ワールド傘下ティンパンアレイが運営するブランド古着の買取・販売チェーン「ラグタグ(RAGTAG)」の一番店である渋谷店は、2021年、22年3月期の売上高が前期比2ケタ増と業績好調だ。コロナ禍でもファッション熱冷めやらぬフリークたちが足しげく通い、流行最先端のトレンドアイテムや貴重なビンテージなどが流れ込む同店。その買い取り窓口となるのがバイヤーたちだ。ただ一般的なアパレル小売でいう買い付け担当とは違い、その役割は「鑑定士」に近い。
正確な真贋判定と金額査定のために、最新のファッション情報には常にアンテナを張る。さらに重要なのは、「お客さまのとの対話」であると望月貴弘バイヤー。「僕らの一番大事な仕事は、単にいいものを目利きして買い取ることではない。服を託してもらうための信頼を作ることです」と語る望月バイヤーに、普段の仕事で心掛けていることや醍醐味を聞いた。
WWD:これまでのキャリアと仕事内容を教えてください。
望月貴弘「ラグタグ」渋谷店バイヤー(以下、望月):大手紳士服店を経てティンパンアレイに入社し、販売員として6年、バイヤーとしてのキャリアが10年ほどです。普段は店舗3階にある買い取りブースにこもり、持ち込んでいただいた服とにらめっこの毎日です。渋谷店では、あまりお目にかかれないレアなビンテージや「もう手放してしまうの?」というような最新のコレクションに出合うこともあり、飽きることはありません。服離れが言われる昨今ですが、このお店にいると、世の中にはまだまだ服が大好きな方がたくさんいらっしゃることを実感します。
WWD:バイヤーとして必要なスキルは?
望月:渋谷店の1日の買い取り点数はおよそ300点です。それらを数人のスタッフで査定・買い取り対応するため、お客さまを長い時間お待たせすることのないよう、真贋や状態をすばやく判別し値付けをしなくてはなりません。ブランドやトレンドに関する豊富な知識は、やはり必要です。紙媒体やランウエイ、SNSなどのファッション情報を通じて常にアップデートするようにしています。それを根気よく続けるには、もちろん「服が好き」であることも大事。僕自身もファッションラバーですし、学生のころから裏原系、アルチザン系、アメカジといろいろ着てきました。
WWD:バイヤーになるには?
望月: ファッションに関する知識や店頭での対応力を測る社内試験で合格する必要があります。今とは少し形が違いますが、僕がバイヤーになったころの試験は、「ラグタグ」の取り扱いブランドから無作為に選ばれた10点の商品について、「店頭での適切な販売価格を設定する」というものでした。膨大な数あるブランドを名前だけ知っているばかりではなく、商品の定価や中古品の取引相場まで頭の中にインプットできていないと導き出すことができません。合格のボーダーラインは正答率8〜9割。この試験に通るために、ファッション雑誌の発売日には本屋に足を運び、目を皿のようにして読み込んでいました。
今は社内のデータベースを叩けば、ブランド情報や買取相場などある程度の情報は出てきます。ただこの仕事で最終的に大事になるのは、データだけでは判断ができないものや、僕ら人でしか作り出せない付加価値だと感じています。
WWD:データで判断できないもの、作れない価値とは。
望月:話は15年以上前にさかのぼるのですが、当時大学生だった僕が渋谷店を訪れたとき、若い店員さんに僕の着用していた服のブランドとシーズンをピタリと当てられたのです。着ていたのは「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」のコートでした。しかも聞けば、その店員さんはまだ入って日の浅いアルバイトとのこと。「なんだこの店は」とびっくりして、以来すっかりファンになってしまいました。振り返れば、この出来事が入社のきっかけでしたね。
服についての知識は、単に買い取り金額を弾き出すためのそろばんではなく、お客さまと心を通わせるための武器になります。僕も年齢は40近いのですが、「(見た目は)若いのにすごく服に詳しいんですね」と驚かれます。そのギャップが印象に残るのか、次の指名につながることもありますね。インスタでのコーディネート投稿もできるだけ毎日するよう心掛けていて、それをきっかけに査定・買い取りの指名をして下さるようになったお客さまも多くいらっしゃいます。
当店の買い取りでは新品同様なもの、比較的きれいなもの、一般的な古着……と状態によってランクを分けていますが、この仕事を続けていると、状態によらず大切にされてきた服は見れば何となく分かります。「服が本当に好きな方なんだな」「たくさん袖を通してきたんだな」ということが伝わってくるんですね。たくさんの服と向き合う仕事ですが、その先にいるお客さまの姿を見失わないようにすることが大切です。この仕事はつくづく「信頼」の仕事であると実感します。買い取りの個室ブースでは服との出合いや思い出話などに花が咲き、われわれに託す決心をしていただく方も多くいらっしゃいます。
WWD:消費者が不要な服を換金する手段として、フリマアプリも浸透している。
望月:フリマアプリは家にいながら手軽に、しかも中間マージンを抑えて服を売れる。僕たちはそれ以上の「来店する理由」を作っていかなくてはなりません。わざわざ店に足を運んでくださるお客さまの「潜在的なニーズ」を汲み取れるかが勝負だと思っています。
僕も若い頃はたくさんの失敗をしてきました。お客さまに「あのスタッフには二度と対応してほしくない」と言われたこともあります。そういった経験を通して気づいたのは、「まだ着るかもしれない」「安く買い叩かれるかも」と迷いや不安を抱えて来店されるお客さまが想像以上に多いということです。査定が早くて正確ならいい、買い取り金額が高ければいいというわけではないのです。
これは後輩を指導する際に伝えていることでもあるのですが、「すんなりと(買い取りが)成約してしまったときの方が、むしろ不安に思ったほうがいい」ということ。口先のテクニックで買い取りに至ったとしても、お客さまが100%納得していなかったとしたら、二度と来店いただけないこともありえます。
WWD:売り場作りには今でも関わっている?
望月:買い取った服を価値ある物として届けるのも僕らの仕事です。大事にされてきた服を、また次のオーナーにいい形でつないでいく。そういう素敵なサイクルの中にいられるのも、この仕事の他にない魅力です。せっかく託していただいた服なのだから、ぎちぎちのラックに並べるわけにはいかない。そんな思いで、ときどき売り場に出ては現場のスタッフにちょこちょこ口出ししています(笑)。