ファッション

静かに広がる「シュタイン」 浅川デザイナーの挑戦と原動力

 東京・神宮前の小さなセレクトショップ「キャロル(CAROL)」のオーナー・浅川喜一朗が2016年にスタートした「シュタイン(STEIN)」。現在の卸先は国内外で約50アカウントに広がり、昨年春には「キャロル」を表参道に移して増床オープンした。今年春には楽天ファッション・ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO以下、RFW)にも映像作品を出展するなど、新しい挑戦に踏み出している。浅川デザイナーにブランドの今後を聞いた。

WWD:RFWで映像作品を発表した経緯は?

浅川喜一朗「シュタイン」デザイナー(以下、浅川):21年の秋ごろ、RFWの運営担当の方からお声がけをいただいたのがきっかけでした。これまで自分はヘルムート・ニュートン(HELMUT NEWTON)の作品など主に写真をインスピレーション源にすることが多く、「シュタイン」の服も自然とルックを意識した、どこか静的なデザインになっていたように思います。今回の作品発表にあたり、「映像」を前提として動きのあるクリエイションを考えることは自分の引き出しにはなかったことでしたし、ブランドの可能性を広げる新しいチャレンジだと捉えました。

WWD:映像制作においてこだわったことは?

浅川:ブランドのミニマルで静謐(ひつ)な空気感を、映像を通して伝えることです。何か真新しいことを表現するよりも、映像表現を通じてブランドの“らしさ”を掘り下げられないかと考えました。無機質な空間をモデルが歩くシンプルな構成ですが、空間設計、ライティング、何台も設定した定点カメラで撮影する距離や角度をとにかく試行錯誤し、服のドレープや生地の陰影、奥行きの表現にはかなりこだわりました。映像の制作期間中は、自分の歩調が映像のBGMのリズムと無意識に同調してしまうくらい、とにかく夢中になっていました。

「シュタイン」2022-23秋冬東京コレクション

WWD:生地を幾重にも重ねたコート、色彩のグラデーションが目をひくニットなど、ブランドとして新しい挑戦も感じられた。

浅川:中には、パーツを30くらい別々に作ってから縫製する、とにかく手間をかけたスエットもあります。生地の表面、裏面を使用することで色の濃淡を表現し、ミシンの叩き方や手縫いの方法、加工方法なども細かく打ち合わせを重ねて作り上げた1着です。この仕様書と、自分で古着を縫い合わせて作ったサンプルを工場に持ち込んだときは、「これは……難しいかもね」と工場の皆さんも困惑していました。ただ、僕も自分の頭の中のイメージにできる限り近づけたいと思っていたので、「どうやったらできますか?」と何度も相談、調整を重ね、実現にこぎつけていただきました。スケジュールギリギリに、夜通しかけてパターンデータ、縫製を仕上げてくださった職人の皆さんには頭が上がりません。

WWD:今後の展望は。

浅川:欧州を中心に、海外販路を広げていけたらと思っています。ショーを終えた後、ありがたいことに何人かの海外のセレクトショップのバイヤーさんからアプローチをいただいていて。今回の映像発表は大きな刺激になりましたが、リアルショーであればまた違った表現ができるかもしれませんし、ゆくゆくは海外でも(ショーが)できたら。まずは来春、これまでコロナで難しかったパリでの展示会を実施しようと考えています。

 ただ、僕はいろいろなことに手を広げて器用にこなせるタイプではありません。僕の無茶な服作りが形になっているのも、こうやってお店に立つことができるのも、志を共にできる仲間がいるからです。3年前からブランドのデザインチームを抱えるようになり、今ではお店のスタッフと合わせて9人のメンバーがいます。時間を忘れてヘトヘトになるまで仕事をして家に帰り、いつも迷惑をかけている妻にもとても感謝しています。

WWD:昨年3月、「キャロル」を神宮前から表参道に移転した。

浅川:オープン当初は、おじいさんになるまであのお店(旧店舗)でやっていきたいと思っていたくらい、お気に入りの場所でした。ただありがたいことに、取り扱わせていただいているブランドさんや、「シュタイン」のシーズンごとの商品型数も増え、服にとっても、お客さまにとっても窮屈になっていたこともあり、移転を決意しました。窓から射すおだやかな自然光と、人通りがそこまで多くもなく、そこにたたずんでいるような雰囲気がとても気に入っています。面積は旧店舗の3倍に、客数も約2倍に増えました。

WWD:デザイナーの仕事が増える中でも、店頭に立ち続けている。

浅川:僕の服作りには2つの軸があると思っています。生地や縫製といった、プロダクトとしての完成度を高めること。もう一つが、日々の生活で触れる写真や音楽などから感じたことを自分のフィルターを通じ、デザインとして表現することです。どちらかに偏りすぎても「シュタイン」の服ではないし、袖を通してくれるお客さまの姿を重ねることで、初めてその着地点が見えることもあります。

 「キャロル」のオープン当初は1人のお客さまのご来店もなかった日もあり、そういった日々を忘れたことはありません。だからこそ、お客さまにお立ち寄りいただけるありがたさを心の底から感じられます。自分が作った服に袖に通してくれるお客さまの姿を見るたび、幸せな気持ちが何度でも湧き上がってきます。店頭に立てる時間は以前よりも少なくなってしまっていますが、やはりお店は僕の原点です。信頼できる仲間と一緒に、お客さまに誠実に、いい服を届けていく。そんな矛盾のない仕事を、愚直に続けていけたらと考えています。

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