気候変動の影響で起こる短時間強雨による河川の洪水、土砂災害、巨大化する台風などの年々増える自然災害ーー私たちを取り巻く地球環境の変化に気付く人も多いのではないだろうか。その原因である温室効果ガス(GHG)の排出量の削減が求められている。
国連環境計画(UNEP)は、アパレル&靴産業が生産時に排出するGHGは世界全体の8%を占め、これまでどおりのアプローチを続けると2030年までに50%近く増大すると警鐘を鳴らす。この絶望的な予測は、私たちの日々の選択で変えることができる。例えば、長く着用することや、新品ではなく古着を選ぶこと、新品を買う場合は環境への負荷が少ないものを選ぶことなどだ。特に新品を選ぶときにポイントになるのが素材だ。アパレルやフットウエアが製品になるまでのGHG排出量をはじめとする水やエネルギーの使用量、水質汚染といった環境負荷を数値化すると、約6~8割が原材料生産から素材になるまでの工程に由来すると言われているからだ。大手繊維メーカーや新興企業は日々研究開発をしており、さまざまな低負荷の新繊維が登場している。その代表格が、オーストリアのセルロース繊維最大手レンチング・グループ(LENZING GROUP)が手掛ける「テンセル™(TENCEL™)」だ。
「テンセル™」登場
レンチング・グループは、21年から主力ブランド「テンセル™」でCO2排出量実質ゼロの繊維を提供する。消費者が低環境負荷の商品を楽しめるように、ファッションブランドは炭素削減目標を達成できるようにと設計した製品だ。発売後1年がたち、需要はさらに高まっているという。原料は、FSC(管理された森林)認証の木材や衣料品製造時に発生する綿の端切れ、そして使用済みコットン製品だ。この綿の端切れをコットンパルプに変えて繊維を作り出す“リフィブラ(REFIBRA)™”テクノロジーはレンチング社が開発したもので、より循環性を高める。また、繊維の生産、製造、流通に関連するCO2排出量は、NGO団体カーボンニュートラル(The CarbonNeutral)の基準に準じた厳しいガイドラインによって、計算し、オフセット(相殺)したことを裏付ける。また、製造には再生可能エネルギーを利用し、供給源に関しても透明性を担保する。同グループは19年末、30年までに特定の炭素排出量を50%削減し、50年にはカーボンニュートラルを実現すると宣言。この目標に向けて、SBT(Science Based Targets)イニシアチブの認定を受けている。大手ならではの安定した繊維のクオリティーはもちろん、こうした企業姿勢が多くの支持を集め、人気ブランドや繊維商社が採用している。
タオル専門商社・マツイコーポレーションは8月、バスタオル1枚で462gのCO2が削減できるタオルシリーズ「グリーンストーリー」の販売を開始した。同製品はゼロカーボン“テンセル™モダール”とUSAコットンを採用。初回発注分で約4.6トンのCO2が削減できたという。開発の経緯を松井敏記社長は「夏は本当に暑く、大雨が降り、秋には今までになかったような大きな台風が来る。われわれの商品では微々たるものだが、気候変動を抑制していきたいと考えた」と語る。
環境先進企業ゴールドウインが採用
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「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」は、天然由来原料である点、カーボンニュートラルを実践している点、独自の風合いや着心地の良さを評価し、フーディやTシャツなどで「テンセル™」を採用。1着あたりのCO2排出量を約2000g削減した製品を提案し、発売後まもなく完売となった。相樂輝ライフスタイルアパレルグループMDは「マーケットの反応が非常に早かった。製品としての魅力はもちろん、PRを通じてサステナブルな取り組みに共感してくださった方が多かった」と分析する。「吸湿性があるので生地のタッチ感が心地よく、特に女性のお客さまから好評だった」と続ける。
「ニュートラルワークス.(NEUTRALWORKS.)」はナチュラルな風合いのグラフィックTシャツに用いた。カーボンニュートラルを実現した“テンセル™モダール”を用い、麻の加工時に廃棄される芯の部分から作られる麻炭を採用。色を定着させる濃染剤には、着物を染めるときなどに用いる大豆を煮出す伝統的な手法を採用し、天日干しで乾燥させるという、自然由来の素材だけで製造・加工し、環境配慮型製品として打ち出した。大坪岳人事業部長は「麻炭の染色を用いた商品を企画中に、ゼロカーボン“テンセル™モダール”を知った。モダールはもともと手触りが気に入っていた繊維。今回の環境配慮型のコンセプトがより引き立つと考え採用を決めた。環境配慮のために細かく設計したけれど、お客さまにとってはサステナビリティは分かりにくいことでもある。理屈抜きに直感的に触れていたい、長く着たいと愛着を生むような製品を目指した」と話す。
ゴールドウインは5月に長期ビジョン「PLAY EARTH 2030」を発表し、地球環境改善に向けた3つの課題「グリーンデザインの推進(環境負荷低減素材への移行)」「脱炭素社会の実現(再生可能エネルギーへの転換を進める)」「循環型社会の実現(ファッションロス・ゼロ)」を定め具体的数値目標を立てて取り組んでいる。
「テンセル™」ブランド誕生30年、
革新の歴史
「テンセル™」は1992年の誕生以来、繊維産業のバリューチェーン全体で企業がより環境に配慮した方法を採用するように支援してきたという。近年では、2018年にブロックチェーンを活用した新しい追跡プラットフォーム「テキスタイルジェネシス(TextileGenesis)」を導入。全サプライチェーンを追跡可能にし、デジタル証明を通して生地サンプルの物理的な検証結果を確認することを可能にした。21年にはこの繊維識別技術を実現したプラットフォームを開発、ブランドパートナーを支援する。アパレル製品のサプライチェーンは複雑でトレーサビリティ(追跡可能性)の実現は難しいと言われているが、そのプラットフォームを開発したのは大きな功績だといえる。また、19年には「テンセル™」の原料の一部にコットン古着を活用することに成功し、繊維廃棄物を原料に使ったリヨセル繊維の量産を世界で初めて成功させている。フローリアン・ホイブランドナー(Florian Heubrandner)グローバルテキスタイル事業副社長は、「次の10年間で、2050年までに二酸化炭素排出量実質ゼロの企業になるという目標実現に向け注力する。そのためのイノベーションを次々と発表していく」と語る。さらなるイノベーションに期待したい。