コロナ禍以前から夏はいつも“ずらし旅”を心掛けている。旅する時期は、フリーランスのメリットを生かし、お盆進行を乗り越えて、世間の夏休みの後のタイミングだ。夏休み時期を過ぎると状況も落ち着き、休暇も宿も取りやすい。そしてここ数年は訪れるエリアも“ずらし”、まだ広くは知られていない、文化が生活に根付いた集落を探すようになった。住宅取材で小さな町を訪れるようになってからは、歴史ある街並みなど、静けさのなかに文化がある、観光地ではない集落のよさに目覚めたからだ。知らない日本はまだたくさんある。
私が訪れた集落の中で特に心ときめいたのは、北海道上川郡の東川町(ひがしかわちょう)だ。インテリア雑誌の発行人でもある、婦人画報社時代の先輩の二拠点生活をきっかけに訪れたところ、すっかり魅了された。
空港から好アクセス
大雪山国立公園の豊かな自然
東川町までは旭川空港から7キロで、車で13分ほどだ。旭川の中心地にも20分程度で行けて、バスも通っている。都内からだと札幌や旭川の街へ出るよりアクセスがいい。羽田空港から旭川空港までは約1時間45分のフライトなので、もしかしたら都心から首都圏の不便なエリアに行くよりも、ドアtoドアなら近いかもしれない。
北海道のほぼ中央に位置する人口約8500人の東川町は、日本最大の自然公園「大雪山国立公園」の区域の一部でもある。大雪山系の最高峰、旭岳は標高2291メートルで、極上のパウダースノーを求めてスキーヤーやスノーボーダーが世界中から訪れ、温泉も湧く、山岳リゾートでもある。グリーンシーズンにはサイクリングやトレッキング目的の旅行者が集い、紅葉に色づくこの時期も格別だろう。
北海道では唯一の上水道がなく、全国でも珍しい町でもある。大雪山の大自然が蓄えた雪解け水が地下水となり、生活水としている。清らかな水で育った野菜や米、豆腐や味噌、日本酒造りにも天然水を使うなど、豊かな水がもたらす食への影響は大きい。
“写真の町”を掲げて
夏は展示やイベントも
東川町は北海道ならではの大自然に恵まれた地だが、その魅力は上質な文化にある。1985年には“写真の町”を宣言し、30年にもわたって東川町国際写真フェスティバルや写真甲子園などの文化活動を行ってきた。また“写真映りのいい町”を目指し、町内の店舗や事務所は木彫看板に統一するなど、景観にも気を配っている。富良野や美瑛など、北海道らしい絶景スポットにもほど近い。
夏の間は町の各地で「屋外写真展」なる緑の中で作品を鑑賞できる展示も開催。今まで受賞した鈴木理策、石川直樹、大橋英児などそうそうたる写真家の作品を、自然の中で鑑賞できる。
2021年にリニューアルした東川文化ギャラリーには、1日1000円以下(なんと町民は500円以下!)で使用できるギャラリーや本格的な写真スタジオもある。こちらも1時間1000円で、町民は500円で使用できる。写真を鑑賞するだけでなく、制作するためのサポートにも積極的だ。
町の中心には「せんとぴゅあ」なる文化交流複合施設がある。小学校を改修し、ギャラリーやカフェ、そして日本初の公立日本語学校を設立した「せんとぴゅあⅠ」と、図書館であり、博物館であり、数々のワークショップを開催する「せんとぴゅあⅡ」は、共に住民の憩いの場だ。試験勉強に励む高校生の姿もほほえましく、こんな町で青春時代を過ごしたかった。
よく見ると館内の家具はどれも洗練されていて、それぞれ座り比べてみると実に快適。ライブラリーにはさまざまなデザイナーチェアが展示され、名作チェアに実際に触れ、座ることもできる。館内にはさらに近隣に住む椅子研究家、織田憲嗣氏による「家具デザインアーカイブス」のギャラリーがある。北欧やイタリア、アメリカのミッドセンチュリー展、ポスターとなった椅子展などの企画展もあり、暮らしのなかに入り込むような展示を楽しめる。そう、東川町は家具デザインの町でもあるのだ。
家具デザインの町で工房探訪
居心地のいいカフェ巡りも
東川町にはアーリータイムスアルファやアール工房、大雪木工などの旭川家具の工房がいくつもあり、中には見学が可能な工房も。家具以外にも木工のインテリア雑貨や玩具、食器など、そのまま持ち帰れる製品も多い。郊外にある北の住まい設計社のショールームはその世界観が伝わる空間。カフェやレストラン、選りすぐりの食材が並ぶグルメショップもあり、庭では定期的にマーケットも開催され、町民の交流の場にもなっている。
いい町にはいいカフェが集まる。その証拠に、東川町にも居心地のいいカフェが多い。街の規模を考えると、観光客を対象としているというよりも、地元の人々が日常的に活用しているのだろう。旭川家具を取り入れている店も珍しくなく、カフェ巡りをしながら木工家具のぬくもりを体感するのも、この町ならではの過ごし方だ。
東川町の中心地を歩いて驚くのは、専門店の多さだ。豆腐やドーナツ、玄米おむすび、蒸しパン、シフォンケーキなどかなり細分化され、それぞれにファンがいる。なかには靴下専門店のようなニッチなお店もあった。日常の質を上げ、生活を豊かにしようとする土壌があるのだ。
株主制度や移住サポートも
一度訪れたらファンになる町
そんな気風にひかれて、隈研吾建築都市設計事務所は「東川町サテライトオフィス〈KAGUの家〉」を町の中心地に設計し、22年5月にオープンした。同じく東川町に拠点を移す事業者を募り、「隈研吾&東川町KAGUデザインコンペ」を企画するなど、木工家具の町に貢献している。
また町の事業に“投資”する株主制度(現在は一時停止中)もユニークだ。事業内容は、写真文化首都「写真の町」推進事業、日本福祉人材育成事業、竹内智香選手と協働!スノーボードキッズ育成事業、東川発デザインミュージアム育成事業などから指定できる。町を応援するふるさと納税よりもさらに一歩進んだ、共に町づくりに参加する制度だ。投資すると株主証が発行され、年一度の“株主総会”では意見交流が行え、もちろん株主優待(ふるさと納税の返礼品)もある。
このように、春夏秋冬と年中訪れたくなるのが東川町の魅力だ。次回は暮らすように旅をし、長期滞在してみるのもいいかもしれない。お試し移住を体験するための町営貸し別荘や滞在型交流施設もあるのだとか。そして私も“特別町民”に認定されたくて、どの事業に“投資”するか検討中だ。