コンデナスト(CONDENAST)の「ヴォーグ ジャパン(VOGUE JAPAN)」には2022年1月、ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテントにティファニー・ゴドイ(Tiffany Godoy)が就任した。ティファニー・ヘッドは、同メディアの全てのコンテンツを監修する。ゲームやバーチャルの世界、メタバースの分野にも造詣が深く、日本のファッションカルチャーにパッションを捧げる同氏を迎えて、9月1日にはリニューアルした「ヴォーグ ジャパン」10月号を発売したほか、ウェブサイトやSNSのアップデートに着手する。17日には表参道ヒルズで、入場無料のリアルイベント「ヴォーグ・アライブ」を開催。「ヴォーグ ジャパン」の新しいデザインとコンテンツを360度で体験できるイベントを通して、“ヴォーグ ジャパン ピンク”に一新されたニュー・ウェーブをお披露目する。「変わるのは怖いし勇気のいることだけれど、ビジネスやメディアとして変化がないことの方が怖い。一緒に成長を続けることが大切」とティファニー・ヘッド。本誌とウェブの連携や、デジタルの活用を通して、ユーザーの「ベストフレンド」を目指す「ヴォーグ ジャパン」はどう変わっていくのか聞いた。
ティファニー・ヘッド
WWDJAPAN(以下、WWD):ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテント就任を聞いて、率直に「面白そう!挑戦してみたい!」と思えた?
ティファニー・ゴドイ=ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテント(以下、ティファニー・ヘッド):現職就任の話が上がった当初は、新型コロナウイルスのパンデミックでパリにいた。来日して20年、こんなに日本を長く離れたのは初めてで、非日常的な時期だった。私はゲームとファッションの融合や、メタバースなどに興味があって、正直に言うと、当初は少し遠くの話に感じた。その後ファッション・ウイーク期間中にアナ・ウィンター(Anna Wintour)米「ヴォーグ」編集長兼コンデナスト アーティスティック・ディレクターらと会う時間があった。それは夢のような時間で、私のビジョンやパッション、私が感じている課題を伝えた。その上で日本で何が起こっているのか、ブランドをどのように見ているのかを考えるという“宿題”を課された。「ヴォーグ」を擁するコンデナスト全体が変わろうと舵取りを行っているのが分かったし、クールで面白く、大胆で勇敢、かつその変革は本当に必要なものに感じられた。過去と未来の間に自分が立っていることにワクワクした。日本のファッション文化に長きにわたって興味を持っているし、コンデナスト・ジャパンのスタートから何年も関わってきたのでチームのほとんどを知っていて心地よさがあった。思い切って挑戦しようと決意した。
WWD:リニューアルにあたっての思いは?
ティファニー・ヘッド:日本は、私たちみんながそうであるように、急速に変化する予測不能な世界への転換期にある。今メディアの仕事として大切なのは、元気を取り戻して、読者の“鏡”になること。ブランドの方向性を考える上で、1960〜70年代のメディア文化が盛り上がっていた時期の資料を見た。当時西洋と東洋の境界は薄れ、写真、デザイン、書籍や雑誌など、さまざまな文化が入り交じって進化していた。技術革新の影響でゲームや携帯電話の文化、その中でも独自のデジタルアイデンティティーを形成した絵文字やミクシィなどが日本から生まれた。デジタル・ネイティブの国として生まれた価値観の多くや、日本のメディアがけん引した革新性を、リニューアルしていく「ヴォーグ ジャパン」に反映しようと思っている。日本が生んだ美的価値観や“生きた”アートに焦点を当てたい。
WWD:一方、「ヴォーグ」の変えたくないところは?
ティファニー・ヘッド:誰もがメディアであり、ブランドもメディアであるこの時代、「ヴォーグ」にあるのは、時代を反映した豊富なアーカイブや資料。私たちが持っているのは、そのレガシーだ。ジャーナリズムやビジュアル作りという財産を通して、どのように読者をワクワクさせ続けられるかを常に考えている。瞬間を“切り取る”のではなく、いかに“創造”できるか。いつだって変わるのは怖いし勇気のいることだけれど、ビジネスやメディアとして変化がないことの方が怖い。みんなで一緒に成長を続けることが大切だと思う。読者やファンと「ヴォーグ」の関係性は一方的なものではなく、お互いに影響し合う存在であるべき。コミュニケートするだけでなく、新しい驚きと発見を提供して、時には導く必要もあるはず。読者の考えを尊重して交流し、ニーズや好きなものを理解するのは素晴らしいことだけれど、慣れ親しんだことをただ続けるだけではメディアとして意味がないのではないだろうか。
QRコード掲載で本誌とウェブは
よりシームレスに
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WWD:どのようなリニューアルを実施する?
ティファニー・ヘッド:今回のリニューアルは、「ヴォーグ ジャパン」の変化の第一段階。まずは誌面やイベント、ソーシャルメディア、ウェブサイトといったタッチポイントを維持しながら、デジタルシフトを行う。リニューアルはクリエイティブ・ディレクターの米津智之と一緒に編集部を始め社内の各部署と進めてきたのだが、それぞれのプラットフォームに適した方法で情報を発信して、お互いを行き来して、体験を広げていくようなビジョンだ。一番大事なのは、誌面をアップデートすること。日本が生んだQRコードを取り入れ、ウェブ記事や動画などのコンテンツにアクセスできるようにしている。次のフェーズは、もっと存在感を出してアクティブでいること。ソーシャルメディアでのイベントを開いたり、ゲーム業界の要素を取り入れたり、タイポグラフィーといった新しいツールを駆使していく。本誌やウェブ、動画などが連動する、コンテンツの新しい“エコシステム”を築きたい。
WWD:SNSやウェブサイトは?
ティファニー・ヘッド:まずインスタグラム(Instagram)のリニューアルを行う。それからティックトック(Tiktok)などの短尺動画にも力を入れる。ソーシャルプラットフォームのための新しい動画シリーズを作成している。SNSを見る人はそのプラットフォームにとどまる傾向があるので、私たちがそこに参入することが鍵となる。新しい道となって新たな読者層にリーチしていくきっかけになってほしい。ウェブサイトは9月1日から徐々にアップデートしている。より多くの動画やウェブ限定コンテンツを掲載していく。例えば、本誌には載せきれなかったコンテンツをウェブでは全文公開して、QRコードで誘導する。
WWD:本誌、ウェブ、SNSのそれぞれの役割とは?
ティファニー・ヘッド:本誌はアーカイブとして機能するよう、SNSおよびウェブサイトに掲載しているコンテンツをまとめるページなども盛り込んでいる。最新号では若手デザイナーを特集したページも設け、カタログとして彼らの活躍をひとまとめで見られるようにした。「ヴォーグ ジャパン」の人気動画連載「In The Bag」など、国内外のセレブリティが出演する動画コンテンツをリストアップする連載もスタート。ビューティでは、ネイルにフォーカスしたティックトック連載を開始し、本誌でも取り上げていく。
WWD:日本から生まれるコンテンツに変化は?
ティファニー・ヘッド:これまでも、表紙やカバーストーリー、モデルセレブ、日本やアジアの著名人を扱う上で、日本独自のコンテンツは多く手掛けてきたが、これからはもっと文脈を伝えて、対話を促すようなものが増えるはず。ファッションはメッセージを持つことが大切で、時代や社会に対して意見を持っているべき。これまでもそうだったが、もっと強化したい。これからの時代を担うクリエイターたちと働き、グローバルブランドとしてビデオコンテンツやデジタルコンテンツの増加に取り組んでいる。感情を揺さぶるような表紙やコンテンツ作りに注力する。
デジタル・ネイティブな日本を
ビジュアルで表現
WWD:リニューアル号の表紙に込めた想いは?
ティファニー・ヘッド:最新号は、ファッションの転換期を表現する重要な号だ。バーチャルファッションや斬新なスタイルを披露するデザイナーらが出てくるのに着目した、ファッションの新しい世界の私なりの解釈だ。この号で決めたのは、日本のアイデンティティーを表現すること。例えば、これからは日本語ファーストを掲げる。リニューアル号の表紙に使われている英語は、“VOGUE”の文字だけだ。表紙を飾ったのは、イブ・ジョブズ(Eve Jobs)。アップルを設立したスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)の娘で、テクノロジーとファッションの象徴のような存在だ。中面のインタビューを読むと、ファッションとテクノロジーの結びつきについての理解も深まるだろうし、イブがそのような役割を担っていることも伝わるだろう。また表紙にもQRコードを掲載している。このコードはブランドアバターである、S六S(シックス)のAR(拡張機能)につながる。
WWD:アバターはどのように誕生した?
ティファニー・ヘッド:ブランドのアバターやアイコンを持つのを日本独自の文化と捉え、日本らしさの表現と、テクノロジーとファッションの交差への挑戦として生まれた。“広告塔”のようなポジションでイベントにも登場するし、SNSでも活躍していく予定だ。シックスという名前は、6次元の概念から取った。読者モデル的存在で、漫画カルチャーとJ-POPやK-POPのエンタメの分野からの要素を取り入れてデザインしている。かわいいアクセサリーとメイクアップが特徴で、ジェンダーの流動性を楽しむ側面も見られるだろう。日本の「カワイイ」要素や好奇心旺盛な「ヴォーグ」らしさ、エネルギッシュなところを体現するアバターだ。
デジタル化で生まれる
読者に寄り添う新しい方法
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WWD:リニューアルに伴う反響は?
ティファニー・ヘッド:業界がプラットフォームを横断して新しいコンテンツ作りに乗り出しているのは明らか。それがゲームであろうと、NFTの作成だろうと、新しいパートナーシップの構築だろうと、「ヴォーグ」は今、ファッションビジネスが向かう未来に向かって業界と伴走していると自負している。未知の分野であるからこそ、私たちが挑戦することに共鳴してくれるのではないか。
WWD:それでもデジタル化やメタバース、ゲームとの融合に心の距離を感じる人も多いのではないか。どうアプローチする?
ティファニー・ヘッド:デジタルの要素は、「ヴォーグ ジャパン」の初期の号や、日本のポップカルチャーに既に存在している要素から引き抜いて再構築している。唐突に生まれたアイデアではない。「ヴォーグ」は130年以上、読者と対話を続け、素晴らしい才能や新しいリーダーの紹介を通して、読者らと手を取り合ってきた。既にある取り組みを拡大して、継続していくことに尽きる。「ヴォーグ」を通して、全く違った規模感で動くリーダーを紹介していく、業界の「ベストフレンド」でありたい。それが3秒の動画なのか、または300ページのコンテンツなのか、イベントやディナーの機会なのか、形式は問わず、寄り添うことが大事なのではないか。電車の中で記事を読んでいるときや、夜にSNSをスクロールしているとき、あらゆる人生の瞬間に立ち会って、新しい才能や考えに触れる場所を作っていきたい。それらを提供することで、「ヴォーグ」は信頼できる媒体だと示していけるはず。
WWD:編集者含め、業界に携わる人に大切にしてほしいことは?
ティファニー・ヘッド:物事はすごく早く変わっているし、今回のリニューアルは明らかに大きな変化をもたらすので、たくさんコミュニケーションを取る必要がある。「ヴォーグ」が発信するときのトーンがどうであるべきか、どのようにビジュアルのクオリティーを管理するか、みんなで考え問い続けていくことが大事だ。世界の「ヴォーグ」を見ても、表紙作りやコンテンツの内容はものすごく変わってきている。日本でもそれを反映し、日本の読者に寄り添うトピックスを作っていかなければいけない。物事の“線引き”が年々曖昧になっていて、ファッションやジェンダー、人種、ジャーナリズムといったアイデンティティーを形成するさまざまな要因は複雑に絡み合っている。今はファッション業界で活躍しながら、他の分野のアドボケイトにもなれる。私たちが今生きる世界では、多くのアイデンティティーを持てることを体感してほしい。また自分も含めて、編集者には文化的な生活を送ってほしいと願っている。何にときめくかを大切にして、どうやって自分も作っていけるかを考える時間は大事。編集者として初めて日本で仕事をしたとき、仕事が生活の中心になる労働文化を知った。素晴らしい側面があるが、大きな圧力になることもある。時に体にムチを打って働くようになってしまうこともある。コンテンツを作りながら最適なアウトプットの方法を模索し、コンテンツのデジタル化に伴う作業の効率化も生かして、チームワークとコミュニケーションを増やしていきたい。