ファッション

慶大医学部教授・宮田裕章が「ギリギリを攻める」自身のスタイルとファッション業界について大いに語る

宮田裕章/慶應義塾大学医学部教授、データサイエンティスト

PROFILE:(みやた・ひろあき)1978年生まれ。2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。早稲田大学人間科学学術院助手、東京大学大学院医学系研究科 医療品質評価学講座助教を経て、09年4月東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座 准教授、14年4月に同教授に就任(15年5月から非常勤) 。15年5月から慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 教授、20年12月から大阪大学医学部 招へい教授に就任。著書に「共鳴する未来 データ革命で生み出すこれからの世界」)河出新書、「データ立国論」(PHP新書)などがある

 慶應義塾大学医学部教授であり、データサイエンティストの宮田裕章は、自宅の部屋を埋め尽くすほどに洋服を蓄える生粋のファッションアディクトだ。ホワイトヘアとモードをまとう出立ちで報道番組やニュースメディアに出演し、その名前とビジュアルは瞬く間に世間へと広まった。

 宮田自身が人類のプリミティブな文明と位置づける“まとうこと”への哲学は、「枕草子」や「モナ・リザ」の話へと広がり、医療ビッグデータ活用のアカデミアでいながらアーティスト然とした感受性を併せ持つ、彼の脳内の一角を占めるファッションについての話は興味深い。自身のファッション論に加え、データサイエンティストとしてファッション業界をどのように見ているのか。そしてその課題とは何か。理路整然と語る中にもファッションへの熱量が伝わってくるロングインタビュー。

世界をどう感じて、何をするのかは自分次第

WWDJAPAN(以下、WWD):テレビ番組出演時などの“攻めた”ファッションの印象が強いが、今のスタイルにたどり着くまでのきっかけは?

宮田裕章・慶應義塾大学医学部教授(以下、宮田):呉服屋を営んでいた祖母からの影響があります。祖母のスタイルは和服でも洋服でもとにかく強烈なものだったと記憶しており、それは「派手」というより「尖っていた」と言い表すほうがしっくりきます。そんな祖母の姿を幼少期から目にしてきた私もまた、“まとうこと”への意識が早い段階から芽生えていたように思います。

 そもそも、現代社会を生きていく上で“まとう”ことからは逃れられません。であれば、「好むと好まざるとにかかわらずなんらかの意味を持つものであり、それに対して自分はどういったスタイルを持つべきなのか」ということを10代半ばごろから考えてきました。また同時期には、「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」のデザイナー、川久保玲さんの“自分と社会、または世界と向き合うための一つの考え方であり鎧である”や、“自らを奮い立たせるためのもの”といったコンセプトにとても共感していました。日頃制服を着用する高校生ながら私はそこから徐々にモードの世界へと入り込み、大学進学後、着る服に制限がかからなくなったことで本格的にワードローブとして取り入れるようになりました。

WWD:当時よく着ていたのは?

宮田:「コム デ ギャルソン」のパッチワークのアイテムや、エディ・スリマン(Hedi Slimane)が手掛けていた「イヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT)」(現「サンローラン」)、「ヘルムート ラング(HELMUT LANG)」や「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」などです。エディ・スリマンの「イヴ・サンローラン」のファーストコレクションで登場したワイドパンツは今でも穿いています。あとは初期の「メゾン マルタン マルジェラ(MAISON MARTIN MARGIELA)」(現「メゾン マルジェラ」)。ファッションの刹那的な側面ではなく、100年の歴史を見通すなかでのスタンダードを考えるというアイデアに斬新さを覚えました。2010年前後にはフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)の「セリーヌ(CELINE)」や、リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)の「ジバンシィ(GIVENCHY)」など、ウィメンズ展開の服も着ていました。

WWD:番組出演でもテーマに合わせてファッションを決めることもあるがファッションの重要性は?

宮田:高校生の頃から、自分が何者でもないにもかかわらず「世界をどう感じて、何をするのか」などと意気込んでいました。10代の多感な時期というのはさまざまな物事とつながることができる時期でもあって。私が学生時代にもネット環境はありましたが今ほどのものではなく、書籍など直接アーカイブに触れるほうが主流でした。それらをもとに時間軸をさかのぼり、いろいろな物事とつながって、何が大切なのかというのを掘り下げていましたが、その中でもファッションはとても大切な存在だったと当時も今も感じます。ファッションには言葉を介さずとも、こうした志やアティテュードを奮い立たせたり、同じ意識を持つもの同士を共鳴させたりする性質があるように思います。そういった面で、私がマスメディアに登場した際のスタイルに共感できる何かを感じ取ってくれる方がいることは大変光栄なことです。

WWD:今日のスタイリングについて教えてほしい。

宮田:あえてブランドをミックスして着てきました。白のアウターはラフ・シモンズが手掛ける「プラダ(PRADA)」で、ピーター・デ・ポッター(Peter De Potter)のアートワークが使用されています。花柄のインナーはヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)期の「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」。彼の提案するファッションスタイルの中でも、ダイバーシティー&インクルージョンの打ち出しや考え方にとても共感していました。スニーカーはデムナ(Demna)が手掛ける「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のランナー。個人的にですが、デムナはファッションが似たようなものであふれた時代に新たな動きをもたらした功労者だと思っています。また、美醜を超えたチャレンジングな表現を一貫している点も素晴らしいですね。パンツは古着で「マリテ + フランソワ ジルボー(MARITHE + FRANCOIS GIRBAUD)。これは渋谷の古着屋「シーン(SCENE)」で購入しました。オーナーの伊藤さんは原宿にあった古着屋「ゴーゲッター(GO-GETTER)」でバイイングをされていた方で、私は伊藤さんのことをリスペクトしています。ピアスは「クロムハーツ(CHROME HEARTS)」のペンダントトップをフェイクピアスとして使っています。フェイクピアスは自分の中でファッションの密やかな楽しみ方の一つですね。バングルは代官山の「リフト(LIFT)」で購入したもので、自然をモチーフにしたデザインになっています。

今の世界と美しさの基準を知るためのパリコレ

WWD:服を選ぶときのこだわりやポイントは?

宮田:自分に備わる属性や伝えたいインスピレーションと、洋服が響き合うことを大切にしています。私の中には自分のパーソナリティーがいくつかの“キーワード”として存在していて、基本はそれに沿いながら服を選んでいます。そのキーワードに合わないものを取り入れると事故が起こりますし(笑)、かといって同じものばかりではマンネリズムを起こすので、属性に合わせつつうまく崩すことで調整しています。ちなみにこのキーワードをお教えすることはできません(笑)。それは広告などで、“さわやか”をキーワードにする表現において「さわやか」と口に出して説明してしまうような、元も子もないものになるからです。ただ、絶対キーワードにならないものはあります。それは“愉快”。面白い系の服は自分に似合わないんです。「ウォルター ヴァン ベイレンドンク(WALTER VAN BEIRENDONCK)」の服がすごく好きで今までに何度も買っているんですが、そのたびに大事故を起こしてきました……(笑)。同様に、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)の「グッチ(GUCCI)」も好きですが彼のユーモラスな感性が自分に似合わず、着るとけんかしてしまいます。定期的な事故は大事な経験だと思う一方で、さすがに20年以上いろいろな洋服を着てきたことで、愉快は似合わないと理解しました。

WWD:ファッションの情報はどのように入手している?

宮田:メゾンブランドのショー開始を待ち構えてリアルタイムで視聴、なんていうこともしていましたが、最近はリアルタイムにこだわらずアーカイブとして上がってきたショーをチェックして、その中から関心を持ったブランドを探ることが多いです。コロナウイルスの影響でブランド側もオンラインを前提に映像を作ったりと、さまざまな変化が見られます。私としても、コレクション発表の現地にいることや情報をリアルタイムで入手することより、「みんなは今世界をどう見ているのか」や、「何を美しいとしているのか」など、インスピレーションをどう受け取るかを大切にするようにしています。そういった意味では、パリのウィメンズコレクションが見ていて一番楽しいです。ファッションの流れは基本的にウィメンズから作られていて、実際にも多くのメゾンがウィメンズに力を入れていますよね。そこに新しい時代や息吹きが込められているのだと感じます。コレクション時期には、いろいろなファッションメディアにも目を通します。例えば「WWDJAPAN」ならこのコレクションをどう捉えているのかと、答え合わせのように確かめていく作業も好きなんです。それもまた、ファッションの楽しみ方の一つの側面だと思っています。

WWD:現在、好きなブランドは?

宮田:決まったブランドは特にありませんが、ここ最近だと現代美術家のスターリング・ルビー(Sterling Ruby)の服をよく着ています。彼の作品、そして洋服から、異なるもの同士の出合いや相反する存在を組み合わせることで生まれる強烈なエネルギーを感じ取っています。この感覚というのは、現在進めている飛騨での大学作り「Co-Innovation University」(仮称)をはじめ、人と人、人と世界、人と社会をどうつなぐかという私自身のクリエイションともつながる部分があるように思えるんです。

WWD:会ってみたいデザイナーは?

宮田:まず、川久保玲さん。ですが過去に一度対談をオファーさせていただいたことがありますが断られてしまったので難しいでしょうね。あとはデムナ。彼が見ているファッションの未来は知りたいです。まぁどちらも、向こうからしたら「誰だお前は」って感じでしょう(笑)。会ってみたい、からは少し離れますが「ユイマ ナカザト(YUIMA NAKAZATO)」のデザイナー中里くん。「ファッションフロンティアプログラム(FFP)」というプロジェクトの発起人で、私も一緒に審査員をやらせてもらっていますが、彼は若手の中で期待値がとても高く、面白いデザイナーだと思います。

「変化する状況を踏まえて、ギリギリを攻めています」

WWD:ファッションスタイル以外に髪型も注目を集めたが、今のヘアスタイルはいつごろから?

宮田:ホワイトブリーチにしたのは5年ほど前からです。その前は黒髪の長髪、さらにその前はアシンメトリーと、もともとエッジが立ったヘアスタイルを好んできました。おそらく日本の多くの皆さんが私を認識してくれたのは、NHK「クローズアップ現代」や日本テレビ「真相報道 バンキシャ!」などの番組出演あたりからだと思います。マスメディアというのは大衆に対しての発信を意図している性質上、少しはみ出したようなことをするとすぐに「それはどうかと思うよ」と言われる空気が強かったりします。私はそれをある程度読みながらも、ある部分では覚悟のもと傾(かぶ)く、という姿勢で続けています。ファッションでもヘアスタイルでも、自分の中のスタンダードを変えるとき、大きく踏み出すと狂気じみた存在になりますよね。私は既に故人となったアレキサンダー・マックイーン(Lee Alexander McQueen)が放っていた狂気も好きですが、スタンダードを考える場合だとある程度のバランスが必要になります。そこで、「WWDJAPAN」や「VOGUE RUNWAY」、あとは当時だと「STYLE.COM」など、モードの過去10年分ほどのアーカイブに目を通し、狂気まではいかず、しかし多すぎて陳腐化しないものは何かとリサーチしました。その中から特に直近3年間で、時折登場してくるものの流行までに及んでいないのがホワイトブリーチだったんです。

 もう一つ別の理由として、私が教授として勤めている慶應大学病院にはTPOがあります。それは接客業としての身だしなみのようなもので、肩以上の長さになったら束ねる、攻撃的な色は禁止などです。そこでも白系のカラーならTPOを守れているな、と思いました。なぜなら、カラードヘアの中でもホワイトブリーチはエクストリームなわけですが、いわゆる攻撃的な色ではないからです。これを攻撃的だとすると、シニアの方のシルバーヘアを否定することにつながる可能性があります。様々な状況下でギリギリを攻めている、といえるかもしれません(笑)。しかもこのホワイトブリーチはものすごくブリーチ時間が長くて、人によってはこの色になるまでに髪が溶けてしまう可能性もあるので、そもそもやる人が少ないです。万人向きではないので、流行する心配もありません。

 ただ、私自身が今後もこの髪型でい続けるかどうかは分かりません。これはファッションの面白さともつながる話になりますが、つい1週間前まで「こんなダサい格好するものか」と思っていたことが急にカッコよく見えたりする瞬間ってありますよね。私も学生時代、友だちに対して「あのときはあんなふうに言ってしまって悪かった。やっぱりこれは最高だよ」と、自分の言動や考えを180度覆した経験が何度もあります。その逆で、一生着続けると思っていた存在が急にどうでもよくなってしまう瞬間もある。その変化がファッションの醍醐味でもあると思っています。もちろん、その波を意図的に作り、使えるものを廃棄させる業界のビジネスモデルはサステナビリティという観点から変えなければなりませんが、移り変わる人の心の中で美しいものを探していく行為はとても大切なことです。これに関しては僕ら世代より、インターネットを通して世界中とつながるアルファ世代の子どもたちのほうが「サステナビリティとは何か」や、「ウェルビーイングとは何か」などといった本質的な部分をキャッチできるような気がします。むしろ、彼らがつながったことによって磨き上げてきた倫理観が今の世界をドライブしているとも言えます。

千年前の刹那の美、五百年前の普遍の美

WWD:自分の価値観に影響を与えた存在は?

宮田:清少納言の「枕草子」と、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)が描いた「モナ・リザ」です。まず「枕草子」ですが、これは私にとってファッションのバイブルです。私のような研究者や新たに事業を興す人物たちは、今後世界でどれが普遍的でスタンダードな存在になるのかを探り、揺るがないものに価値を置きます。それこそマルタン・マルジェラの“100年の歴史を見通す中でのスタンダード”や、メンズならば時計やビンテージデニムをはき続けることにも近く、私も一人の研究者として普遍的な美を大事に思っています。しかしその一方で、変わりゆく一瞬の中にある美しさというのも大切にしたいものになります。

 「枕草子」は冒頭を飾るフレーズ「春はあけぼの」から幕を開けます。当時の価値観においても「春=桜(花)」ですが、しかしそのあとも「やうやう白くなりゆく山ぎは……」と続きます。清少納言は、冬が終わって訪れる命の芽吹きを夜明けに例え、周辺が次第に明るくなっていく様子や命そのものが灯っていくさまを「春」としています。清少納言と、彼女が仕えていた中宮定子のサロンが有していたエッジの効いたセンスが際立つ表現ですが、私はこの瞬間の美しさを捉えた「枕草子」とファッションに覚える刹那的な感覚は共通するように感じました。現代では刹那的なファッションの存在は軽視されがちでもありますが、移ろいゆく美しさはファッションの素晴らしい部分ですし、どの産業と比べてもそこを明確に表現しているのがファッションだと私は思っています。

 次に「モナ・リザ」ですが、これは私のキャリア開始時に何をしたいか考えていた際、「モナ・リザ」を見る機会がありました。そのことが自分にとってかなり大切な体験になっています。この作品には諸説あるため、ここでお話しするのは私の考えになりますが、ダ・ヴィンチが「モナ・リザ」を通して伝えたかったことは普遍的な美であり、微笑みで人と人とがポジティブに共鳴し合うことこそが美しさなのではないか、と考えています。

 後世の学者たちが検証した結果、ダ・ヴィンチはいろいろな作品を残していたことから万能の天才なんていわれてもいますが、それらは全部「モナ・リザ」を描くための手段であったと考えます。死体を解剖していたというのも表情筋を研究するためで、「笑顔とは何か」を知ることでスフマート画法にたどり着いたのではないでしょうか。また、物理学も学ぶことでダ・ヴィンチは超遠近画法による無二の空間を作品内に表現しています。

 そして、作品に描かれた人物。女神でも偉人でもなければ、かつての美意識からも美しい存在ではない「モナ・リザ」は今見ても微妙で、ただただ一人の女性が微笑んでいる絵画なのに、作品を目の前にするとなぜか時間が滞留しているように感じるのです。おそらく、鑑賞者と「モナ・リザ」の視点が結ばれたときに作品は完成するのだと思います。人類が誕生したときからこの先千年、一万年……ダ・ヴィンチは「モナ・リザ」の微笑みによって普遍的に大切なことを表現しているのか、とまぁ私の勝手な解釈ですが(笑)。とにかく感銘を受けて、自分もこんな仕事をしたいと思いました。もちろん私はダ・ヴィンチのようにはなれないし、彼も今の時代を生きていたらきっと油彩画家ではないだろうとも思いつつ、そのとき感じたイメージに近づけるように意識しているので「モナ・リザ」からの影響は大きいものでした。

“まとう”ことでコミュニティーが形成される未来

WWD:著書「データ立国論」の中で、社会はデータ活用による「個別最適」へと移行し「最大“多様”の最大幸福」の実現が重要と述べているが、今後、個人に最適化されたファッションは提供される?

宮田:データ活用による「個別最適」はファッション業界を発展させていく一つの契機だと思っています。これまでの歴史上、ファッションの個別化にはオートクチュールがありますが、お金と時間を有する人だけを対象にしたもので現実的とはいえず、多くの人にとってファッションは作られた歯車の中に存在しているわけです。この個別化の考えはこれからの十数年で変わっていくだろうといわれています。

 映画や音楽など、エンターテインメント業界はすでに「個別最適」にシフトしていて、全員が同じものを見たり聴いたりするのではなく、一人一人の個性を捉えた上でもの作りをしていく流れがクリエイターたちにも備わってきていますよね。幅広い層の集客や購買のための“みんなの人気もの”は、みんなという不特定多数の存在によって牙を落とされ、分かりやすく、非常に典型的なブランディングによって拡散していくことになります。しかし今は、例えば映像の世界であれば映画館の集客を見込む方法よりも早く世界中とつながることができ、魅力的な作品を生み出せば経済を回せるようになっています。データの活用によってクリエイションの時代は間違いなく変わり始めていて、それがファッションにもやってくるのではないかなと。

WWD:さらに「データ立国論」の中での将来の話として、ファッションが好きで環境問題に興味がある人が、エシカル素材の商品を購入することでその行動履歴がアプリのポイントとして蓄積され、ポイントが高い人たちは「ソーシャルグッド・ファッショニスタ」に認定されることで、お金では買えない体験をすることができる時代が来るという話が興味深い。

宮田:例として中国ではユーザーが環境にいい行動をするとバーチャルで植物が育っていくアプリケーションが実際に開発、運用されています。その植物を一定以上育てていくと、今度は本当に植樹されるというシステムで、植樹された自分の植物を見に行くツアーを開催している会社もあったりします。

 つまり、以前なら見えづらかった行動がデータ活用によって個別に可視化されるようになってきているということなんです。環境は一つの切り口になりますが、ファッションは今後服を着ることや瞬間的な映えだけではなく、多様なコミュニティーの中で何を大事にして、どういうふうに人や社会とつながっていくかという役割を担う可能性を大いに秘めていると思います。なぜならファッションは元来から、言葉で説明せずとも“まとうこと”でつながりを形成していける性質を備えているからです。

 そして、服を着る意味も変わってくるだろうと予想されます。多様性の中からいかに未来を作れるかは、日本のビジネスにとっても非常に重要なところで、その面でもファッションが果たせる役目は大きいように感じます。さらにこれからの時代、メタバースになれば、いよいよファッションの振り幅は広がります。男性の私がバーチャル空間で女性の体をしたアバターによってファッションを楽しむこともできるかもしれません。現実空間における自分の体形の限界と向き合いながら選択するファッションだけではなく、制限のかからないところでファッションにまつわるさまざまなことを楽しみながら、リアル空間でそれをバックアップしていくファッションのあり方が生まれていいと思っています。これからは、今までのファッション産業が変わるだけではなく、ほかのビジネス分野や社会と結びつきながらどう成長していくかがポイントなのではないでしょうか。

WWD:同書にはフューチャータグを例にした「この洋服を買うことは、生地の生産国の労働者を支援する基金の支援につながる。さらに洋服のタグにスマートフォンをかざせば、生産者それぞれの情報がすぐに出てきて、どんな人々の支援につながるのかといった情報も得られる」とあるが、洋服を買う際の付加価値についてどう考える?

宮田:まずは自分がまとうものより先に、人への贈りものとして広がっていくのではないでしょうか。いろいろな企業と話をしていると「自分のものは安くて便利なもの」という風潮はいまだ強く、人へ何かを贈るときに気を配る人が大半です。そうなると、「これは良いものです」や、「おいしい」、服ならば「似合う」など、それらをフルチューニングするのは難しいですよね。けれども、善意の中で「未来に貢献するものです」というものであれば、より贈りやすく、受け取りやすくもなるはすなので。

「データはあくまでも手段です」

WWD:ファッション業界への提言は?

宮田:一つ言えるのは、モノを売るだけの時代はどの産業においても終わります。今はモノを売るという感覚の時代ではないので。それこそ医療の現場は今、だれが、どういう薬を、どのタイミングで提供して、それを飲んだ人が元気になったのかまでのデータを回すことで初めて価値が発生する時代になっています。薬を売り、多剤投薬で何かしらの害や副作用が出たけど知らん顔、なんて企業は絶対に生き残れません。

 音楽にしても、もはやCDだけを頑張って売る時代ではないですよね。それに、CDを買って1年間で2、3回しか聴かない人もいれば、何十回と繰り返して聴く人もいるかもしれないのに、同じ価格というのもよくよく考えてみればおかしな話なのかもしれません。音楽は、聴くという体験を売るビジネスへと変わり、さらにどういうシチュエーションでどう聴くかまでになっています。スマートフォンを通じて聴くかや、ライブで聴くのかなど、それぞれに付加価値をつけながら体験を作っています。

 服もまた、売るだけのビジネスからその服を着てどういう生活を送るのかにシフトするのだろうと思います。ファッション産業においてはそこを捉えるようなビジネスが次のスタンダードをつかむのでしょう。今までアナログで分かり合ってきたものが、今ならデータによって具体的に理解することができます。そうすると余剰在庫を出さずに、生産、受注管理を行うことも現実的になってきます。もちろんそのためにはエンゲージメントの高いコミュニティーをしっかり形成しなければ成立しませんし、ファストファッションのような超大量生産では人のニーズをつかみきれない部分が出てくるという点で、全てのブランドで同じことができるかは課題になってくるのだと思います。

 この先の時代はNFTや新しいデジタルマネーなど、さらに多様なコミュニティーが生まれていきます。WEB3.0以降においては、トップダウンで大きなものを作ることより、ボトムアップで生まれてくる多様な価値でありコミュニティーをいかに多層的につなげるかがカギを握っていくことになるのだと思います。そうなると、人々のライフスタイルを彩る美しい体験や楽しさ、さまざまな文化の架け橋として大きな可能性があるのがファッションです。

 これまでの日本だとドレスコードは個性を刈り取るものとして存在してきました。いかに無難なのかが重要視され、私自身そこと向き合ってきましたが、本来のドレスコードというのはルールの中で個性を表現することです。そのことからスーツや制服、着物なども、オンラインが大きなウエイトを占めつつある現代で、いかに人と人との対話に寄り添う存在になり得るのかを創造した先に次の姿があるように感じます。私自身としても、個別化や多様化に対応するビジネスモデルを作るというのは職務上の鉄板ですが、データはあくまでも手段です。多様なコミュニティーを作ることと“まとう”ことを含めたファッションがつながっていくことも踏まえながら、その先に作るべき未来に向けて楔(くさび)をさしていきたいと考えています。

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