テンガ(TENGA)は、2021年に立ち上げた、アーティストと共にアパレルや雑貨などを製作するプロジェクト「ティーエックスエー テンガ バイ アーティスト(TXA -TENGA by Artist- 以下、TXA) 」のインラインを拡充し、23年春夏シーズンから卸販売を開始する。プロジェクト マネジャーを務める今崎契助は、16年に「毎日ファッション大賞」新人賞を獲得し、東京のファッション・ウイークにも参加していたブランド「プラスチックトーキョー(PLASTICTOKYO)」の元デザイナーだ。同氏はブランドを19年春に終了させた後、現在はテンガの社員として4人の「TXA」チームを率いており、初のインライン14型とアーティストとのコラボレーションアイテムをデザインしている。
インラインアイテムは、春夏と秋冬のシーズンサイクルに合わせて発表していく。ファーストシーズンはデニムジャケット(3万7800〜3万9800円税込、以下同)とジーンズ(2万7800〜2万9800円)、トラックジャケット(3万2800円)とトラックパンツ(2万5800円)、コーチジャケット(3万8000円)と共地のパンツ(2万9800円)とセットアップ提案が多い。さらにスエット(1万9800円)やフーディー(2万3800円)、半袖ニット(2万6000円)などのベーシックなアイテムもそろえる。アパレルでは一番安いTシャツが9300円という強気の価格帯だが、「国内のメーカーと生地を作ったり、独特な色味に染めたりと、どのアイテムも妥協は一切していない。適正な工賃を払ってものを作り、それを長く着てもらいたいからこの価格帯になった」と今崎マネジャー。
Tシャツにはさらっとした質感のオーガニックコットンを、コーチジャケットにはシリコンコーディングしたタイプライター地を、トラックジャケットには品のいいコットンベースの高密度ポンチを使うなど、ただのファングッズではないことが素材使いだけで伝わってくる。今崎マネジャーは「テンガの全てのプロダクトは、肌に当たったときの心地良さを大事にしている。アパレルでもそこは大切にしたかった」と語る。
ほとんどが男女共に着用できる2サイズで、丸みにこだわったシェイプが特徴だ。「プロジェクトの目的の一つは、多様な性愛を伝えること。その表現として、男女の体形のちょうど中間をとるようなシェイプを作りたかった」。Tシャツの襟にはダーツを入れ、肩線を通常よりも下げて立体感をもたせた。ラグランスリーブのスエットは、襟のダーツと袖口のカッティングで全体がふっくらとした曲線を描く。表に出る縫い目を極力減らしてクリーンな印象を保ちながら、人の体について熟考を重ねたディテールは、ファッションデザイナーらしいアプローチである。奇抜で無機質な服に見えて、実は着る人のことをとことん考え抜いた「プラスチックトーキョー」時代の“今崎デザイナー”をほうふつとさせる。卸先や消費者には、価格帯に見合った製品のクオリティーや、プロジェクトの価値をどう伝えていくかが成否を分けるポイントになるだろう。
“あのテンガ”がアパレルを?
世間の先入観をどう変えるか
テンガは、19年3月に阪急メンズ東京への常設店出店に合わせてアパレル制作を開始。当時はコミュニケーションツールとしてのファングッズ扱いで、年間売上高は全体の1%にも満たなかった。同年7月に、テンガが掲げる“性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく”というビジョンに共感した今崎マネジャーが入社。ビジョンをさらに幅広い層に伝えていくため、アパレル強化に本腰を入れ始めた。しかし、急に本気のファッションアイテムを作っても「クラスのお調子者が、急に真面目なことを言い出したように受け取られる。テンガは世間でやはりセルフプレジャーのイメージが強い。ファッションをやるなんて、冗談なんじゃないかと思われる。ファングッズとファッションのバランス感を模索していた」。
試行錯誤を重ねた結果、21年初頭に「テンガの“性を表通りに”という理念と、アーティストの自身の内面を発信したいという“自発性”には通じるものがあるんじゃないか」というアイデアが浮かび、アーティストと協業してメッセージを発信する「TXA」の構想がスタート。同年11月には第1弾のアイテムとしてTシャツやフーディー、雑貨を自社ECで発売した。発売後2カ月間の売り上げは約100万円で、「想定していた予算には届かなかった」という。売れたアイテムは「テンガっぽいものよりも、そうじゃない商品」だったため、インラインではグラフィックを排してデザインに振り切り、多様な性愛をディテールで、企業のアイデンティティーをカラーリングや着心地で表現している。
初年度の年間売上高の目標は5000万円で、3〜5年以内に1億円規模を目指す。「TXA」の売り上げの一部は、性犯罪・性暴力被害者ワンストップ支援団体に寄付する。今後はインラインとアーティストとの協業を継続させながら、本の出版やイベントの協賛などプロジェクトを広げていき、「“性を表通りに”という会社のメッセージを伝える土壌作りをしていきたい。最終的には社会問題を解決するプロジェクトにしたいし、デザイナー経験があるからこそ、ファッションやアートにはその力があると信じている」。そう堂々と言い切る今崎マネジャーに、デザイナー時代の控えめな雰囲気はない。
「プラスチックトーキョー」時代は、東コレへの参加や「毎日ファッション大賞」効果で取引先は増えたものの、一人で全ての仕事を抱えてパンク状態になり、事業を継続するのが難しくなった。しかし現在は支え合えるチームがあり、今シーズンのルックは「プラスチックトーキョー」時代の撮影チームを再び集めた。今崎マネジャーに、ひさしぶりに思い切りクリエイションができて楽しいのではないかと聞くと「楽しいし、感慨深い。でも社長が応援してくれているとはいえ、会社員なのにこんなに好きにやっていいのだろうかとたまに思う……」と、急にかつての遠慮がちな小声に戻った。