小売りを取り巻く環境が大きく変化していることは、ここで触れるまでもありません。ECの大衆化で機能や利便性としての小売りはリアルよりデジタルに勢いがあるし、感覚や感性的な領域においてもテクノロジーの進化には目覚ましいものがあります。アパレルを「所有して着る」という価値観も揺らいでいます。半年をワンサイクルとした「トレンド」でビジネスを続けてきた業界の常識が問われているのです。日本の小売は、欧米を模倣しながら今にいたる道を築いてきました。ところが、お手本とすべきモデルさえ揺らいでいます。そんな中、これからの小売り、いわば「小売りの未来」はどうなっていくのでしょう?本連載では「小売りの未来」について、概念論ではなく、未来を切り拓こうとする具体的な活動を中心に、新しいことに向かう熱量とともにお届けします。
初回は、2021年9月に西武渋谷店でスタートした「CHOOSEBASE (チューズベース)」と、同時期に渋谷に出店した「ベータ(b8ta)」のコラボレーションプロジェクトを取り上げます。
それぞれのオープン一周年を記念し、10月にはピッチコンテストを行なうそうです。掲げたテーマは「生活を変え、未来を変える。」――。“日々のQOLを高めつつ、持続可能な未来へとつながるプロダクト・サービス”について、「我こそは」という企業を募り、優秀賞には「b8ta Tokyo Shibuya」もしくは「チューズベース」への出店料が3カ月無料という特典が付与されます。若い芽を持った企業を応援し、共に未来を築いていこうという意思が感じ取れるイベントです。
どのような意図をもってコラボレーションイベントを行なうにいたったのか、両者はそれぞれ「小売りの未来」をどうとらえているのか。そごう・西武の伊藤謙太郎「チューズベースシブヤ」ディレクターと、ベータの北川卓司社長に聞いてみました。
何かおもしろいことを立ち上げよう
「同じ渋谷ということもあり、お互いの良さを認め合えるかかわりがあるんです」と伊藤ディレクター。「二人で話す中で、一周年をきっかけに何かおもしろいことを立ち上げようと意気投合しました」と北川社長。
「お互いの良さ」とは、どんなところにあるのでしょうか?「チューズベース」は、D2Cブランドの商品をセレクトして販売する売り場で、欲しい商品のQRコードを読み込み、専用サイトのショッピングカートに入れて購入する仕組み。持ち帰ることも、自宅で受け取ることもできます。「百貨店というリアルな場があるからこそ、偶然の出会いも含め、新しい体験や発見を提供することに価値がある。そこで新しい小売りビジネスができるに違いないと考えたんです」(伊藤ディレクター)。一方の北川社長は、「うちのミッションは、“リテールを通じて新しい発見をもたらす”ことにあります」。さまざまな商品を店頭に並べ、実際に手に取ってもらい、必要があれば商品の説明を受けて魅力を感じてもらうこと。販売そのものというより、「体験を通した販売につながる場」を目指しています。両者とも「消費者に売る」を最終目的にしている点で「小売り」に違いないのですが、ユーザーへの提供価値と利益の仕組みが、従来の枠組みと大きく違います。共通しているのは、“もの”の提供価値より、出会いや発見、体験といった“こと”の提供価値をベースに事業を組み立てているのです。利益については売上ではなく、店頭に置くブランドから受け取る固定費をベースにしています。「売上の前年比アップありき」という価値観が強い業界にあって、理解されづらい領域に切り込んでいるのです。
「現在はオンとオフの境目、買う・買わないの境目が曖昧になり、溶け合っている。だからこそデジタルとリアルを掛け合わせ、リアルの力を増幅させると新たな道が拓けると思っています」と伊藤ディレクター。「情報が溢れる中、気楽・手軽に新しい価値に触れることができる場は、デジタルよりあきらかに“記憶に残る”。そこに価値があります」と北川社長。確かに、リアル店舗で買い物している時は、商品だけでなく、風景や人も含めた丸ごとの記憶がどこかに宿っているもの。その価値を増幅させる方向は「おおいにアリ」と思いました。「発見と体験の価値を最大化する」というお二人の話にうなずくところ大でした。
そして、「志のある企業やブランドをサポートしたい」という二人の意見が一致し、ピッチコンテストをやることに決めたそう。「新しい試みを前に進めて未来を創る」という二人の思いがさまざまなベクトルで広がったら。そういう企業を応援したいという意思にエールを送りたくなりました。
体験や出会いの場としての価値づけ
今でこそ成果を上げている「チューズベース」と「ベータ」ですが、スタート時は、日本になかった小売形態。成功するかどうかは未知数でした。「この一年間で『チューズベース』に来店してくれた人は47万人。1日あたり1000~2000人です」と伊藤ディレクター。業績も予算を上回る成功の理由を聞いてみました。
「チューズベース」は、出店ブランドの在庫管理から販売までを引き受ける一連のサービスの対価として、ブランドから固定費を受け取ります。が、百貨店ではリアルとECの在庫管理が別になっていることも多く、店頭で見かけてもECでは売り切れというケースがあったので、抜本的に仕組みを変えたそう。とともにリアルな売り場もユニークな造りで空間が小部屋のように分かれ、楽しんで巡回できる工夫がなされています。が、いずれも人も投資も必要なことで、社内を通していくのは容易ではなかったと想像が及びます。伊藤ディレクターの熱量が、大企業を動かしたところもあったのではないでしょうか。
一方でベータは2015年、リアル店舗における小売りの改革を目ざし、「最もイノベーティブな商品を発見、体験、購入できる場」として、米国サンフランシスコで生まれ、20年に日本に上陸しました。ところが22年には新型コロナウイルス感染拡大の影響により、米国は全店閉鎖に踏み切ったのです。しかし北川社長はベータ・ジャパンとしてライセンスを取得し、独自の道を切り開きました。新宿、渋谷、有楽町、埼玉・越谷の「イオンレイクタウンkaze」などに店舗を構え、今年度の上半期は、予算比63%増と言います。扱う領域も当初とは変わり、食品から化粧品、アパレルなど幅広い分野に及んでいます。“リテールを通じて新しい発見をもたらす”というミッションのもと、「お客さまのQOLが上がるもの」というコンセプトに合うものは、分野を超えて置いているのです。ベンチャーから大手メーカーの商品がフラットに並んでいるのも、見やすさや巡りやすさにつながっています。「それぞれの商品の特徴や使い勝手など、お客さまの要望に応じた接客ができるよう、訓練には手間暇を割いています」と北川社長。そういったサービスを含めた場を提供することが、ベータならではの小売ビジネスと言えます。
そんな二人が描く「小売りの未来」はどんな風景なのでしょうか。「チューズベースという場のサービスをもっと磨き、そこを含めた場としての価値を事業として確立していきたい」と伊藤ディレクター。「ベータならではの“体験型ストア”という価値を広げていきたい」と北川社長。消費者に向けては、デジタルとリアルを掛け合わせ、五感で触れられる発見や体験の価値を進化させる。一方取引先に向けては、売上や場所代でなく、「発見や体験のプロという役割」としての対価を取る。そこには、まだまだビジネスの余白があると感じましたし、実はそれ、小売りの基本中の基本だとも思ったのです。いつの間にか、そこが置き去りにされたのではないでしょうか?「未来に向けた基本の見直し」、大事だと思いました。
10月28日に「チューズベース」で行う「CHOOSEBASE SHIBUYA / b8ta Japan 1周年記念コラボイベント」では、トークセッションとピッチコンテストが開催されます。次号では、その様子を伝えながら、「小売りの未来」を探ってみようと思います。
川島蓉子:1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、『すいません、ほぼ日の経営。』などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている