ファッション

島精機が目指す「バーチャルアパレル革命」、60周年イベントで展示

 島精機製作所が、9月1日から11月30日までの3カ月間、和歌山本社とオンラインで「創立60周年記念イベント」を開催している。これまでは1500人程度を和歌山本社に招待して周年イベントを5年ごとに行ってきたが、今回はコロナ対策として長期間のイベントに変更。国内外の顧客が期間中、予約すればいつでも来場でき、オンラインでも参加できる形を整えた。

 イベントのテーマは「オープン アップ ザ フューチャー」。サステナビリティをキーワードにアパレル業界のみならず、他業界においても未来を切り拓いていく姿勢と思いをアピールし、先進的な取り組みと今後の方向性を紹介する。

 イベント開催に際して同社の島三博・社長はこう挨拶した。「これまでの60年間は山あり谷ありだったが、今は谷底から出直して一生懸命山を登っている最中だ。この先も長く存続していくために解決すべき問題を解決し、反省すべき課題を反省して出直していく。イベントではその姿をすべてさらけ出した。暗い世の中でもファッション業界は着る人を幸せにする、ワクワクするような洋服を作らなければならない。そのためには我々自身もワクワクしながら目標に向かって仕事をすることが大切。未来を切り拓くのは自分自身だという思いを込めてイベントを企画した」。

 本社1階の玄関ホールでは、同社の経営理念や代表的な編み機と歴史、グループ会社や出資企業との取り組みを展示。ハイビジョンホールでは、バーチャルファッションショーの上映やXR(クロスリアリティー。VR=仮想現実、AR=拡張現実、MR=複合現実、SR=代替現実の総称)を活用した販促ツールの紹介と体験、メタバースでのコミュニケーションといったデジタル化で変わる未来の展示方法や仕事の在り方、ニットの可能性を紹介している。

 バーチャルファッションショーの前半には島社長のアバターが登場し、メッセージを発信。同社のデザインソフト「エイペックスフィズ(APEXFiz)」で作成したバーチャルサンプルを着たアバターモデルが、さまざまな場面でウォーキングしたり、空中を飛んだりとバーチャルならではの見せ方でコレクションを披露する。バーチャルサンプルとはいえ、リアルなサンプルとほぼ同じデザインが再現されていてその精度の高さには目を見張る。配色や柄、着こなしなどを自由に展開できるのも、バーチャルファッションショーの魅力だ。同社トータルデザインセンター広報担当の烏野政樹氏は「3Dデータなのでいずれは5G通信などを使って好きなアングルからインタラクティブに体験できるようになる」と解説。同ショーは9月から特設サイトでも視聴可能だが、本社会場では空間を生かした特殊効果の演出も体験できるよう工夫されている。

 さらに、エイペックスフィズとKDDIのXR技術を連携させたアパレル小売向け販促パッケージ「XRマネキン・フォー・エイペックスフィズ」を体験できる展示コーナーも用意されている。

 XRは消費者に新たな顧客体験を提供できるデジタルコンテンツとしていま注目されている技術。スマホなどのデバイスで商品を360度好きなアングルで確認できるKDDIのXRマネキンを活用することで、バーチャルサンプルを用いたデジタルカタログやVRショールーム、店舗内でのAR(拡張現実)体験も可能になる。さらに店頭在庫を持つことなく販売でき、在庫レスの物作りにもつながるという。

 例えば、KDDIが提供するスマホ向けサービス「au XR ドア」のウェブ版を活用した「VRショールーム」では、バーチャルサンプルをコンセプトにあったVR空間で360度見られるよう展示できる。スマホでQRコードを読み込み、3つの背景画像からひとつを選ぶとバーチャルサンプルが登場。床を認識させて目の前でARを体験したり、高精細なシミュレーション画像を表示したりできる。

 さらに、スマートグラスを使ったバーチャル展示でも、3Dデータのホログラムを目の前に立体的に投影することができ、360度回り込んで見ることが可能だ。ほかには、データの軽量化作業をしなくても高精細なバーチャルサンプルのモデルをVRやARで配信できるシステムや、KDDIが企画開発したバーチャルヒューマン「コウ」を活用した製品PRや店舗活性化の提案コーナーも興味深い。

ファッション以外でも広がる可能性

 今回新たに提案するメタバース技術を活用したコミュニケーションサービス「サンプルプランニングシステム」(仮称)も見逃せない。開発コンセプトは「場所と時間の壁を壊す新しいサービス」で、ものづくりにかかわる現場の担当者が世界どこからでも参加でき、同じ空間でバーチャルサンプルを見ながらの打ち合わせが可能になる。「サンプルを極力減せるうえ、仮想空間上に付箋を残すことで時間の壁を取っ払うことができる。時差のある国間での議論にスムーズに入れるのがメタバースのいいところ」と開発担当者は話す。

 ハイビジョンホールでは、2018年から取り組んできたマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボとの共同研究についても展示。MITが開発した最新のファイバー技術とホールガーメントの編成技術を融合することで自由に形状変化する次世代の生地の開発をめざしている。ファッション分野に限らず、医療や建築インテリアなど新たな分野への提案が期待されている。

 2階のトータルデザインセンターには、バーチャルファッションショーに出品した20体のうち10体をリアルサンプルとして展示。同時に、XRのコンテンツを活用して在庫を置かない未来の店舗スペースの提案も行っている。来社できない場合でも、360度VR空間を表示することで現地と同じような体験が可能だ。

 第5世代のホールガーメント横編機「SWG-XR」で編成されたサンプルも展示されており、多様な付加価値のあるものづくりを可能にした機能の進化ぶりには驚かされる。「シンカーを一新し、4カムキャリッジと自走式キャリアを採用したことにより、複雑なデザインでも非常に効率よく生産できるようになった」(開発担当者)。これまで不可能だったパンチレース編やインターシャ編みも可能になり、デザインやシルエットのバリエーションが広がっている。

 今回のイベントでも評価の高いSWG-XRについて島社長は、開発現場の意識改革が進んだ成果だという。「従来と異なり、ボトムアップでアイデアが出てきて、世の中にないおもしろいものが生まれやすい環境になりつつある。プロトタイピングのスピードを上げ、新しいものを作っていくプロセスが具現化されたひとつが、 SWG-XRだといえる」。

 60周年の節目を迎え、これからの方向性を問われた島社長は「人が生きていくために欠かせない衣食住すべての産業に有機的に関わっていきたい」と意欲を見せた。横編み機の世界的なリーティングカンパニーとして地位を築いてきた同社が、厳しい時代を乗り越え、どんな変化を見せてくれるのか、ますます目が離せない存在になりそうだ。

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