな彼女をオドレイ・トトゥ(Audrey Tautou)が名演。衣装デザイナーのカトリーヌ・ルテリエ(Catherine Leterrier)は、今作でセザール賞を受賞。オスカーにもノミネートされた。
「プラダを着た悪魔」
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ジャーナリストを目指してニューヨークへやってきた主人公アンディは、一流ファッション誌で編集長のアシスタントを務めることに。そこでは当然のこと、全員が最新のおしゃれな服で身を飾っていた。そんな中、ファッションに興味がなかったアンディも、プレッシャーを受けて大変身していく。その変貌ぶりを見て、服はもちろん、ヘアとメイクのパワーは偉大なのだと、あらためて認識させられる。ファッション誌の編集者とはいえ、同じ服を二度と着ないということは現実的にはないだろうが、今作では登場するたびに服装が違っていて、実に楽しい。
メリル・ストリープ(Meryl Streep)演じるパワハラ全開の編集長も、毎朝違うブランドバッグと着こなしで登場。彼女はまさに悪魔だが、「同じことを男性がやっても何も言われないのに女性だからバッシングされる」というセリフには共感してしまう。
パリのファッション・ウイークなど、自分もファッション業界人になったような気分にさせてくれるシーンもある。靴のアップなども多く、ファッションを徹底的に見せる映画だ。衣装デザイナーは人気ドラマシリーズ「セックス・アンド・ザ・シティ(SEX AND THE CITY)」で大注目され、今作でオスカー候補にもなったパトリシア・フィールド(Patricia Field)が手掛けている。