アメリカ出身でロンドンを拠点に活動するコーナー・アイブス(Conner Ives)は、アメリカン・ドリームを体現するデザイナーだ。ニューヨーク・ベッドフォードで歯科医の母と牧師兼心理療法士の父の間に生まれ、18歳でロンドンの名門セント・マーチン美術大学(Central Saint Martins)でウィメンズウエアデザインを学ぶために単身渡英する。在学中の2017年には、モデルのアジョワ・アボアー(Adwoa Aboah)の「メットガラ(MET GALA)」の衣装を制作し、21歳の若さでデザイナーとしてレッドカーペットデビューを果たした。翌年には、リアーナ(Rihanna)からのオファーを受けて、彼女が当時手掛けていたブランド「フェンティ(FENTY)」のデザイナーを務めた。卒業作品の2021-22年秋冬コレクション“アメリカン・ドリーム”で、21年「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE)」のファイナリストに選出。今年2月に開催されたロンドン・ファッション・ウイークで自身の名を冠したブランドのデビューショーを行った。
「コーナー アイブス」のクリエイションの源は常に故郷アメリカの田舎町にある。古き良きアメリカに思いを馳せながら、デッドストックとビンテージピースを使ったアップサイクルの手法で、現代的なスタイルへと落とし込む。アイテムは古着のTシャツを使った約1万5000円のウエアから、デッドストックのシルクに手作業でスパンコールの装飾を施した約38万円のイブニングドレスまで幅広く、主にデザイナーと同じZ世代から支持を集めている。アメリカン・ドリームの道を着実に歩むアイブスに、「フェンティ」での経験や、デザイナーとしての信念について聞いた。
――デザイナーを目指したきっかけは?
コーナー・アイブス(以下、アイブス):昔からファッションが好きだったので、物心ついた頃には他人のために洋服を作りたいと思っていました。例えこの世界に大量の洋服が生産されているとはいえ、デザイナーの道に進もうという気持ちが芽生えていたのです。他人に洋服を作ることで世界とつながり、その関係性の中で自己を築き上げたい。自己満足ではなく、責任を持っていい服を作りたいという思いは今も変わりません。
――これまで影響を受けたデザイナーは?
アイブス:私は大のファッションオタクで、本当に多くのデザイナーを尊敬しています。名前を挙げるとしたら、アイザック・ミズラヒ(Isaac Mizrahi)、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)、トッド・オールダム(Todd Oldham)、ホルストン・フローウィック(Halston Frowick)らでしょうか。特にアメリカ出身のデザイナーが大好きで、彼らのライフスタイルに関する神話を研究します。自身のライフスタイルを切り売りして人物像を作るというのが、彼らの称賛すべき特徴です。起業家的な精神でもあり、とてもアメリカらしいと思います。
古着やデッドストックに宿るエネルギー
――古着を用いたハンドメイド製品を主に提案している。既存のアイテムを再構築する魅力とは?
アイブス:私は人間として、何かしらのかたちで物からエネルギーを受け取っていると感じます。洋服が持つ、心情を投影する力に引かれてきたのです。お気に入りのTシャツやセーターを持っていると、ワードローブにある普通のアイテムよりもはるかに価値があると思い、ポジティブな感情が生まれてきますよね。そういう“熱気を帯びた”ような洋服から、エネルギーが伝わる気がするんです。既存のアイテムから再構築した私たちの作品が、誰かのお気に入りになってほしいですね。
――アップサイクルの制作で苦労したことは?
アイブス:使用できる古布に制限があるため、数量しか生産できないという点で苦労することはあります。でも最初からアップサイクルの手法でデザインしてきたので、クリエイションにおいて障害になることはありません。
――リメイクを取り入れるブランドが増えている印象だが、差別化を図るために意識していることは?
アイブス:私はセント・マーチン美術大学の学生だった2016年から、この方法で洋服を作ってきました。だからほかとの差別化を意識するよりも、自分の価値観に忠実であり続けることが重要だと考えています。アップサイクルを取り入れている理由は、大量生産や大量消費で犠牲となった実存する“死者(デッドストックや古着)”のためです。私は業界に変化をもたらすために既存アイテムのリメイクに取り組んでいるので、同じアイデアを持つブランドが増えているのはすばらしい兆候です。
――Z世代は「自分が共感するもの、価値を感じるもの」に投資する傾向があるといわれている。同世代の心をつかむために工夫している点は?
アイブス:私が作る洋服は、自分にとって個人的なもの。損得感情ではない、心の通ったパーソナルな作品です。自分の行いに違和感を覚える時は、いつもこのことを思い出しています。製品が市場に広く流通するようになって最も衝撃的だったのは、人々が洋服に“情熱”を感じると言ってくれたこと。これ以上にうれしいことはありません。だから、仕事に対して誠実で、真摯に向き合うことが何よりも大切だと思うのです。ファッションは時に頭で考えすぎることがありますが、感情よりも思考が有利になることはない。私たちは誠実に働き、正直にコミュニケーションを取り、受け手がこれを理解してくれるのを願っています。
26歳でかなえたロンドン・コレクションデビュー
――デビューとなる2021-22年秋冬コレクションに“アメリカン・ドリーム”と名付けた理由は?
アイブス:やや神話的でもあるアメリカン・ドリームの概念の探求が目的でした。このコレクションを制作した時、私はロンドンでの生活が6年目を迎えており、自分自身のアイデンティティについて深く考える時期でもありました。6年間に起こったいくつもの出来事が、私自身のアメリカン・ドリームと捉えていたのです。実際に私がロンドンの地で自己を確立したとしても、アメリカ人である限り、それはアメリカン・ドリームであるという結論に達しました。空想と妄想を描きながら、私の周りにいる女性たちにも影響を受け、各ルックは個々に異なる夢を持った女性を表しています。
――自身のコレクションを通じて、世の中に何を伝えたい?
アイブス:情熱。それ以外にはありません。
――出身地のニューヨークからロンドンを拠点に選んだ理由は?
アイブス:セント・マーチン美術大学で学ぶことが長年の夢で、そのためにロンドンに来ました。学生時代は制作に夢中で、外国で自分の人生を築いていることにさえ気づかなかったくらいです。イギリスのファッション業界と友人らの助けもあって、いつの間にかロンドンが拠点になっていました。何よりこの街が大好きで、制作やクリエイションにおいての条件も全て満たしています。卒業したのが2020年半ばのコロナ禍ということもあり、アメリカに戻るという選択肢が消えました。
――リアーナの依頼で、22歳の時に「フェンティ」でデザイナーを務めた。世界的ディーバのもとで働いた経験でどんな刺激を受けた?
アイブス:リアーナは、いいボスとしての完璧なお手本です。彼女が会議で全員に平等に耳を傾けていた姿を鮮明に覚えています。大きなチームでしたが、彼女は全員の名前を知っていました。私は親と同世代の人々に囲まれ、キャリアのない若者として弱者の立場にありましたが、リアーナと彼女のチームは私の意見を必ず聞いてくれました。会社を経営するうえで重要なことを学んだこの経験を、決して忘れません。
――現在の卸先件数と地域は?今後どれぐらいの売上げ規模を目指したい?
アイブス:現在の卸先は、「マッチズファッション(MATCHESFASHION)」や「ファーフェッチ(FARFETCH)」「ネッタポルテ(NET-A-PORTER)」などのラグジュアリーECを中心に16アカウントを持っています。ブランドにとってアメリカとイギリスが最大の市場です。目標を設定したことは一度もなく、現状の結果はうれしいサプライズです。このままいい波に乗りたいですね。
――日本市場についての印象は?
アイブス:東京の店ならではの独自性が大好きです。日本のサブカルチャーがファッション業界全体に多大な影響を与えているだけでなく、日本市場も信じられないほどの勢力があります。日本のエネルギーは私にとって刺激的で、市場を開拓していきたいです。