ロシアがウクライナへの侵攻を始めてから、もう半年以上が経った。その影響から、首都キーウ(キエフ)で25周年を祝うはずだった2023年春夏ウクライナ・ファッション・ウイーク(以下、UFW)は、現地開催断念を余儀無くされた。ただ、このような状況下でもファッションの灯を消すまいと、ウクライナ人デザイナーたちはコレクション制作を続けている。そんなデザイナーたちの姿勢に応え、UFWは欧米のファッション・ウイークに協力を要請。ドイツ・ベルリンやスペイン・マドリード、ベルギー・ブリュッセル、ハンガリー・ブダペスト、アメリカ・ロサンゼルスなどのファッション・ウイークが支援を決め、20組以上のウクライナブランドが9月から10月にかけて、世界各地で新作を発表することになった。
9月6日にメルセデス・ベンツ・ファッション・ウイーク・ベルリンのトップバッターとしてショーを開いた「ボブコヴァ(BOBKOVA)」もその一つだ。同ブランドは、ウクライナ人デザイナーのクリスティーナ・ボブコヴァ(Kristina Bobkova)が2000年にキーウで設立したウィメンズブランド。彼女は子供と共に退避し、現在はドイツ中部のマールブルクで暮らしているという。今季のコレクションは「故郷から遠く離れたドイツで作り始めたが、自分の生まれ故郷や同胞の勇気と強さにインスピレーションを得た」と話し、「自由と選択、強さと団結、そして生きること、愛すること、自分らしく生きることへの願い」をテーマに据えた。シグネチャーのニットドレスやミニマルなテーラリングが際立つコレクションのカラーパレットは、栗の花など現地に咲く花々から着想。ミニマルなデザインと落ち着いた色使いが特徴のブランドとあって、分かりやすく国旗の色を用いるなどの表現はない。ただ、そこには故郷への強い思いが込められている。また、「ウクライナのクラフトの文化と独創性を世界に紹介したい」という考えから、西部のテルノーピリ州で伝統的な技法で作られたビーズのイヤリングやベルト、国内の職人の手で作られたコサックスタイルのスリッパをモダンなウエアに合わせた。
ウクライナ人デザイナーたちが置かれる現状
リヴィウ州などウクライナ西部の他都市に拠点を移したブランドもあるというが、「ボブコヴァ」のチームは拠点を移すことなく、4月中旬にヘッドオフィスとスタジオでの仕事や生産を再開。「ずっと恐れ続けていることはできないので、恐怖心は勇気や勇敢さに変わった。私たちは従業員を一人も解雇せず、彼らの家族の幸せと国の経済を支えるために働き、サポートしている」とクリスティーナ。「ただ売上予算の80%を占めていた国内での販売がストップし、ブランド存続のために国外の販路を確立しようと取り組んでいる。泣き言は言いたくないけれど問題は山積みで……。一番大きいのは故郷で落ち着いて仕事ができないということ。それでも、どんな時でも美しさと強さがウクライナ人を救うと信じている」と話す。
そして、夏にコレクション制作のためにキーウに戻った際には「うれしさだけでなく、辛さも同時に感じた」と振り返り、次のように語る。「夫(ウクライナの成人男性は原則出国が認められないため、キーウに留まっている)や家族、友人と会える喜びや、キーウのスタジオでチームと一緒に仕事ができる幸せを噛み締めた。その一方で、キーウやブチャ、イルピンが破壊されたことの痛みや、警報とサイレンによる恐怖、家もなく愛する人もなく困難な経済状況に置かれたウクライナ人の苦しみも感じた。その中で、ウクライナ人である私さえも感心させたのは、ウクライナ人の強さと団結力。この戦争は、勝利と自国の軍を助けたいという思いで私たち全員を結束させた。そして、私自身はデザイナーとして、ウクライナの文化と伝統を守るために自分の前線で戦っている」。「ボブコヴァ」では、戦争の開始当初から人道的な基金にできる限りの寄付を行っているという。
最後に、今世界に伝えたいことを尋ねると、「私はただ、全ての人の幸せや喜びを願い、そして戦争を知らなくてもいいようになることを祈りたい。時々、このようなことが起こっているという現実を信じ難く感じることもある。私にとって、戦争とは前世紀のもの。文明人は、こんな方法で問題を解決しないから」と答えた。